世界が裏返った日
先ず初めましての人へ、R a bitです。戦闘描写を書くのが苦手です。
続いて他の作品を読んだことがある、読んでくれている最中という人へ、また浮気しちゃった。『ごめん!淋しくて!』
師走某日。その日僕は化け物に生まれ変わった。もしくは最初から僕は化け物で、人間としての僕が死んだのかもしれない。どちらにせよそう、僕は非科学的な科学的能力を手に入れた。どちらかというと物理学なのかもしれないが高校すら卒業していない僕に詳しいことは分からない。もっと単純に捉えるとすれば漫画のような力を手に入れたのだ。これがどんな能力なのか、いくら試してみてもそれが詳しく分かることはない。何より理解に困るのは化け物は僕以外にも存在しているという事だ。火を吹く人も居れば突如として剣や盾を作り出す人も居る。第三者から見れば少年漫画のような展開に心躍るのかもしれないが、僕からしたらはた迷惑な話だ。当然前述したような格好のいい力が備わっていれば、僕ももしかすれば自身の力に陶酔し、全能感に身を任せ力を見せびらかしていた可能性がある。だが当然そんな事にはなっていない。それは決して能力を得た人間を差別し排斥し、さながらかつての魔女狩りの如く能力を持った人間と持たざる者との静かな戦争が起こったとかそういうものではない。人を簡単に殺せる力を持っていれば、有象無象の非力な人間にとやかく言われようと気になることはないだろう。そう、僕の能力は全人類の9割以上に嫌われるに値しない代物なのだ。何か分かりやすい例えを用いるならば…いや辞めておこう僕の能力は複雑なくせに役にはたたない。それにこれは決して僕の異能力バトルを描く物語ではない。日記をつけることが趣味の僕の友人が生きた記録を僕が勝手に脚本として物語に直す。それがこの物語の全容だ。僕は語り手で書き手、それ以上でもそれ以下でもない。僕は居てもいなくても変わらない存在で、それは不変で普遍的な感性に基づくものだ。とはいえ他人が生きた証を記すには三人称視点で描くか、それを間近で見た人間の一人称視点しかない。二人称で彼を描くほど僕と彼は長く関係を持ったわけでもないし、ましてや僕に他人の立場に立つような果てしない共感性があるわけでも、そう思わせるような文才があるわけでもない。
否定形が続いてしまった、そろそろ僕の語りも終わりにするとしよう。この話の原点は先程書いた師走のある日、その少しあとの話だ。能力を持った人間が排斥され軍や重火器に怯えながら逃げ回り始め、反撃が始まりかけた時だ。
当時の僕は対して殺傷能力も汎用性も、目に見えた効果のない自分の力に悲観して家を飛び出し、同じように大した能力を得なかった人たちで作られたスラムのような場所でうずくまっていた。たまたま指先から少量の水が出る能力を持った人と、多少の光合成ができる能力を持った人、力が常人よりも少し強い人などがいたおかげである程度の大きさの畑を作ることに成功した。しかしそれは永続的に効果をもたらすものであり、その場しのぎにはならない代物だった。飲水は先程の人の力でどうにかできても食べ物はそうはいかない。当たり前のように盗みをはたらく者が現れ、この小さな集落のような場所は険悪な空気が立ちこめていた。そうして誰かがこう呟く。「小さな村の無能力者を襲って、そこを拠点にすればいいのに。」皆がこの小さな誰かの嘆きを聞き、初めに抱いていた『彼らも同じ人間』という考えは粉微塵になって消えてしまった。そうとなっては人間(この時の僕らははたして知能あるヒト科のホモ・サピエンスだっただろうか。おそらくそれよりも獣であった事に違いない)の行動力は止められない。土を潤した水を生み出す力は人を窒息させ、畑を耕すために使われた筋力は抵抗する一般人を襲う凶器となった。無論僕はその間も俯いたままで何もしていない。保険をかけて自身の正当性を説く言い訳ではなく、僕は誰かを傷つけることも誰かを救うことも許されていない程に無力だったのだ。そうして生活していく事への違和感と抵抗感はあれど、やはり僕には何もすることを許されなかった。このまま僕たちは本当に化け物になってしまうんだろう。そんな事を考えている人間もどきは僕だけ…ではなかった。一人いた。たった一人、いつの間にか作られていた金属製の武器を持った化け物に抵抗する人間もどきが、そこにはいた。名前も知らないその誰かは勇猛果敢に手を広げ彼らの侵攻を妨げている。
