ツキの回る日々
多分あと10話くらいで終わる……気がします
友達とファミレスに行くことが何回かあった。僕はその度に他の人と分けられる物ばかり頼んで、ハンバーグだなんて家で食べる小さな物しか口にしたことがなかった。ソンナ性格ゆえに常に周りに気を使って生きてきた。あの時ピザの8分の7を分けた彼らは本当に友達だっただろうか。それとも、僕が本当に彼らと友達になろうとしなかっただけだろうか。親しき仲にも礼儀ありだなんて言うが、そもそも人間ってやつは礼儀がなってなければ親しくなろうとしないし、かしこまってばかりじゃ仲は深まらない。 そんな曖昧な生き方が変わったのは、12月のある日だった。頭の中に天秤が現れるようになったのだ。決して傾こうとしない、曖昧で強情な天秤が。
「あの、隔多里さん?このまま山登って何する気なんですか?僕そろそろ休憩を…」
息を切らしながらも不機嫌そうに乗らないよう最大限明るくして出した不満に、そんな努力は無駄だと僕より10数m先に進んでいる彼女は不快そうに顔を歪めた(気がする、汗で前が見えない)。
「質問は受け付けるけれど、いい加減そのへりくだった態度を改めて欲しいわね。貴方は私が唯一仲間だと認めた、謂わばパートナーなんだから。もっと光栄に誇りに思いなさい。」
「そんなこと言われても…というか質問の返答は!?」
「あぁそうそう言えばそんな話だったわね。山を登るのはここが私や認目が住んでいた集落があるからよ。『なんで態々そんな所に』って言うなら、その返答は認目の日記を探すためよ。」
認目さんの日記を?不思議な話だと僕は思った。なんで『今のが2冊目以降だと知っているのか』とか、『見つけた所で何をするのか』とか色々。そんな疑問が顔に出たのか、彼女は聞いてもないのに語りだした。
「認目の能力、空想日記の効果をはじめて知った時、貴方は何て思った?」
「どうって言われても…普通に便利だなぁって思いましたよ。」
当たり障りのないありきたりな生返事。とはいえ僕にはそれ以上の空想日記への感想は残されていなかった。適当に返したことに何かしら悪態をつかれるかと思ったが彼女の返答は僕の想定していたものと真反対だった。
「そうね私もそう思ったわ。自分の行動を一つなかったことにする。どんな人でも欲しいでしょうね。」
彼女のような人間にも消したい過去があるのだろうか、気になりこそしたが僕はこんなところでは死にたくない。なるだけ機嫌は損ねない方がいいと本能が判断した。
「でもよ、いやだからこそ。」
返事のない僕を置いていくように間髪入れず話を続ける。それほど大事なことだと主張するように彼女は一度も留めなかった足をようやく地面に突き刺した。
「もし羅和のいうように私たちの能力が私たちの渇望によって生まれたのだとしたら、過半数の人間は空想日記を発現すると思わない?」
そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。少なくとも僕が今まであってきた人はみんなその能力を強く望んでいるように見えたからだ。交差する心象、万有斥力の蓄積、空想日記、同一視、僕の傾くことのない天秤。そして御手洗足染の完全犯罪の心得。どれもこれも其の人そのもの用に似合っている。唯一謎と言えなくないのは羅和千里だった。時間を巻いて進みたい、それは正しく認目綴の対極に位置する望みだ。それとも彼(そういえば勝手に男だと思っていたが、風呂に入るときは妄君と認目さんだけだった、一旦彼と称する事にする。)の本来の望みは『自分の過程は認識されない』事にあるのか。僕の能力が物を等間隔に並べるではないように、まだ何か隠しているものがあるのかもしれない。いくら考えてもやっぱり彼女の問いかけに答えが見えてこない。
「じゃあ隔多里さんは万有斥力の蓄積より空想日記の方が欲しかったんですか?」
