常識が覆った日
前回の前書き、後書きをよんで『じゃあ次回がアップされるのはもっと後か、今読んでも忘れるから読まなきゃよかったな。』と思った(かもしれない)人、そんな私を信じないほうがいい。
僕こと羅和千里と認目綴が集落を逃げ出した次の日のこと。僕たちはあの時には話せなかった事を冷静さと糖分を取り戻した頭で語らっていた。
「つまり、羅和は今のところ目標も何もないってことか。」
「そうだね。家を追い出されてきたから帰るところもないし、暫くはこのまま綴についていこうとおもってるよ。」
因みに僕が彼を呼び捨てにしているのは昨夜の本人の希望に則っただけであり、けっして文字に書き起こすときに面倒だとかテンポが悪くなるからでも、登場人物に敬称をつける主人公がやけに親近感のない出来になってしまうという事を実感したからでもない。そうなるべくして吊り橋効果が働いたという、それだけの事だ。
「じゃあ、俺の家来るか?」
僕がつらつらと言い訳をするように綴に対する距離の移動を考えていると、それを全てひっくり返すような発言が飛び込んできた。
「綴は一人暮らしをしてるの?」
「いや、でも何時までもこうしてフラフラ見知らぬ場所に留まる訳にも行かないし、キャッシュカードとか家にある貯金とか着替えとか諸々が必要だろ。それに羅和が一人暮らしするならそれまでも拠点も必要になるしな。」
(因みに因みに、綴が僕の事を苗字呼び捨てで呼ぶのは僕きっての頼みである。)
しかし確かに、別に僕たちはこの能力を使って何かをしてやろうなんてつもりもない上、綴が誰かに能力者だとバレる前に自分の意志であの集落に来たというなら、つまり綴が能力を手に入れた事を親御さんが知らないのなら、そこにお世話になる事を拒む理由なんて存在しない。
「じゃあ厚意に甘えようかな。というか、家に帰る云々の前に、綴は両親に一報入れた方が良いんじゃないかな。流石に何か理由をつけてあそこに来たんだろうけど。」
「それもそうだな、しかし困ったことに俺たちは携帯なんて持ってないし公衆電話が蔓延る時代でもないな。」
直接行くには詳細な現在地も、移動にかかる時間もわからないし手紙なんて物も送れない。数秒後成る可くして顎に手を添える僕たちの間に薄い仕切りが現れ、見知らぬ顔が綴を覗き込んでいた。
「携帯、貸してやろうか?」
そう言うのは桃色混じりの白髪の青年だった。風変わりな風貌とひょうきんな雰囲気。好青年にも胡散臭くも見えるモデル体型の男は、携帯をつまんでゆらゆらと揺らしている。
「そりゃ貸してくれるなら有り難いけどよ、良いのか?分かってるだろうが、見返りなんて求められても渡すもんないぞ。」
「良いんだよそれで、今度俺っちが何処かで困ってたら同情して欲しいだけさ。そうやって生きてるんだ。」
恩を売るでも恩着せがましいでもなく、温情に媚びる。そんな不気味な男から借りた携帯で綴は電話をかけた。初めは多分一方的に綴が話していたんだと思う。変化があったのは、母親が返答した時だった。その声は本来ロクに聞こえない筈の僕の耳にまで届いた。
「綴なんて子は知りませんし、うちには子供は居ません。番号を間違えてるんじゃないですか?」
「そう…ですか。すみません切りますね。」
通話を切った後も綴は状況を飲み込めず瞬きもしないで二分ほど固まっていた。僕が何て声をかけようか思案している中、その冷え固まった空気を砕いたのはさっきの胡散臭い男だった。
「へぇ…もしかしたらって思ってたけど、やっぱ君たちも能力持ちなんだ。」
「っ!まさかお前獅海馬児の協力者か!!」
「しとどに?さぁ俺っちはただ二人から只者じゃないオーラ?みたいなのを感じたから気になっただけさ。それに俺っちは人を傷つけるような能力持ってないからpkもレベリングもするつもりはないんだよ。」