「なんだお前、そこをどけ。」
「退かないし行かせない。これ以上一般人に危害は加えさせない!!」
巨漢はその人間もどきの胸ぐらを掴み、岩に亀裂が入りそうな程鋭い眼光を飛ばす。
「テメェ誰のおかげで飯食えてると思ってんだ!?あぁ!?」
「他人から奪ったもんで偉そうにふんぞり返ってる奴の世話にはなれねぇ!まだ共存できる可能性だって…」
骨が砕ける軽くて重々しい摩訶不思議な音が冷たく響き、人間もどきの青年は巨漢に殴り飛ばされた。
「嫌ならここから出て飢え死ねよ。」
人間もどきは血の滴る口元を押さえ、それ以上には何も言わなかった。よく見ると歯が折れてしまっている、残念だがこの場に医者はいないし、彼らに逆らう者もいない。今は全員が、その人間もどきに『何処かへ行け』という視線を送るのみだった。
深夜0時を回り、下を向く俺の視線に誰か足が入り込んだ。相手は何処かで見たことがあるが誰か分からない。在り来りな顔つきではないがやはり既視感がある。その男はしゃがみ込んでこちらの目をのぞき込んできた。
「俺の名前は認目綴。能力の名は空想日記、1日に1回自分の行動を無かったことにできる。君は覚えてないだろうけど今日僕はここを仕切ってる奴らに歯向かうことで力になってくれそうな人を探していたんだ。君はそのうちの一人、良かったら名前を教えてくれないか?」
認目というらしい既視感のある誰かは、既に何度も頭の中でシュミレーションしてきたかのような…実際に何度も繰り返してきたような慣れた様子で名の通り言葉を綴る。どうやら彼曰く僕が彼の思想に同意してくれる数少ない人間の一人らしい。確かに僕の目の前で誰かが彼らに歯向かったところで、僕は特別奇異の目を向けないだろう。それは優しさで同情でも、ましてや共感ではない。関係ないから無視しているだけだ。なかったことにされた僕も、きっとそんな理由で他と違って見えたのだろう。しかしそれでも、僕は確かにここが嫌いだ。
「羅和千里それが僕の名前だ。能力は…無いのと同じだよ。」
「十分だ、俺が欲しいのは優秀な人材じゃなくて共に歩んでくれる仲間だ。俺に協力してくれるか?羅和。」
いきなり苗字とはいえ呼び捨てで呼んでくるとは…メガネをかけていかにも真面目そうな風貌のくせに意外とちゃらんぽらんなのか、それとも僕が人との距離感というものを理解しきれていないのか。そこは今は重要ではない。問題は明らかに泥舟へと誘導されている事だ。
「認目さん、因みにだけれど僕以外に仲間はいるのかな?聞いたところ君の能力は強力だけれど、それでは暴力には勝てない。居るのかな、攻撃役。」
彼が事象や物を無かったことにできる能力であれば良いのだが、自身の行動のみという制約は中々に厳しい。ある程度の保険にはなるかもしれないがそれだけではここから逃げることはできない。ましてやそこから自分たちだけで生きていくのも無理だ。
「もう1人居る。攻撃にしては少し心もとないが、逃げるのに間違いなく役に立つ。」
なんとなくだが、僕はこの時になんとなく誰なのかはわかっていた。ここに居る数少ない同年代女性が一人、僕と同じように孤立していたのを見ていた。彼女を含めた三人で僕たちは逃げることができるだろうか、やはりどうしても僕が足を引っ張る想像しかできない。
「僕の能力は、僕を含めて三人必要になる。合流して能力を見て判断してくれ。」