瞬間僕の体はさっき必死こいて登った坂道を転がりながら逆走していた。
「あなたには対等に話すことは許可しているけれど、無駄な詮索は許してないわ。気を付けることね。」
どうやら隔多里甘劇に精神的に近づきすぎたようだ。僕はその蛮勇によって彼女との万有斥力を蓄積させてしまったようだ。ようやく体が横になって少し足が楽になったがそれ以外が猛烈に痛かった。山道とは言え人が通れば踏み固められるし、小さな石が無数に転がっている。元よりそのつもりだったが隔多里甘劇をあまり仲間だとは思わないほうが良いらしい。身体を起こし僕は背中を擦りながら乳酸が溜まらない内に彼女の背中を追いかけた。
暫く歩いて木々の隙間からしか入ってこなかった日光が前から存分に差し込んできた。山頂にある開けた空間。そこが人間社会から逃げてきた能力者の集落のようだ。辺りを見ると土の乾いた畑や崩れた建造物の跡のようなものが見えた。社会が形成されていた痕跡こそあるが何十年も前に荒廃したように思える燦燦たる殺風景だった。
「整井、可能な限り警戒は怠らないようにしなさい。獅海馬児がこの辺にまだいるかもしれないわ。最悪それを抜く覚悟をしておきなさい。」
隔多里は僕の腰のあたりに視線を落とした。そこにあるずっしりと冷たい重みを噛みしめながら僕はそれを撫でた。ひんやりとした緊張が突如手元からではなく背中から走った。
「コルトsaa…爺臭いもん持ってんな。」
「─────っ!!!!」
腕を乱雑に振り回して寒々しい悪寒を払いぬぐう。空気を殴っただけのように感じたが、僕の拳は確かに背後に立っていた巨漢に命中していた。
「ずいぶんご挨拶だな、俺様はまだ君に何もしてないんだぜ?」
物腰柔らかでさわやかな好青年のようだった。一人称こそ気になるが目の前に立っている人物はどこか安心感すら感じる。それでいて足がすくみそうなはっきりとした殺意がひしひしと流れ込んできていた。
「お前の連れか?隔多里。」
男の目線は僕より少し後方に移動し、そこにはすでに臨戦態勢の隔多里がいた。彼女の強くかみしめた唇がようやく開かれたと思いきや、そこから聞こえたのは嫌にタイムリーなものだった。
「獅海馬児!そいつから離れなさい、従わないならその無駄にでかい図体吹き飛ばすわよ。」
「そうカッカすんなよ、俺様はむしろお前を誘いに来たんだぜ?」
「誘い?」
「あぁ誘いだ。どうせ一人だと思ってな、俺様達に協力してくれないか?」
達というのは獅海馬児にも僕たちの様に協力関係にある人物がいるということだろうか。三人の話曰く彼の能力は戦闘特化らしいが、その時の僕は『珍しいこともあるものだ』としか思ってなかった。とある名前を聞くまでは。
「今は仲間が一人しかいなくてな、刃渡刃っていうんだ、聞いたことあるか?」
十中八九僕の存在なんか忘れて話したであろう獅海馬児の問を、隔多里は僕の方を振り向いて目で同じ質問を僕にした。
「聞いたことがあるも何も、ランキングに乗ってる危険人物じゃないですか!普通忘れます?!」
「うるさいわね今ちゃんと思い出したわよ。あとあんたもそのランキングに入賞してんだからね?」
何気ない文句と愚痴の垂れ流し、そんなものに目の前の益荒男(名が体を表すとはまさにこのことだ)は表情を大きく変えるほど興味を示したようだった。
「そうかお前が整井纏割か、ならお前も仲間になれ。さっきまでの無礼は詫びよう。」
獅海馬児は僕より二回りは大きく菩薩のように厚い掌を差し出してきた。数秒前のあふれ出ていた殺意は消え、心の底から僕のことを歓迎しているとわかる。2面性があるとかじゃ決してなく、単純に使えるやつにしか興味がないのだろう。僕がどうやって目の前の男の提案を穏便に断ろうか、正確にはどうやって逃げるかを考えていた最中隔多里が真っ先に声を上げた。
「嫌に決まってんでしょ、あんたみたいなデカ物を入れるバックパックは無いのよ。」
