誰かを愛した日
例にもれずテスト期間です。中間一か月前から数えて4か月テスト勉強してるぞどうなってんだ?
漫画やアニメでこんなシーンを見たことがないだろうか。『こいつ直接脳内に!?』ってやつだ。二次元作品にある程度精通していれば知らない人は少なくないだろう。僕も知っていたが、骨伝導のイヤホンや理科の実験で奥歯で割り箸を噛んだ事はあれど、当然脳に直接音をねじ込まれたことはない。今日までは。
「羅和君聞こえるかい?今君の脳内に直接語り掛けてるんだけど。」
「桜走か?この能力も気になるけど、そこまでして何の用だ?」
腹の中の見えない桜走のことだ、何か隠し玉はあると思っていたが遠隔に情報交換するまで桜走の能力は進化しているらしい。
「まぁ俺っちの心残は回数制限があるから、羅和君の心の声を抜き取る余裕なんてないから一方的に話すんだけどね。落ち着いて聞いてくれよ。」
そんな付属情報を話す余裕はあるのかと問い詰めたいが、僕の方の余裕は続く桜走の言葉で粉々にされてしまった。
「どうやら認目君は白雪れむの曖昧になっていた殺害人数を引き受けたらしい。さっき統率者から投稿があったし、現に進化した認目君の能力を目の当たりにした。空想日記の発動を感知している時点で、もうすでに別物の能力に進化したらしいよ。」
それ以降桜走からの連絡は来なかった。ただ一つ分かった事がある、綴は自らの理想を「不殺」を捻じ曲げてでも白雪れむに会わなければならない。いや、会いたいと思える理由があったということだ。本当に二人が恋人であるのかもしれないし、僕の予想が正しいのであれば二人が家族だったなんて可能性もあるにはあるが、その場合は綴が僕と同じ考えにたどり着いていなきゃいけない。しかし断言できる、この世界にいるうちでこの事に気づいた…正確にはこんなふざけた事を妄想する奴なんて僕で史上三人目だろう。もし綴がこの世界のことに何も気づいてないとして、そのうえで二人に元々の接点が、会うに値するような因果が存在するならば。それは、彼らはきっと僕の『仮定』を結論に変えるに相応しい判断材料となってくれるはずだ。つまりなんだ、綴から離れて自立して自律した考えで行動すると決起して早二日ではあるのだが、僕は僕の意思で僕の目標のために綴に会いに行くことにしたのだった。
以下の文章は僕こと羅和千里の語りとは少し違う。日記を書くことが趣味の、僕の友人の一日の記録をもとに書いたものだ。故に細かいことに差異があるかもしれないし、登場人物の心情は完全に僕の妄想に過ぎない。それでも僕はこの日記を後世に残さなくてはならない。時系列的に話すならきっと桜走の監視を綴が降り切ったあたりから語るべきではあるのだが、彼のファンの一人として先ず語らなければならないことがある。とある一人の20手前の浪人生の話だ。難関大学を受けようとか、理三以外はカスだなんて高尚というか殊勝な思想はなかった。勉強が特別できなかったわけでもない。模試の結果も志望校は常にA判定を上回っていたし、彼自身に文系や理系のような偏りもなく、学生時代の定期テストではすべての教科で70点を取るばかりだった。70点といっても彼が通っていた高校の偏差値は60後半、県内でも有数の進学校の進学クラスで彼は常に凡人よりも一歩先にいた。一般コースの、勉強を教えていた同じ中学校だった友人と同じ大学を受験して、一人で帰るまでは。努力は怠らなかった。解答欄をずらすというミスもなかった。ケアレスミスもなかった。なぜなら彼の答案用紙に刻まれた回答は全体の三分の一にも満たなかった。何度でも言おう、彼のそれまでの人生に落ち度なんて万に一つもなかっただろう。だからこそ彼はその日家にも帰らなかった。いっそけなしてくれれば、自分の怠惰が原因であれば次の年にまた頑張ろうと思えたかもしれない。しかし現実は違った。家に帰れば前日にわざわざ鍋を新調してカツサンドを作ってくれた母親なんていうか、勉強に悩むたびに車でどこかに連れて行ってくれた父親はなんて思うか、その少年には嫌というほどわかっていた。何も言わず肩を抱いてくれるだろうと。それがつらくて次の日に別の試験があるとわかっていて、少年は年齢を偽ってネットカフェで一夜を明かし、次の日の晩コンビニに向かう道中で警察に補導された。やはり親は何も言わなかった。