完全な了承ではないが、認目綴は空に瞬く星の目で僕の手を掴んだ。そのまま立たされた僕は、いつか奪った村の近くの森へ移動した。
森というには細い木々をすり抜け続け、宵闇の中でも煌々と燃える赤と黒の混じった髪を見つけた。
「認目、そいつが三人目なの?いかにも役に立たなそうな顔してるけど。」
「そう言ってやんな、本人も自分の能力を見せて、俺たちの役に立ちそうなら参加するって低姿勢なんだ。」
「そう。私は隔多里よ、隔たりの多い里で【へだたり】。下の名前は仲間じゃないから必要ないでしょ。」
「羅和千里です。」
「あみ…ら?変な苗字ね、どんな漢字なの?」
君も大概変な名前をしているぞ。そうは思ったが前に遠くから見たときには分からなかった目つきの鋭さに怖気づき、僕はその言葉を飲み込んだ。
「羅生門の羅に、平和の和で【あみら】です。羅って字の音読みと訓読みの和って事だそうで。」
「そう。そんなの良いからさっさと能力見せてよ、品定めして良いんでしょ?」
隔多里というらしい彼女は、既に面接官のような目つきに変わっていた。認目綴もまた同じように傍観している。
「じゃあ隔多里さん、認目さんに隣の木を蹴るように言って貰えるかな。」
彼女はまたもや不審そうな目に変わったが、それが僕の能力発動に必要なことだと分かってくれたのだろう。
彼女が認目綴に近づこうとしたとき、僕は手を叩いた。
「名も意味もない能力。」
手を叩くと同時に認目綴の隣にあった木は音をさざめかせ、葉に積もった雪は彼の頭に落下した。
「これが僕の能力、名前は適当につけたし使い方も分からなかった。」
認目綴は僕の言葉に何か引っかかるような反応を見せたが、視線は直ぐに隔多里へと移った。彼女はため息をついて僕の方を見た。
「私はただアイツ等を妨害するだけ、必要かどうかの判断は認目に任せるわ。」
そうして右往左往した視線は認目綴へと集まる。
「今のは何をしたんだ?気づいたら俺の頭に雪が落ちてきた。遠くの物を動かす力か?」
ここで僕には2つの選択肢が与えられた。一つはこの異質な力を隠し通す道、もう一つは懇切丁寧に僕の能力を説明する道。どこぞの奇妙な冒険ではないが、自分の能力は隠すのが得策だ。この2人が永遠に味方でいるとは限らないし、誰かが影から盗み聞きしているかもしれない。
「大体そんな感じ。」
だから僕は前者を選んだ。
名前を適当につけたというのも嘘だ、そもそも何故か能力を得た人間は自身の能力の名前を知っている。そういうものなのだ、僕もそうだったのだから。名も意味もない能力は僕の能力の一部に過ぎないし、ましてやサイコキネシスのような汎用性の塊のような力でもない。認目綴の能力と2人の感じから察するに既に何度かトライアンドエラーを繰り返しているようだし、僕が気張って2人の手伝いをする必要はない。僕は個々の生活に文句こそあれど、ここ以上にまともな生活ができる場所がないとも知ってる。そんな僕の思考とは相反して認目綴の目には光が差していた。
「よろしく頼むよ羅和、人手はあるに越したことはないからね。多分年上だけど俺のことは好きに呼んでくれて構わない。」
認目の自分より一回り大きな手を握る。
隔多里はもうその場にはいなかった。
認目と隔多里との出会いから見て明日に当たる日、僕は何かに頬を突かれ目を覚ました。触れた指先が冷えていないのは、さっきまで室内に居たからなのか。そんな事をぼやける頭で考えながら僕は彼らを認識した。
「羅和、早速で悪いが脱出だ。しかし差し当たって一つ約束してくれ。俺が指示をするまで君は何もするな。そして俺が君に指示をするときはもうとり返しの付かない非常事態か、そうまでしてでもやり遂げなければならない何かに直面した時だ。それを覚えていてくれ。」
認目綴は初めて会った一昨日のように僕にそう言って立つように促した。そうして僕達の、彼の物語は動き出すのだった。
