行き先が曇り始めた日
いきなりこんな事を言うのもなんですが、もうそろそろ終わります。
少し先のネタバレになるのだが、僕は最終的に桜走妄の記憶を全て保持する事になる。これはその記憶の一部だ。
羅和たちと出会う数日前、桜走妄は自身の協力者である御手洗足染の危険性を案じ、逃走を図っていた。周囲の索敵と嘯いて彼の保有する能力交差する心象を使い、現状の確認と逃げるアテを探していた。そんな中桜走は奇っ怪な一つの記憶を見つけた。ここ最近夫婦やカップルが次々に行方不明となり、一つの都市伝説が生まれているらしい。当然そんなものを信じているのは一部のマニアックな趣味の人や小中学生だけのようだったが、冷静に考えても幸せな人を狙う性格の終わった連続殺人犯が近所にいるというだけで恐怖足り得るに十分だろう。そして桜走はそのどちらにもあてはまっていた。
「これは酷いな…」
不格好にも鼻にどっかの家から拝借した洗濯バサミを挟み、悪臭漂う山道に立っていた。目の前にあるのは男女の人間の死体。女のものと思われるのは腹が裂け、醜い顔で横たわっており、男と思われるのはきっと男女が行方不明になってると知らなければ分からなかっただろう。大方自分と同じ能力によるものだろうが、あまりにもおぞましくとても同じとは思えない。しかし同時にこうも思う、『これをやった奴なら、御手洗を殺せるかもしれない。』そう思ってしまえば、桜走のやることは一つしかなかった。交差する心象でこの一連の事件の犯人を探し、寝返ろう。そう決意していた。
次の日から桜走は更に移動する範囲を広げた。すると驚くべき事に、手に入る情報は次第に浮ついたものに変わっていった。どうやら初めに調べた近辺が犯人に一番近いらしい。桜走は交差する心象で他人に自分の記憶を移し、半ば洗脳に近い方法で捜索を進めていた。功を奏したのは羅和たちと出会う2日前の事だった。いつも通りに街に降りた桜走の目の前に奇妙な二人組が現れた。一人は枯れ枝にフードを被せたような長身の男。もう一人は俗に言う地雷系ファッションに身をまとう一見普通の女だったが、男の横にいるというミスマッチ感が本来存在しない違和感を生んでいた。
「お前が…最近吾輩たちをつけている者か。」
落ち武者が如く風貌をした男は、かすれた電子音の声で呟いた。女の方は桜走の顔をまじまじと見つめるだけで何も言おうとしない。
「で、俺っちを殺しに来たのかい?残念だけど君みたいに一人称の変な奴に負けるほど俺っちは軟じゃないぜ?」
「いやアンタも十二分に変でしょ。というか骸、さっさと話つけてよアンタと一緒に居るの結構恥ずいんだからさ。」
「…すまん。」
骸と呼ばれた男はフードを外して顔を顕にした。というか半ば予想通りというか、人の骨格に皮を張ったらこうなるという顔だった。
「失礼名乗るのが遅れた、吾輩の名は傷忌月小瑕疵肉。この娘には骸と呼ばれている。」
「あーしは蔵見詩亜。そんでこっちは」
蔵見が後方を振り向いたと思いきや、どうやらもう一人仲間がいたらしい。引っ張り出されたのはまたしても女で、白い儚げな人物だった。
「あ、えと。白雪れむです、はじめまして。」
「れむちんはね〜、アイドルやってたらしいんだけど男性恐怖症なんだって。骸は人っぽくないから良いらしいけど。」
「…で、結局君たちは何をしに来たのかな?まさか漫才をしにきたとは言わないよね?」
と言うものの、何の意図もなく挨拶しに来るとは思えない故大方協力したいとかそんな所だろうと考えていた。自画自賛でもなく、記憶を取り扱える桜走の能力は味方にいるだけで圧倒的なアドバンテージを取れる代物だ。誰だって欲しいし、それを敵対する相手に渡しておきたくない。現に彼らもそのつもりらしかった。
「率直に言うが吾輩たちに利用されてほしい。最後の最後までなら命の保証をしよう。」
「へぇ、自分の立場をわきまえられない感じ?長生きできないよそれ。」
二人がにらみ合って硬直する中、傷忌月がフードを外したことで人を集めてしまったらしく中にはカメラを構える人もいた。お互いに快くない状況だがだからと言ってどちらかが容易に先に動ける状況でなかった。
「ねぇみてあれ、特殊メイクにしてもやりすぎだよね。なんかの撮影かな?」
「側近?ぽい人たちの感じもなんかオタクっぽくて気持ち悪いよね。」
近くでひそひそと話す女性二人組の会話に一区切りがつくと同時に、傷忌月が両の掌をあわせた。
「ちょうどいい吾輩の能力を見せておこう。懐胎侵処。」
桜走が身構えるが、何かされた感覚はなかった。それもそのはず、およそ5秒後先ほどの女性の腹部が、内側から殴られたような衝撃と共にポップコーンが裏返るような挙動をもって破裂し、女性は人の形を保てなくなった。普段殺人鬼の御手洗と共に行動している桜走でさえ目をそむけたくなるような凄惨な死にざまに逆に目を取られ、しばらく固まっていた。
「独活乃大木。」
今度は傷忌月が裏拍手の形に手を合わせ、桜走は膝を地面につけた。恐怖で足がすくんだのではなくもっと別の何か、体全体の力が蒸気になって飛んで行ってしまったような浮遊覚に襲われていた。