「pk?何いってんだお前?」
pkという単語から連想できるのは主にサッカーのペナルティキックとMOTHERシリーズだが、流石に急にそんな事を言い出すとは思えない。だとすればもう一つのpkの意味。そんな僕の嫌な予想は的中してしまうのだった。
「あゝそういや君たち携帯持ってないんだっけ?これだよ。」
そう言って男が見せてきたのは某snsのとあるアカウントからの投稿だった。
『この世界で能力を得た選ばれし者へ
私は統率者である
今現在能力を持った元人間が、ただの一般人を殺害するという事件が多発している
よって私は私の能力を持って、この無法地帯を一つのゲームにしようと思う
以下がそのルールだ
・能力者を殺した場合経験値を得、自身の能力が強化される。
・一般人を殺した場合ペナルティが科せられ、人数によって罰が変化する
・能力者を殺した能力者は、自身が殺された際の経験値が上昇していく。
・もし複数人で協力するならば、経験値は仲間にも与えられるが、その値は人数分で割られたものになる
・能力者が残り1人になるまでゲームは続く
・ゲームに制限時間はないが、サービスが終了する事はある
・ゲームの参加人数が10人以下となったとき、能力者は互いの位置が分かるようになる
・前述した全ての内容に統率者は含まれない
・統率者が死亡した場合、または最終的に生存者がいなかった場合ゲームオーバーとなり上記のルールは全て破棄される
以上、皆様の御剣闘お祈り致します。』
「なんだよこれ。ふざけてんのか!?」
ふざけている。というのもあながち間違いでもない。現にネットの反応は面白おかしく茶化すようなコメントばかりだ。これを真に受けるほうがどうにかしている。しかしこれを僕達が馬鹿に出来ないのは投稿された時期にある。それは僕達が集落を出た日の1ヶ月前。そして徐々に強くなっていく獅海馬児を初めとした集落の血気盛んな連中。僕達はこれが偶然だとは思えなかった。
「質問なんだが、君が自分の能力を嘘をついて僕たちに言っているとして、殺されるかもしれない中なんで態々能力者である事を明かして僕たちに近づいてきたのかな?」
僕としては彼を追い詰めるつもりで言ったのだが、男は何とも待ってましたと言わんばかりの顔をした。
「それが分かるんだよ羅和千里君。これが俺っちの能力交差する心象。触れた人の感情や記憶を盗み取るのさ。認目綴君の能力が自分の今日の行動を字にすることで一つ無かったことにする空想日記。そして羅和君の能力が微弱な念力の無も意味もない能力。ちなみに遅くなったけど俺っちの名前は──」
「桜走妄。相手の情報を取ろうとすると、自分の情報と交換しないといけないのが弱点みたいだな。」
桜走妄は今までのベトベトするくらいの甘ったるく人懐っこい態度とは真逆の、異常性癖の持ち主が獲物を見つけたような顔をした。
「で、頭良さそうな君なら分かってるだろうけど、俺っちたちはこの世界からなかったことにされている。行き先がないんだろう?俺っちが誰かに君たちの状況をばら撒かれたくなかったら、快く俺っちに利用されてくれない?」
最早その内面の不安定さを隠すことなく滲み出させている。僕としては既に隔多里という裏切りに近い行為を経験している身として、綴には断ってほしいが。
「いいぜ、徒党を組むのも弱者の強かな生き方だ。」
綴は裏のない笑顔で僕を見てくる。当然僕の答えは一つに決まっていて、それを何となく綴も察しているだろうに。
「僕もかまわないよ。ここで無駄に揉めたって始まらないからね。」
「その意気や良し!実は俺っち、他にも仲間が居てね。一旦合流したいんだけど、今はそれでいいかな?」