その日から彼は学校にも行かなくなった。勉強を優先するためでも、かの友人と会うのが気まずかったからでもない。行く人来る人、千差万別もなく全員が自分を笑いものにしていると、彼は当時本当に信じていたのだ。そうでもしなければとても生きていけなかったのだ。
第一志望の大学に受験してから2か月近くが経過した。高校は出席日数が足りず中退、知り合いの連絡先もsnsのアカウントもすべて消していた。残ったのはひたすら虚しさで三大欲求を満たすだけな伽藍洞の生活を紛らわすように、ごまかすようにどんな小さなことでも日記に書き記す癖ができていた。460日目の日記、同じような日々から何とか小さな変化を掬い取るような内容が一変した。
【5月26日 出会いの春なんて言葉があるが、今日俺はようやくそれを体験できた。アイドルというものに初めて触れてみたが以外にも悪くない。次にライブがある日に久しぶりに外に出てみよう。】
【5月31日 数年ぶりに靴を履いた。父さんは仕事で家にいないし母さんは部屋にこもっているようだった。知らない間に家庭環境は悪化の一途をたどっている。それはさておき彼女と出会ってそれほどの月日が流れていない今日。俺は彼女のライブに赴いた。アイドルといっても俗に言う地下アイドルで規模はそれほど大きくないし、俺以外は見てわかる程長年この界隈にいますという風貌をしていて、俺の目当ての娘のために来たって人はその中でも2割いるかいないかって感じだった。しかしやはり自分は今ここにいると誇示するような彼女の姿に俺は見惚れていた。】
【6月7日 また彼女のライブを訪れた。もとよりアイドルの応援なんて心得ていないし、もし万が一、万が一にも目立つことをして彼女に存在を気取られでもしたら、俺なんかを見る彼女を俺は見たくない。そんな思いで前回同様に後方で拍手だけして立っていたら、彼女の応援団長?らしいやつが帰りの道中声をかけてきた。なんでも彼女のファンはお世辞にも多いとは言えず、現地に来るのはさらに絞られるとかなんとか。そこでここ直近で新しく来るようになった俺をファンクラブに誘ってきたらしい。前述した内容を伝えると、彼はライブ終わりはファンとの交流があるから今度参加すると言い残して足早に来た道を戻った。】
【6月21日 彼女のライブは1週間に1回週末にあるらしく、俺は1回間を開けて再びあそこを訪れた。あの時の男は俺を見かけるなり半ば強制的にグループの輪に入れられた。軽い自己紹介こそすれど彼らとこれ以上はつるむつもりもなく、誰一人として名前どころか顔も覚えなかった。次第に人の流れができたかと思ったら、どうやら彼の言っていたファンとの交流とやらが始まったようだ。握手会というものの存在は知っていたが、プレゼントを渡すこともできるらしい。それどころかファンの名前すら覚えているという。それでもやはり何かが違うと感じていた。】
【12月某日 今俺は震える手でこの日記を書いている。寒いからかと問われればそうであるし、しかし根本的にはそうじゃない。恐怖、ただそれだった。死への恐怖。今だ、たった今さっき目の前で人が凍えついた。残ったのは何も起こらなかった俺と、壇上にへたり込む可憐な少女、俺が不定期に応援していた地下アイドル白雪れむの二人だけだった。】
【12月終盤 最近記憶に何らかの障がいが発生している。忘れっぽいのではなくある筈のない事実を覚えている。正夢やデジャブに近い現象なのだろうか、例えば昨日は100均に履歴書を買いに行ったが、俺の部屋にそんなものはない。一昨日は久しぶりの運動のためにとランニングをしたが、筋肉痛なんて一切なかったしその日転んで擦りむいた傷は塞がるどころか跡形もなく消えていた。あの日の、白雪れむの一件から何かがおかしくなっている。】