脱出を試みてから10分経ち、僕が思った事は『まぁそりゃそうだろう。』だった。いくら僕達が人間離れした何かを持っているとは言え、電力の通わないこの集落の見張りなんて子供のかくれんぼにも満たない拙い物なのだ。だからこそ僕はこの2人を警戒している。今思い描ける最悪のシナリオは認目綴には自身の行動を取り消せる能力なんて無く、以前脱出しようとしたのを彼ら武力派閥の過激集団に見つかり、似たような反発勢力を早い段階で摘み取るために僕みたいな鴨にネギを無理やり背負わせているなんてものだ。しかし逃げる経路は余りにも計算し尽くされている。甘い話に乗るカモを一人騙すのにここまで手をかける必要はあるのだろうか。というより、彼らを警戒しすぎている気がしてならないのだ。丁寧に足跡を消しながら動き、時には木から木へ空中を移動する。以前索敵能力に負かされでもしたのだろうか。
「ストップだ。」
止まらない僕の思考を認目の声と手が静止させた。何事かと目を凝らすと、いつの間にか森の外に出ていたらしく、寒々しい月明かりの崖際でこの集落一の巨漢が瞑想をしていた。
「良いか二人とも、隔多里も覚えてないだろうがアイツがこの脱出における最初で最後且つ最難関の関門だ。」
そうして僕は彼、認目綴が何故ここまで警戒をするのか初めて理解した。目の前に立つ巨漢、彼こそが僕が初めの語りで言った『力が常人よりも少し強い人』なのだ。何より恐ろしいのは、彼獅海馬児益荒男の能力は留まるところを知らない。使えば使うほど、筋肉のように彼の能力は成長する。そうして獅海馬児はこの集落のトップへと成ったのだ。
「認目さん、アイツの対処法は何かある感じ?」
勿論念入りに警戒をしている時点で殆ど無いに等しいのだろうと勝手に解釈していたが、認目の返答は少し予想外だった。
「獅海馬児益荒男を倒す方法は無い。でも彼から逃げる方法はある。」
認目の目線は僕ではなく、その後ろの隔多里へと向けられていた。そういえば僕は彼女の能力が何かを知らなかったが、秘密兵器の発動ということなのだろうか。
「羅和、申し訳ない事にこの作戦は頻繁には出来ないんだ。ぶっつけ本番になるけど、今から言う俺の説明と指示をきちんと理解しておくれよ。」
僕は黙って首を縦に振る。
「彼女の能力は彼方への跳躍。触れた対象と自身に作用する能力で、触れた物体に能力発動後近づけば近づくほどその物体に再度触れた際大きく吹き飛ばされるというものだ。今から彼女が触れた石を崖下に落とす。獅海馬児にバレようとバレまいとそれが地面についた時点で僕たちは崖を飛び降りる。」
恐らく何度も脱出を繰り返した結果、その結論にたどり着いたのだろう。確かに理想的で完璧と言える方法かもしれない。ただ、だからといって勝ち誇り余裕をかます僕ではない。常に最悪を想定するからこそ、先手を取ることにしたのだ。
「二人にお願いがあるんだけどいいかな?」
「なんだ?言ってみろ。」
認目の目には焦燥といら立ちが少し見えたが、彼を落ち着かせるためにもやはり引き止めてよかったのだろう。
「認目さんには僕を思いっきり後ろに引っ張って、その後空想日記を使ってそれをなかったことにしてほしい。当然獅海馬児にはバレるだろうから、隔多里さんは待機していてほしい。というか多分もう彼にはバレていると思うんだけど。」
最後の一言で、認目はあからさまに瞳孔と目を開いた。当然周りが暗いからじゃない。
「それはどういう──」
「どうした?話し合いは終わったのか?」
認目の声は野太く荒々しく茶渋よりも濃く苦々しい声が遮った。その声の持ち主は当然獅海馬児である。
「まさかバレてないとでも思ったのか?認目の私物に妙なことが書いてある日記を見つけてな、いつ来るのか楽しみに待っていたのだ。」