僕たちは二つ返事で桜走についていくことにした。
移動してから30分とかだろうか、桜走は突然足を止めた。
「ちなみになんだけど、二人のどっちかはもし戦闘になったら一時的に凌げる方法とか持ってるのかな?統率者の事を知らないって事は君たちは多分、能力持ちの排斥が行われてから早々に集団で暮らし始めたってたちだろ?逃げるのにそれなりの対策はあったんじゃないか?」
「それなんだが、実は唯一の戦闘要員に逃げられてな。恥ずかしいことに俺にはこれ以上の隠し球はないよ。」
「そっか。なら、俺っちの合図で今まで歩いてきた事をなかったことにしたほうがいい。」
「は?お前何言って──」
そのとき、反射的に桜走の方を向いて視線の外れた認目の代わりに、恐らく僕が二番目に彼女の存在に気づいた。
「無も意味もない能力!」
僕の叫びと同時に金属の高く鈍く硬い音が響いて、僕はその時ようやく下が土になっていた事に気づかされた。
「羅和!?つか、お前誰だよ!?」
僕を殴った張本人、その突如現れた新キャラは認目の問いかけに聞く耳を持たず二振り目に移っていた。
「おっと羅和君、どうやら君の出ばn!?」
「なんか、あんたらつまらないね。」
何で殴られたのかと思ったが、その女性の手に握られていたのは鉄パイプだった。そりゃ男女関係なくのたうち回る程痛いだろうな。僕同様、というか顔面に攻撃を受けた分僕より痛いであろう桜走は顔のほぼ全体を手で押さえながら叫んだ。
「羅和君!いくら何でも君の能力弱すぎないかい!?本当に念力なんて使えるの?さっき名前カッコよく叫んでたからてっきり何か策があるのかと思ってたら、簡単に吹っ飛んでくし俺っちは普通に痛いし!」
「だから言ってるでしょ、名も意味もない能力だって。」
というか今はそんな漫才をしている場合じゃない。いくら女性とはいえ鉄パイプで殴打され続ければ死んでしまう。
「まったく…ゆーあの暇つぶしにもならないね。こんなんじゃ能力を使うまでも…」
「逢夢悠亜。能力は同一視。視界内の人間の目線を自分のものにする能力。を使うまでもないって言うのかい?」
「っ…!?」
「ごめんね、さっき殴られた時に探らせてもらったんだ。俺っちの能力が何かは分かったんだろ?そういうことだよ。」
交差する心象。相手の能力の把握が大切な僕たちの間柄に置いて、確実に敵の能力を知れバラしてもそれ以上の仕事はないため支障のない能力。即死級の攻撃を持っている相手でない限り厄介極まりない代物だ。綴が何と言おうと彼の行動を僕たちが監視できる状況はやはり最善だったのかもしれない。攻撃こそできなくとも末恐ろしい男だ。
「あ、そうだ認目君。今だよ。」
───────────────────
「で?それを知られてもゆーあには問題ない。だってこの能力は一対一じゃ基本負け無し…なんだから!!」
逢夢悠亜は身体を低く倒して桜走へと突っ込んだ。鈍い衝撃が桜走の脇腹に響くが、それで倒れるほど桜走妄は気味の悪くない人間でないと言うことだった。
「へぇ君あんな威勢良かったのにpkはしたことなかったんだ。」
当然、今桜走が盗み見た情報は『人を殺した経験』だ。交差する心象の効果上、逢夢悠亜の脳内にも桜走の『人を殺した経験』に関する情報が与えられるのだが。
「あ、あああアンタ!?いったい何よこの記憶!!ゆーあに何て物見せるのよ!!」
それを見て、聞いて、桜走は初めて僕たちに出会った…というかそういえばこの日は僕達と出会った初日だった。そんな事はいいとして、彼はようやくあの気味の悪い笑みを浮かべた。
「そうだね、じゃあもし君がもう一度俺っちに攻撃してきたら、今目の前の相手がどう見えてるかについての情報を交換しようか?」