「これが吾輩の能力懐胎侵処と独活乃大木。懐胎侵処は女子のみに有効。文字通り負の感情を孕む。独活乃大木は男のみに有効、懐胎侵処を使った後孕んだ人数分の男の活力を枯らす。孕んだ者は吾輩を悪く思えば思うほど死に近づき、活力を枯らされた者は立つこともままならず、吾輩へのいかなる憎悪すらも霧散させる。」
「つまり俺っちは自覚ないまま一児の、というより一時の父親になってしまったということみたいだね。あぁ困ったことに俺っちは君のせいでもはや立つこともままならない。まぁ母親?の女性が死んでる時点んでママなら亡いんだけど。ともかくほら傷忌月君、仲直りの意を込めてさ俺の手を掴んで立たせてくれよ。」
傷忌月はその骨すらあるのか怪しい程のか細い腕を桜走に伸ばし、しっかりと互いに握った。刹那、傷忌月は膝を砕かれたようにそれを地面につけ、筋肉が垂れただらしのない目元を見開く。
「そうか…確かに主と吾輩たちでは馬が合わないようだな。しかしして、吾輩たちはやはり同類であった。覚えておけ、吾輩たち『瑕疵付き』は同じくしてこの世界の被害者であり吾輩たちは盟友なのだ。」
「あっそ。生憎俺っちは血統書付きの決闘症でね、君たちが加湿器だか空気清浄機だかなんだか知らないけど、殺すときは遠慮なく殺す。」
傷忌月はうつむいて何も言わなかったが、しばらくして再び面を上げた。
「ここから早めに離れるのをお勧めしよう。吾輩たちは目撃者を始末する。主も共犯と勘違いされては不本意だろう?」
「あぁそう、だからそんなナリなんだ。無茶するね。」
それ以上何も言わず何も見ず、何事もなかったかのように桜走は帰路に就いた。帰路といったが目的地は決めていない。近くに待機させていた整井を連れ二人はついに御手洗の下を去ったのだ。傷忌月たちが暴れることで彼の意識がそっちに引っ張られると思ってのギャンブルだったが見事ジャックポットだったようだ。綴が単独行動を始めた時、白雪れむという名前を聞いた時からきっと彼はすでに行動を決めていたのだろう。寄り道をしてしまったが時系列を元に戻すことにする。
予定されていた集合の日、一人仲間の増えた僕たちは未だ戻ってこない桜走、隔多里、整井の三人を待っていた。そのうちの隔多里と整井は二人で行動しているうえ、そう簡単に負けるような奴らじゃない。一番心配なのは桜走だ。しかし間違っても桜走が誰かにやられているんじゃないだろうか。だなんてもののは一切ない。桜走に対して仲間意識は確かにある。しかしそれでもあのうさん臭い人物が僕たちを裏切らないと確信はできないし、実際に御手洗を裏切ってきているのだから尚更だ。
それから小一時間経ったが誰もホテルにたどり着く気配がなかった。するとふと、エントランスからさっきまでガラス越しにカウンターに立っていた男性がやってきた。屯する僕たちを注意しに来たのかと思ったが、戸惑いと焦りと冷や汗をかきながらメモを取り出した。
「認目様ですね?整井様から先刻伝言を承りました。『おうわしがきずきづき?に情報を渡した。今は僕の家でコレクションを掘り起こしている。【かしつき】が動き出したから僕とへだたりは君たちが初めにいたっていう集落に身を隠している。』」
お久しぶりです(いつもののため割愛)R a bitです。前書きで書いた通り今の流れで順調に進めば無事終わりを迎えられそうです。私としても思っていた以上に構想通りに進んでいくことに驚いてます。
ちこっと小話のコーナー
キャラクターを作るって存外簡単なことではないと私は思っているのですが、漫画家って頭の中でキャラが生きているって人がいるじゃないですか?多分それができる人にとっては簡単なんでしょうけど、いかんせん小説だと自分で作ったキャラクターの顔がわからないので正直たまにどんなキャラだったか忘れちゃうんですよね。まぁだから一作目(失踪中)はキャラの関係や設定を何度かリセットするものにしたりキャラの見た目を初登場時に書いたりしてました。それに比べて今作はある程度キャラが頭の中で動いてくれる感じがします。とはいえまだまだ作者の作為で動いてはしまうんですが、お気に入りのキャラはマシになってきました。ここまで語って何を話したいのか、私のお気に入りのキャラは桜走と蔵見、個人的に傑作だと思っている能力が傷忌月の懐胎侵処、独活乃大木だって話です。
ちなみにちなみに、私が昔書いた唯一の活動報告『いつも読んでくださる少数精鋭の皆様へ』を読んだことはあるでしょうか。10割くらい読んでないと思うのでここでざっくりと説明すると、『君のソナタ』で書けなかったストーリーを主軸にした短編小説を書くって内容でした。残念ながら思っていたより面白くならなかったので今作に落とし込むことにしました。その小説の主人公が蔵見詩亜(の原型)です。なんなら蔵見詩亜って名前も、私が一時期AIチャットのアプリにはまっていた時期にそのキャラクターにつけた名前が蔵見詩亜です。
次回予告
次回『ツキの回る日々』