「起きて、もう朝だよ。」
聞きなれた、聞き焦がれた声が懐かしい夢をかき消した。目を開けると何度見てもなれない程広い家に、端麗な顔立ちの可憐な少女がいた。
「まだ眠い?」
きめ細やかな白い肌と髪の毛を揺らし、ただでさえ心臓が破れそうなほどの美人がこくんと顔をかしげて見つめてくる。やはりいつまでも慣れそうにない。
「いや、大丈夫。今日はどうする?」
「最近二人組の能力者が暴れているみたいだよ。あいつに最後に会ったのと逆方向だし、行ってみてもいいかもね。」
「二人か、片方がサポートだろうし先にそっちに仕掛けるのがいいかもな。」
「でも危なかったら認目君が助けてくれるでしょ?」
目の前の少女は、白雪れむは目をそむけたくなるようなほほ笑みをこぼした。
「じゃあ準備を─────」
時間が飛んだ、そう感じた。
今までに何をしていたのかはうっすらと覚えているし、なんでここにいるのかも覚えている。白雪の言っていた二人組の能力者を探してここまで、この薄暗い森の中の入ったんだ。近くに白雪も唐突に止まった俺を不思議そうに見つめている。件の能力者の攻撃というわけでもないらしい。警戒してあたりを見渡すと、白雪や俺より一回り若く見える、それでもどこか大人びた女の子が呆然と立っていた。今どきのかわいらしい服装に、最近美少女の顔を見続けた俺でも十分にかわいいと思える顔立ち、それに不釣り合いな初期装備のような無表情。俺は彼女に確かな既視感を持っていた。
「やっと見つけた。」
目の前の少女が口を開くとともに、記憶のページに挟まれていた栞が激しく主張した。
「羅和…なのか?」
「そうだけど…あぁこの格好はおじさんが優しくしてくれるからであって、決して僕の趣味じゃない。学校にだってズボンで通っていたよ。別に性自認が男ってわけじゃないけどね。」
1ヶ月程行動を共にしていた仲間の性別を間違えて認識していたことの驚きこそあれど、頭はやけにクリアだった。俺に時間が飛んだ感覚があるってことは、『俺が羅和と出会う』未来まで時間を進めたらしい、何年かかるかもわからないのにだ。
「方針を変えたらしいね、そっちの美人さんが白雪れむかな?」
「なら尚更なんで俺に会いに来た。見ての通り俺は白雪と協力して能力者を殺して回ることにした。お前と協力することは出来なくなったぞ。」
「いや、別に綴を引き戻そうだなんて思ってないよ。少し伝えたい事があってね。」
羅和は高齢者用の安物の携帯を投げてよこした。そこには何も映ってなかった。正確には某検索エンジンの検索先がヒットしなかったときの画面だ。検索ワードは【白雪れむ】。今度は時が止まった感覚がした。1分程混乱したが直ぐに頭は冷静になった。
「これは能力者の存在がなかったことになってるだけだろ?桜走に出会ったときに二人とも知ったことだ、今更何を言いたいんだ?」
「いやそこはあんまり重要じゃないよ、存在を消されている同士ならお互いを覚えているっていうのはそこそこに興味があるけれど、大事なのは白雪れむが僕たちと同じ条件下にあるってことだ。」
俺は顔をしかめて脳みそを回したが、話の糸口はクモの糸ほども見えなかった。
「まだわからないかい?じゃあさっきから黙ってる人に聞きたいんだけど、君の『白雪れむ』ってのは本名なのかな。」
漫画家や芸人じゃないんだ、どこの世界に本名でアイドル活動する奴がいるってんだ。心の中でそう悪態ついたが、一つの記憶が頬をひっぱたいた。『白雪れむ』は確かに芸名だ、それは間違いない。しかし俺の『認目綴』は本名だ、少なくともそう認識している。だのに、あの統率者の投稿にはそれぞれの名前が記されていた。つまりそれは彼女が、白雪れむが本名でアイドル活動をするアホンダラか、俺の名前が偽名であるということ。もっと言えば
「ようやく気付いたみたいだね、そう僕たちは存在を消されたんじゃない。元からこの世界の住人じゃないんだよ。」
