好きを巡る君
そういえば一話目に『突如として剣や盾を作り出す者もいる』的なことを書いていましたが別にあれは刃渡の事ではなく、戦闘に特化した能力の例ってだけです。
羅和千里が我に返ったのは桜走のスマホを拾ってから10分もしない頃だった。右肩を叩かれる感覚から逃げるようにスマホをズボンのポケットにしまい込み、身体を揺さぶる震源地に視線を合わせた。
「綴…無事だったのか、よかった。」
「俺もそれは一緒だけどよ、どうしたんだ?なんか様子変だぞ?心なしか顔色も悪いし、もしかして桜走から何かされたか?」
スマホの画面を観られたんじゃないかという不安と、2人が無事だった事への安堵が同時に羅和を襲い、気が動転したのか焦ったのか、認目と出会ってから4回目の嘘をついた。
「なんでもないよ。それより代行日記は強力だね、おかげで助かったよ。」
『代行日記』、認目綴の能力が数段階進化した代物だ。日記に自分の出来事を書くことで1日1回その出来事をなかった事にできる『空想日記』を、一日一回日記を書いた人物の出来事をなかった事にする日記帳を作り出す能力に拡大解釈した結果らしい。さっきのは整井が傾くことのない天秤の発動をなかった事にしたことで、僕が疑似的に彼の能力を借り受けていたのだ。
「そうか、俺達は桜走に助けられたって感じだ。全く何がしたいのかわからないな。」
この時、羅和千里は迷っていた。この桜走のスマホを彼に見せていいのだろうかと。白雪れむと関係があったのは認目のはずだが、彼女を連れて逃げた人物は自分の名前によく似た別人『千里アミラ』。羅和千里の推測が正しいと仮定するならば、それは認目綴にとって、白雪れむにとって残酷すぎる話だ。それと同時に相反して、羅和はそれが事実であってほしいと願った。結果羅和の下した結論は
「それより行幸だよ。漸くこのゲームで全員が生き残る方法を見つけた。」
「本当なのか?」
「あゝ本当だよ、これなら間違いない。でも──」
再度言おう、羅和千里は桜走妄の思惑に殆ど気付いていた。あと2日もすれば生き残りが決まると言うことも、それが誰なのかも知っていた。それ以上の得策は今は思いつかないし、それ以上の最悪な展開も思いつかなかった。特に目の前の彼にとっては余りに残酷過ぎ、そして羅和千里にとって、泣きたくなるような理想像だった。だからこそ羅和は逆説で、否定的で断定形な続きを述べる。
「君がやらなきゃ駄目だ。綴が皆を生かすんだよ、それをするのは僕じゃない、羅和千里では駄目なんだ。」
「何言ってんだお前…?頼むからわかるように説明してくれよ!?」
羅和千里は右手にスマホの跡が残るほどそれを強く握りこんだ。今すぐにでもさっきのニュースの記事を見せてやりたいという気持ちをぐっとこらえ、もう一度口の結びを開く。
「君は全員を生かしてこのゲームを終わらせたいって言ったよね、でもそれは本音じゃない。」
認目は顔で図星であることを語るが声は出さなかった。
「本当は白雪れむを助けたかったんだろう?君が自分の能力に気づいたきっかけは白雪れむの能力の暴発らしいじゃないか、彼女が能力を持っているのを知っていたから全員を生かすって建前で白雪と合流しようとしたんじゃないか?」
「確かに白雪を探すのも目的の一つではあった、でもそれはあいつが救いたい皆のうちの一人だったからだ。俺は最初から──」
