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第11話 囚われた魂

「……もう、遅いのよ」


白いワンピースの女がにたりと笑った瞬間、リビングの空気が変わった。


湿った冷気が部屋全体に広がる。


まるでここが水の底になったかのように、足元からじわじわと寒気が這い上がる。


由美は咄嗟に美咲を背後に庇い、震える声で叫んだ。


「あなた……何が目的なの!? どうして、私たちを狙うの!?」


女は微動だにせず、じっと由美を見つめる。


ポタ……ポタ……ポタ……


また、水の滴る音が響く。


「……あなたは、知っているでしょう?」


「……え?」


「あなたが、私を見捨てたことを」


由美の頭に、あの記憶が蘇る。


10年前の雨の日。


団地の階段の隙間で、倒れていた妊婦。


あのとき、確かに私は彼女を見た。


でも、怖くて、その場を離れた。


(……私は……)


そのとき、白いワンピースの女がゆっくりと近づいてきた。


「……ねえ、一緒に来て」


黒く潰れた目が、不気味に揺れる。


その声は、静かで、どこか哀しげだった。


「……健二さんも、もうすぐこちらに来るわ」


「健二を……返して!」


由美は必死に叫んだ。


女はかすかに首を傾げた。


そして、ゆっくりと手を差し出す。


「……迎えに行くなら、おいで」


その瞬間──


目の前が水の底に変わった。


◆水の底へ

息ができない。


視界は暗く、ぼんやりとした光が遠くに揺れている。


どこかで水の中を泳ぐような音がする。


(ここは……?)


ぼんやりと意識が揺れる中、前方に人影が見えた。


──健二。


「……健二!!」


必死に手を伸ばす。


彼はそこにいた。


白く沈んだ顔。


だが、目を閉じ、何も感じていないような表情。


「健二! 目を覚まして!!」


由美は水の抵抗を振り切りながら、彼の肩を掴む。


だが、次の瞬間──


ずるり、と何かが健二の腕を引いた。


白いワンピースの女だった。


「……この人は、もうこっちのものよ」


「違う!! 健二を返して!!」


必死に彼を引き寄せようとするが、女の力は異常に強い。


水の中で、健二の体がずるずると奥へと引きずられていく。


「やめて!!」


由美の指先が滑る。


健二の体が、どんどん沈んでいく。


──そして、彼の目がゆっくりと開いた。


黒く潰れた瞳。


彼はゆっくりと口を開き、声にならない言葉を呟いた。


「……もう……帰れない……」


違う!!


こんなところで終わらせない。


由美は、全身の力を込めて健二の腕を掴んだ。


「美咲が待ってるのよ!! あなたまで奪わせない!!」


その瞬間──


水の底に、光が差し込んだ。


◆目覚め

「──ママ!!!」


美咲の叫び声で、由美は目を開けた。


息が荒く、喉が焼けるように痛い。


床に倒れ込んでいた。


辺りを見回すと、リビングの床はびしょ濡れになっている。


だが、あの女の姿は消えていた。


「ママ……大丈夫?」


美咲が泣きそうな顔で覗き込んでいる。


「……大丈夫よ……」


まだふらつきながらも、ゆっくりと起き上がる。


(健二は……?)


必死に水の底から引き上げようとした。


でも、彼は戻ってきたのか?


そう思ったとき、玄関の方で物音がした。


「……ママ、今の音……」


由美は、美咲を後ろに庇いながら、玄関へ向かった。


──そこには、


ずぶ濡れのまま、呆然と立っている健二の姿があった。

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