それなら確かに説明がつく。寧ろ存在を消されたより、元からここに居なかったと言われた方がしっくりくる。あくまでも並行世界の存在を信じるなら、噂の異世界転移ってやつに当たるからだ。
そんな俺の驚きを嘲るように羅和は鼻から息を漏らした。
「というか冷静に考えて羅和とか、認目とかそんな名字あるわけないじゃん。ましてや獅海馬児とか、ランキングに乗ってた傷忌月とかさ。まぁかくいう僕も、最近までそれに違和感はなかったんだけどね。実家を見に行ったら表札はありきたりな名字だし、殺したはずの父親と同じ顔の人間が生きてるしで。」
「待てお前、なんかさらっととんでもないこと言わなかったか?!」
「それが言いたい事の二つ目だよ。」
相も変わらず俺の感情のふり幅には付き合ってくれないらしい。白雪もずっと黙って話を聞いているし、俺も従うしかないのだろう。
「どうやらこの『ゲーム』ってやつ、今回が初めてじゃないらしい。綴が知っている通り、僕が殺した人数は一人僕の実の父親だ。そして統率者の記録に書かれた僕のスコアは1。つまり僕の父親は能力者だったらしい。そして思い出した、僕の初めの能力は模倣接続。空間をコピーペーストする能力だ。ヒ〇カの『薄っぺらな嘘』だと思ってくれていい。集落に来る前に御手洗足染に襲われて、そこに父が来たと思ったらどこに隠し持ってたのか、能力を使ったのか、包丁を僕の手に持たせて首を切った。気づいたら僕は生きていて能力はわけのわからないものに進化していた。」
『過程ばかりの量子力学』使いにくいとはいえ時間に干渉する能力。あまりにも異質に思っていたが、羅和が前回のゲームの生き残りの経験値を積んでいたと言われれば納得できる。
「話を戻すと、故に僕はゲームが何度か行われていると思ったわけだ。じゃあなんで統率者はそんなことをする?何度も繰り返しているなら何故強化された能力で暴れる人物が一人足りとしていない?僕はこう結論付けた、僕の父の能力は空間を移動する能力で能力者のいない世界に逃げてきたが統率者はそこについてきた。そして統率者は誰かが目当ての能力に進化するのを待っている。つまり、統率者が狙っているのは生物濃縮、もっと言えば蟲毒だ。最終的な結論を述べよう綴、僕は君みたいに能力の進化を目指す奴を止めるべきだと考えている。大方君は『空想日記』を進化させることでこのゲーム自体をなかったことにしたいんだろうけど、それが統率者お目当てのものかも知れないんだ。」
理屈は通っている。ただ信じがたい。羅和に何か目的があって俺の能力が邪魔になっただけかもしれない。ただそれなら俺をこっそり殺せばいい。羅和も御手洗に襲われたとなれば、あの三人と協力するだろう。正直、整井と隔多里に組まれれば俺たちに勝機はない。それをしないということを信じていいのだろうか。
「作戦はある、僕を信じてくれ綴。」
俺は懐疑心の暗闇の中かすかに声を出した。
「あいつはまだ生きてるのか?」
羅和は黙って確かにうなづいた。
ふと白雪れむっていうアイドルは現実世界にいるのだろうかと思って調べたら、イーロンマスクのおもちゃのアカウントが消えた痕跡が残ってました(多分一般人)。もしかしたらそういう事かもしれません。
ちこっと小話のコーナー
今回の内容の伏線にあたる羅和の殺害人数とその相手が判明したのが前回、あまりにも早い。とはいえ一か月空いたし長引かせる意味もないので早めの回収となりました。私自身ネタバレを気にしない性格なのでいつか残りの伏線をぽろっと零さないか心配です。まぁそんな話どうでもいいとして、遂にこの作品の方向性が見えたんじゃないでしょうか?そうです異能力デスゲームではありません。てかそのジャンルでやると間違いなく「ダーウィンズゲーム」の影響を受けるに決まっている。ちなみに私はスイが貧乳じゃなくなったところで見るのをやめました。(実際はピッコマの全話無料に気づいたのが夜だったから)
話を戻して、「鈴音」の外伝的立ち位置なのでこんな感じにスピリチュアルとSFの間みたいな作品でやっていきます。多分ローファンタジーの類です。
次回予告
次回「行先が曇り始めた日」