認目の言葉はそこで止まった。何故かと問われれば、それはあることを思い出したからだ。『そのことを初めは羅和にしか言っていなかった』ということを。本来だれも死なずに穏便に済ませたいと考えるのははずかしいことでも危険思想でもない。そもそも時間制限のないこの『ゲーム』は、全員が誰も殺さなければ何の問題もない。実践可能で人道的な遂行な考え。どう考えてもそれを隠す必要はなかった。しかしそうしなかったということは、あくまでも原文そのままは大事じゃないってことになる。それこそあの時の隔多里の言葉は正しかったのだろう。認目にとって羅和千里は都合よく自分を信じてくれるだけの存在だったということだ。それもあくまで羅和の推測の域を出ないが、当の本人はそれを否定しようとしなかった。
「今大事なのは君が僕をどう思っているかじゃない、君にとって、認目綴にとって白雪れむを助けることと過去をなかった事にするってのはどっちが大事なんだ?」
「んなもん、白雪を助ける方に決まってる。」
即答だった、だからこそ僕にはわからなかった。おそらく綴が言っている事は本当だ、いくら白雪れむを大切に思っていようと、綴が白雪を守りたいと思うようになった原因はファンを能力で半ば殺めてしまったからだ。そう、能力が覚醒した後のことなのだ。そうなってしまえば必然的に、今の状況つまり綴の能力が『白雪れむを守る』能力にならないのは当たり前の事だ。
故の疑問、ならば何故桜走の見ていたニュースにはそんな摩訶不思議な現象は報道されておらず、アイドルとファンの逃避行になっているのだろうか。同じアイドルを別の人間が手を差し伸べる。そんな事があり得るだろうか。しかしあり得る可能性は2つある。1つ目は認目の後に千里アミラという人物が白雪を逃がそうとしたという仮説だ。不自然に御手洗に復讐しようとする人物が多いことから、僕たちは既に死んでいる可能性すらある。そして2つ目、これが最も可能性が高く僕の理想的な可能性だ。それは──
同刻ホテル、隔多里と白雪は52回目のテキサスホールデムを始めていた。単に暇つぶしだが、チップが特殊だった。負けた方が自身の情報を開示していくのだ。白雪の提案によって始まったこのゲームは、不思議なことに万有斥力の蓄積の対象外だったようだ。自分の意志で情報を開示するのは近づく事にはならないらしい。隔多里も始めこそ嫌がったが、白雪れむを知ることの重要性は承知していた。
「れむの負けだね…じゃあ甘劇ちゃん、何か聞きたいことある?」
もはやチップの概念は形骸化しつつあり、買ったほうが好きな質問をする王様ゲームに近い形になっていた。その雰囲気と、ついさっき初体験を聞かれた隔多里の恥じらいとストレスにより今までになく踏み切った質問をすることになった。
「あんたさ、なんで男嫌いなのに認目は別なの?」
白雪から返答はなかった。隔多里もまた相手に踏み入れすぎたという失態に驚いて黙っている。そも隔多里達は認目から大方の話を聞いていた。白雪が無意識に発動した能力でファンを殺めてしまい、認目が彼女を逃がしたと。なるほど人が人を好きになるには立派な根拠かもしれない。しかしそれは男性恐怖症を無視できる要因にはなり得ないのだ。いつの間にか眠るように目をつむっていた白雪は、何処か諦めのついた顔で口の結びを解く。
「白雪れむは、そういう風に生まれてきたから…かな。」
「あぁそう…案外ロマンチストなのね。」
隔多里は自身の過ちに多少の反省をし、なるべく穏便にこの話題を終わらせようとしていた。それに対して白雪は、親に話を冗談半分で聞かれた子供のような不服を白い顔に滲ませていた。
「れむは、そういう意味で言ってない。」
そう言われたって、隔多里にはそれ以外の思考回路は存在しえなかった。そしてそれは少し前の白雪にも当てはまっている。
「れむは本当は存在しない人間なの。当たり前だけどれむは芸名で本名じゃない。今ここにいるれむは、蔵見詩亜のアイドルとしての願望。あの娘の『瑕疵』そのものなの。」