考えてみれば当たり前とも言える。認目の能力は直接の因果関係のないものは消えない。彼が如何に自身の脱出をなかったことにしようと、集落の中にいないということは、必ずしも脱出との因果関係にないと言える。屁理屈を言ってしまえば、認目が自身の生活区を離れる理由は脱出するからではあれど、脱出をしたからではない。つまり脱走した事をなかった事にしたからと言って、彼が夜中にこの集落の境ギリギリまで移動した事はなかったことにならないのだ。当然そこを目撃されでもすれば怪しまれてしまう。
「今宵は三日月だ。俺様の事を調べていたのだろう?これが意味する事がわからないわけではあるまい。」
認目には既に冷静さなんてものはなく思考回路は既にオーバーヒートしているようだった。その点隔多里は落ち着いている分助かると言える。いろんな意味で。
「認目さん、獅海馬児が何かしてくる前に早くお願いします。隔多里は既にここから離れて崖際に移動しました。」
認目は自身の計画は破綻したと呑み込み、僕を可能な限りの力で後ろに引っ張った。当然来ると分かっていても中々に恐怖を感じる落下感に無意識目を瞑るのだが、直ぐ様その瞼をひん剥く事になってしまった。尻餅をつくつもりが、背中を強く打ち付けてしまう形で僕は倒れ込んだ。額めがけて何かが飛んできたのだ。いや、ナニカではない。正確には物や実体のあるものではなかった。さながら重力などの見えない力がぶつかったかのような感覚だった。
「俺様のモーションよりも早くに回避行動だと?さてはそこの女、未来視の能力を持っているな。」
どうやらさっきのナニカは獅海馬児の攻撃だったらしい。しかしこれは…
「参ったな、急繕いの作戦まで封じられたか。」
「隔多里はどうするんだ!?居ることがバレてちゃ待機させたってしょうがねぇぞ。」
いやまだだ、まだやりようはある。月の傾きから察するにここを出発した22時から2時間がそろそろ経つ頃だ(そもそもそうなるように計算して動いている)。
「認目さん、あと何分で24時を回りますか?」
当然時計を持っていることを期待しているのではなく、彼の能力ならばそれがわかると期待しての問いだった。
「あと一分も無い。」
「わかりました。」
僕は隔多里へそこで待機し続けてくれとハンドサインを送る。決めてきた訳では無いが、手のひらを見せるというだけでその意図は十分に伝わったようだ。
「認目さんにはもう一つやってもらいたい事があります。」
「分かった、何でもやる覚悟はあるよ。」
「───────────────────────」
一息にも満たない程短い時間で伝えることを伝え、認目は覚悟を決めた顔と躊躇いの混じった顔を引っ叩いて、その後僕の背中を同じようにした。
「ほう…確かお前は羅和だったな。集落の黎明期に裏方に回ってくれたのを覚えているぞ。」
「伊達にトップやって無いって事か、じゃあ僕の能力とかあらかた検討はついてたりするの?」
あからさまな時間稼ぎ目的の問答だが、獅海馬児はその余裕そうな態度を変えようとはしない。
「さぁな。お前が俺様の能力を詳しく知っているのであれば、俺様もそうなのかもな。」
獅海馬児は一歩一歩僕へと歩み寄る。僕は磁石のようにそれに反発する。本来の目標地点である崖際まであと10mのとこまで来ると、ピタリと獅海馬児の動きが止まった。背を影際と二人の隠れる木々に向けていることからようやく警戒をし始めたのだ。だから僕は、一直線に彼へと駆け出した。獅海馬児本人は勿論、離れてみていた隔多里すらもその凶行の強行突破に驚き慄いていた。何か能力を持っているとはいえ只の人間と羅和の身体能力は等しいどころか下回るまであるだろう。それすらも利用して、羅和はスピードを殺し獅海馬の振るう拳から逃れるように後ろに飛んだ。
「その程度の小細工で俺様のパンチを避けられると思うなよ!」
振られてから勢いを増す益荒男の剛腕は、羅和の必死の抵抗の隙間をコンマも野暮な速度で埋めていった。