刹那、隔多里に腕をつかまれると同時に僕たちは数十メートル吹き飛ばされた。着地したのはどうやら集落の住宅が集まる場所だったらしくボロボロの竪穴住居のような家が複数軒残っていた。
「早く!どっかに隠れるわよ。」
「あ、ちょっと。」
「何よグズグズし…て……」
僕らは後方からとても人間の力とは思えないパンチをジャブのように放つ化け物が迫ってきていることも忘れて、目の前に立つ人物に目を奪われていた。
「やぁ二人とも。久しぶりだね。あゝ勘違いしないでくれ給えよ、俺はたまたまここに来たんじゃなくて君たちに会いに来たんだ。」
片手をフレンドリーに上げにこやかに笑う胡散臭い見慣れた顔がそこにあった。
「妄君なんだよね?どうしてここがわかったの。」
「心残。君に対してだって隠し事くらいするんだぜ?俺のもう一つの切り札を知ってるからって油断してただろう?」
『心残』大まかに察するに遠隔での一方通行な交差する心象といったところだろうか。もし本当にそうなら末恐ろしい能力を隠してくれたものだ。
「あゝそうゝ、話したいことがあったんだよ。俺っちは君たちを裏切ることにしたよ、これからは俺の判断で独断で動かせてもらう。あ、あと君たちの能力や顔、その他もろもろ報酬に代えさせてもらった。じゃあね。」
踵を返そうとした桜走に対して(というか僕に対して)ようやっと隔多里が口を開いた。
「何してんの整井!さっさとあんたの能力でアイツ止めなさいよ!」
「無理だよ。」
彼女の問に答えたのは僕ではなく桜走だった。口をはさんできたことに機嫌損ねたのか、隔多里は般若の面を皮膚に埋め込んでいた。
「整井の能力『傾くことのない天秤』は物を等間隔に並べる能力じゃない。その本質は天秤に対象を強制的に乗せることにある。等間隔に並んでるように見えるのは彼の天秤は必ず傾かないように対象と対象の距離を固定するからだ。そして対象の重さは物理的なものだけではなく、価値で換算する。」
「それが何?あんたを捕まえられるか否かには関係ないでしょう?」
桜走は『知ってたんだ』といった顔で舌を出して照れくさそうにした。
「『傾くことのない天秤』は整井が誰かと対等になりたいという思いから生まれたものだ。しかし彼は人として欠陥といえるほど自己肯定感が低い。自分に価値なんかこれぽっちもないと本気でそう思っている。だから無駄なんだよ。」
「それなら私と桜走を天秤にかけなさい!!」
「それも無駄だよ。」
興奮する隔多里をなだめるように優しく言葉を発する。
「俺の交差する心象は情報を入れ替える能力だ。その気になれば俺は何にだって成れる。試しに『桜走妄』を天秤にかけるかい?やったとしても固定されるのは俺の身にまとっているものか、今触れている地面になるだろうけどね。それじゃ俺っちは裏切りを続けさせてもらうよ。」
桜走はそれ以上何も言わず、悠然と煙に巻かれるようにその姿を眩ませた。ハッと現実に引き戻された感覚に陥り、僕は既に日が落ちていることに驚嘆した。今宵は新月のようで、ショーダウンのようにいつもより昏い夜の帳が下りて、のれんをくぐるが如く桜走が来るのを分かっていたと言わんばかりの優雅な足取りで歩いてきた。
「ん?あぁやめておけ、新月の俺様は少しお前にとって相性が悪すぎる。」
今度こそと臨戦態勢に入った僕を彼はやんわりと諭した。不意に放たれた謎の勧告に対して、僕は獅海馬児をにらみつけるように眉間に力を込めたが、次第に彼を認識できなくなっていった。
「整井!私のそばから離れないで!!」
隔多里に腕をひかれるや否や、真横を竜巻が通り過ぎたような突風が吹き荒れ20メートルは離れた場所に立つ木がへしゃげた。状況から考えると姿の見えなくなった獅海馬児を隔多里が吹き飛ばしたのだろう。
「隔多里、あいつの能力は筋力の強化じゃなかったのか?」
僕は普段の言葉遣いを忘れて目の前の少女を糾弾した。