「蔵見ってのは確か瑕疵付きってやつらの一人だったわね、あんたはそいつらの仲間だったってこと?」
「それは少し違う。」
白雪は小さく首を横に振り、今までになく真剣な目になった。
「確かに私は一時的にあの娘たちの仲間になった。」
「何も違わないじゃない。」
「瑕疵付きはあの二人だけじゃない。ここで能力を持ってる人は皆瑕疵付きなの。もちろん甘劇ちゃんも。心当たりがないわけじゃないでしょ?」
隔多里が反射的に質問をしようと開いた喉は外から聞こえた破裂音と悲鳴によって未然形にされた。拳銃のようでもあるが今この近辺で銃刀法違反をしているのは認目たち、自分の味方しかいない。彼らがいきなり人目のつく場所で戦闘を始めるとは思えない上もしそうだとしても自分に弾丸は通用しない。この時の隔多里は余裕をもってドアスコープから外を覗こうとした。
「待って。」
不意に白雪によって腕をつかまれ、意図せず『万有斥力の蓄積』が発動してしまい軽い体重も相まって白雪はベッドの奥へと転がり落ちていった。手を伸ばそうとするも部屋のドアが小刻みに刻むリズムと異様な雰囲気に誘われ、白雪を放ってドアにチェーンがついていることを確認してからドアを開ける。それによって生まれた僅かな間隙に、骨に皮を張っただけの様な異質な男の顔が一面に塗りたくられていた。
「吾輩の名は傷忌月小瑕疵肉、白髪色白の女を探しているのだが何か知っているか?」
不吉な男は両の手のひらを合わせているが、別にインド系の人でもない。それどころか声以外性別の区別もつかない。
「知らないしこれ以上諄くするなら尾骶骨を折ることになるわよ。」
「…」
傷忌月は暫く黙っている。いよいよドアを隔多里が閉めようとすると、隠れて見えてなかったのか不意に甘ったるいような高い女の声が聞こえた。
「ちょっと骸!どうなってんの早く殺して次行かなきゃ!」
「いや吾輩もそうしたいのだが…成る程そうか…ようやくか。失礼した正しき人よ、他を当たることにする。」
踵を返す傷忌月の軌跡を微量の水滴がなぞる。隔多里はそれを黙って見送ることしか出来なかった。
「甘劇ちゃん大丈夫?体調悪くなってたり、お腹に違和感とかない?」
二人が居なくなるのを見計らってたのか白雪はベッドの影から心配そうににじり寄ってくる。触れない距離を保つのはさっきの経験からだろう。
「私は大丈夫、それよりアイツらがここで暴れるならどっちにしろ私たちは認目と合流しなきゃいけないわ。窓から降りるから手のひらサイズの貴重品があったら早めに拾っときなさい。」
「れむにそんなものはないけど、ここ8階だよね…」
隔多里は靴を履いており、既に顔と片足を外に出している。その中で唯一部屋側に手を差し出していた。
「握りなさい、特別に許してあげる。」
表情こそ見えないが、白雪の記憶によると日は雲を抜けて西に傾いていたそうだ。
「二人とも、今の聞こえたか?」
三人でホテルに戻ろうとしていた羅和たちだったが、認目がその進行を止めて耳を澄ませている。全員が同じようにすると、確かに三人の足音以外に何か葉の動くような音が規則的に繰り返されていた。風と思うにはやけに局所的で、動物と考えるには機械的すぎる。その音がやがて止み、震源の正体が顔を覗かせた。
「認目、傷忌月がホテルに現れたわ。こっちに来る前に場所を変えた方がいい。」
「瑕疵付きが─、白雪は無事か!?」
白雪の姿が見えないことに綴が冷静さを失いかけたが、ただ整井に怯えて隔多里の背後に隠れていただけだったようだ。初めて会う親戚に怯える子供のように白い少女がこちらを見ている。
「れむは大丈夫。それより早くここを移動しないと、「骸たちに追いつかれちゃう!」」