恍惚と頬を赤らめ息を切らすその見た目は、やはり異常性癖者の獲物を見つけた物だった。
「狂ってるわ…」
彼女はもう完全に戦う気をなくしており、今は如何に逃げるかを考え始めていた。そうして怖気ついた彼女を、桜走は優しく残酷に抱きしめた。
「交差する心象。今回はそうだね、『トラウマ』と『最も憎んでいる人たち』についての記憶にしようかな?」
逢夢悠亜は言葉を発する事も出来ず、息が詰まってはその気管に詰まった何か気持ちの悪い異物を吐き出すように咳き込むのだった。
「へぇ…君の記憶も、中々に気持ち悪いね。」
「でしょ?」
重く響いた金属音が先ほどと同じ箇所を砕いた。言い忘れていたが、この時桜走には逢夢悠亜の視点で世界が見えている。三人称視点のゲームがやりにくいのと理屈は同じだが、同一視はカメラ側が動く。当然簡単に慣れるのは難しい上、能力を解除すればさらに混乱が生まれる。
「良いこと教えてあげるよ。ゆーあの同一視は相手と近づき限界までゆーあの視点を定着させるとね、身体の支配権すら奪えるんだよ。君は一見人じゃないような人でなしだけど、人でなしのような人ならゆーあと案外近いんだ。あと10分くらいそうしてたらって感じかな?」
「へぇ、そりゃいいことを聞いた。僕の交差する心象で全世界に広めないとね。」
「随分余裕そうね。」
どんなに追い詰められたって、やはり桜走は不気味に笑って語らう。
「僕には仲間がいるからね。良いこと教えてあげるよ。その能力、小説じゃあわかりにくいぜ?」
返答を得る前に、逢夢悠亜は太い枝のようなもので綴に殴られ気絶してしまった。
「で?態々こんな事までしたんだ、何か収穫でもあったのか?」
「おいおい、協力して俺っちたちより強い能力者と戦って勝ったんだぜ?やることあんだろ?」
「「よくやった!」」
今度の甲高い肉と肉の打ち付ける音は、不思議と嫌な気はしなかった。
そうして突然の来訪に足止めをくらいながら、僕はその日の宿で考えていた。当然だがこのご時世、自らの能力を隠しておくに越したことはない。例え仲間でもだ。現にチームプレイが可能なルールのくせに、最後に残るのは一組ではなく一人。いつかは裏切ることになる。まぁ僕としてはもしこのまま生き残れるのなら、綴に残ってもらう事を選ぶだろう…というよりそれが最善で、それが唯一選べる選択肢だ。話を戻すと、僕は現在能力を偽っている。タイミングを見て綴に話すつもりだったが、綴が桜走と仲良くなってしまった今、情報を抜かれる確率は下げときたい。特に僕の能力なんて、発動した所で何の意味もないくせに文字だけ見るとの大言壮語の能力なのだから。この過程ばかりの量子力学は。
今回から登場する桜走妄。今までに自分が描いてきたのとは違う、何処か不気味で何処か仲間思いな胡散臭いキャラにしようと頑張りました。結局出来上がったのは薄めの手ブラジーンズ先輩でした(薄めの裸エプロンだとなんかセンシティブな気がした)。いつも通り能力はハンター・ハンター、ジョジョ、めだかボックスに影響を受けていて、同一視は欲視力ですね。
因みに今回の逢夢悠亜の攻略法、少し描写不足の気がする(これ以上付け加えると諄くて説明的になりすぎる)ので補足すると、認目綴が空想日記でこれまで歩いてきたことをなかった事にしたことで、認目と羅和はスタート地点に戻ります。その後事情と敵の能力を知っている認目が回り道して逢夢に近づいた。といった具合です。最初は悪夢やトラウマを見せる能力にしようてしたんですが、完全にゴウセルになるのでやめました。実はちゃっかりと『鈴音』の本文にとあるこっちのキャラクターの名前が入り込んでる作品、「カテイ」ばかりの量子力学─ラプラ・スキップ─これからもよろしくお願いします。