「そのはずよ。おそらくここにいた私たち以外の集落の住民を殺して能力を強化したんだと思う。メタい話、あいつの言葉を真に受けるなら月に関係するもののはず。」
『狂化酔月』それがかつて彼女から聞いた獅海馬児の能力だった。脳、正確には思考に使うリソースを身体能力に割くことで体のリミッターを解除する。シンプルで戦うだけなら強力な代物だった。
「さて、このまま続けては余りにも不毛だ。俺様たちの能力に回数制限や発動時間に制限があるかここで検証してみるか、俺様たちに協力するか選んでもらおうか。」
既に10回はくだらないトライアンドエラーを繰り返し、あたり一面の木は見える限り折れ尽くしてしまっていた。徐々に心なしか隔多里の顔色が悪くなり、それを見越してか獅海馬児は攻撃をやめた。
「言ってなかったが、『狂化酔月』は段階で分けることができてな、今は2割ほど狂化している。もし完璧な狂化をすれば、お前の能力はそれを耐えられるかな?」
獅海馬児をようやく認識できるようになり、『傾くことのない天秤』を発動しようとしたとき、獅海馬児の視線が僕たちから明らかにずれたのが見えた。
「白接吻夢。」
瞬間獅海馬児の振り上げた腕が凍り、踵を返して逃げていった。さっきの獅海馬児の視線の方向に目をやると、そこに立っていたのは知った顔の初対面の少女だった。
「整井、隔多里大丈夫か?」
「認目!?あんた何でここに?」
後に続いてきたのは認目と羅和、そして獅海馬児の腕を凍らせた白い陶器の肌の女性。二度目になるが僕は彼女の顔を知っている。
「白雪れむ、君は『瑕疵付き』の人間じゃ…」
なぜ三人がここに現れたのかも気になったが、それ以上に『瑕疵付き』の人間が本当に仲間になったことに驚いていた。願望が能力になる(と思われる)僕たちから見ても明らかにねじ曲がった思想と能力を持つ連中。おそらく御手洗や桜走もそっちの人間だ。白雪はその中ではまとも(桜走曰く)らしいが、極度の男性恐怖症であり元アイドルゆえの歪んだ承認欲求を持っている。現に僕を見つけて認目の背後に隠れてしまった。男の認目にだ。当の認目は困ったように背中の少女を見つめ、僕たちの方に向き直った。
「とりあえず整井、状況を教えてくれないか?」
それから5分程かけて僕は彼らに何が起きたのかを伝えた。
「なるほど、桜走は俺らを裏切って獅海馬児の方に。でも整井、ホテルの人には確か『瑕疵付き』に情報を渡したって言ってなかったか?」
「ホテルに?僕たちは携帯電話なんて──、いや何でもない兎も角来てくれてよかった。」
認目との会話をキャンセルして、何か思い出したように僕は桜走が消えていった方向に走った。500m程走ると僕の頭に突然情報が流れ出した。
「あった!!」
脈絡もなしに走り出し大声を上げた僕を不信がりながらも、認目が追いかけてきていた。
「どうした整井?何があったんだ?」
「残留思念のようなものだよ、妄君は空気に『交差する心象』を使い、情報を僕たちに残してたんだ!!」
【『瑕疵付き』の三人に獅海馬児と刃渡、御手洗、そして僕たちの四つのグループに分けられた。残ったのは11人だ、あと一人が死ねば全員の位置が共有される。せいぜい死なないようにね。】
さらっと御手洗の能力の名前を出しましたが、あそこで態々御手洗の名前を避けるのは余りに作為的すぎると思っただけで、別に近々登場させるわけでもないです。
ちこっと小話のコーナー
整井の『傾くことのない天秤』、最初は四則演算の能力でした。言ってしまえば『=』の能力です。そこから割り算に絞って、最終的に折角『天秤』を名前に入れたので『天秤にかける』能力にしました。桜走の能力に関してもやたらと後出しが多いですが、ちゃんと初めから『情報を交差させる』能力なのでインフレや何でもありだったり、過去の描写と矛盾することはないと思います。
次回予告
次回『好きを巡る君』