ぞわっとするような違和感が二人の背後から漂っていた。何より不気味なのは、白雪のセリフを読まれたことではなく、重なった二つの声が全くの瓜二つだったことだ。遠くから聞こえた声の主の鼻歌が、ホラー映画のテーマ曲のようにひたりひたりと迫ってくる。
「相変わらず息ぴったりだね、れむちん♡」
現れたのは白雪とは正反対と言っていいほど、なんというかきゃぴきゃぴ?したフリルの多い服を着た今どきの少女だった。当時の僕たちの中で唯一彼女の正体を知っていた白雪は次に何が起きるのかを瞬時に理解し、それに抗うこともできずに地面にへたり込んだ。
「懐胎侵処。」
ドクンと数m離れていた僕にすら鮮明に聞こえる大きな拍動の音が低く響き、この場の誰よりも細身だった白雪の腹部が醜く腫れあがった。
「白雪!!お前、白雪に何を──」
「綴君…ダメ!」
白雪の空気中に溶けるような殺風景な声が間に合うことはなく、いつの間にか女のそばに立っていた枯れ木の様な男が合わせていた両の掌を裏返して再度合わせる。
「独活乃大木。」
数秒前の白雪のように、今度は綴が背骨を抜かれたように力なく地に伏せた。幸い白雪にかけた術よりも殺傷性はないらしく、動かないだけで即死攻撃を受けたわけではないらしい。二人が戦闘不能にされどう反撃しようかと空間を切り取ろうとしたと同時に、女と枯れ木の男が何やら口論を始めていた。
「だからなんでアイツは生かしてるのよ!相手の無力化があんたの仕事でしょ!?」
「しかし正しき者をここで殺すわけには…」
「その正しき者ってなによ!まさか…一目ぼれしたとかくだらないことは言わないわよね…?」
二人が言い争いをしている最中にも白雪の様態は悪化の一途をたどっており、口元は胃液で汚れていた。腹部の膨張、白雪…つまり女性限定、恐らく妊娠がモチーフの能力なのだろうが今はそんなことを考えている場合ではなかった。解決策を見つけようと残った仲間の方に視線をやると、知り合ってから数か月たった中で最も怒りに顔を歪ませた隔多里が二人の元へ歩みだしており、その軌跡を少量の赤色が地面に刻んでいた。その粘った手のひらを2人に向け半音低い声で怒りを溢す。
「万有斥力の蓄積。」
本来なら後方に吹き飛ばされているはずだが、今回はそうでなかった。整井が三人の距離を固定したことで見えない壁によって女と枯れ木の男は圧迫されている。
「骸!早く!」
再び自分の胸元よりもはっきりと振動を感じるような拍動がした。
「あれ?一人余っちゃったじゃん。おかしいよね、桜走のやつ詩亜たちに嘘ついてたってこと?」
「どちらでもよい、吾輩に殺せない相手は初めてではないだろう。」
「それもそっか。ごめんねそこの君、苦しいと思うけど3分か5分くらいで死ねると思うから恨まないでね?」
べシャリと湿った重々しい音が僕の後方に落下した。謎の倦怠感と無気力感に動くことのできなかった僕の周りに死が集まっているのが分かる。
「疒。」
お久しぶりですR a bitです。本当は一話で瑕疵付きの話を終わらせるつもりでしたが、結構あの二人好きなのでもう少しだけ書きたくなりました。特に語ることもないので以下は小話です。
いきなりピストルを持っているという設定をぶっこまれた整井纏割、実は初めからガンマニアだったんです。桜走の初登場の次の話、つまりは逢夢が出てくるエピソード。そこで桜走の仲間と合流しようって話になってるんですが、本来は其の後に整井(こっちの世界)の家に忍び込んでモデルガンを回収するって流れでした。でも道中をなかった事にしちゃったんで桜走的には戦闘要員いれるのが優先なのかなぁっていう要らない推測と、ここで流れきってこの人銃好きなんですよ〜って言う必要ないかなっていう怠慢が原因で書くのをやめました。