「空想日記解除。」
そんな窮地の中、認目が羅和の事を後ろに引っ張った旨の内容が書かれた日記を破くことで、たった今から羅和は認目によって後ろに引っ張られたことになる。つまり、羅和はあそこからもう一段階後ろへと進んだのだ。
「名も意味も──」
「甘い!!!」
火薬の込められた獅海馬児の言葉が、羅和を抉る二段階加速したミサイルによっと起爆した。例えどれだけ知略を小手先の対策をしようと、圧倒的な力によって羅和は無残にもその軽い体躯を吹き飛ばされてしまった。どこかの噛ませ犬のような情けない格好で地面に突っ伏し、それでも尚獅子は拳を振り上げ足を止めない。
「死なない程度に殴ったつもりだが、上手くいなせたようだな、大したものだ。傷は対して深刻でもないように見える。狸寝入りかごんぎつねかはわからぬが、生憎火縄銃ではなくオートマチックの時代でな。立つならさっさと…」
獅海馬児が言葉を止めたのは、何かを目撃したからではない。寧ろ何も見えなかったからだ。急いで羅和には目もくれず獅海馬児は崖下へ視線を落とす。そこにはさも当然かのように味方を置いて1人逃げ出す隔多里の姿があった。
「隔多里!貴様仲間を置いてまでここを出ていくつもりか!!」
激昂し崖を駆け下りようと体の向きを反転させた時、そうしてもう一度獅海馬児の思考は止まる。それも同じく何も見えなかったからだ。そこにいたはずの羅和は居らず、再度視線を戻せば認目が羅和と共に崖下へと自由落下していた。
「馬鹿な!死ぬ気か貴様ら!?」
「目の前で死なれるのが気分悪いなら、俺たちを捕まえれば良いだろうがよ!」
認目の挑発に乗るように獅海馬児は崖を走った。既に三倍以上あった距離の差は、獅海馬児によって直ぐ様ないものにされる。彼自身の力で自然を凌駕するなど、造作もないことなのだろう。
「捕らえたぞ!認目ぇ!!!」
狂気か、狂喜か何をもって得たのか分からない高揚と情熱を持って獅海馬児は手を伸ばす。脱走を試みる三人は、この時既に『この人はきっと自分なりの仲間意識を持った仲間思いな人なのだろう。よしんば捕まったとてきっと悪いようにはならない』と思い始めていた。それでも三人とも其々が其々に言っていない目標のために、彼らは此処にいるわけには行かなかったのだ。
「だから気を病むなよ、お前が良いやつなのは知ってる。空想日記。」
そうして認目は、『羅和を抱いて崖を飛び降りた事』を無かった事にした。そう、時刻は既に24時を回っていたのだ。認目と羅和は崖の淵に立ち、獅海馬児の伸ばした腕だけが空中に取り残されていた。
(何故だ?認目の能力ではアイツらを追いかけた俺も上に戻るはずでは…)
駆動を止めた獅海馬児の体は風をより一層感じて下へと降りていく。底では隔多里がほくそ笑んで目にも留まらぬ速さで急上昇していった。
「彼方への跳躍。不用意に女の子のお尻を追いかけると大切なものを見落とすわよ。」
1秒後、2m近い巨体が位置エネルギーを一斉に放出した音が轟いた。
「隔多里、悪いが方向を選ぶ余裕も無い。俺と羅和毎何処かへ飛ばしてくれ。」
「そう…そうね。一応助けてくれたみたいだし、後腐れあっても面倒だものね。」
隔多里は1人何かブツブツ言いながら何処かで拾ってきた石を弄んでいた。
「じゃあ私は一人で行動するから、二人でなんとかしなさい。景気よく吹き飛ばしてあげるわ。」
「ん?待てよ、お前の彼方への跳躍はお前自身と物体が対象なんじゃないか?俺らと隔多里を対象にしても距離が近すぎ───」
もう訓練された読み手ならわかるであろう、そう僕たちは隔多里によって、どこぞのデビル因子のように崖外へ蹴り飛ばされた。耳元で切り裂かれる風の音に紛れて、隔多里の声がたゆたう。
「一応世話になったし教えてあげるわ。隔多里甘劇、能力は万有斥力の蓄積。また何処かで会ったら気分で利用してあげる。」
結局僕たちはどこかも分からない都市の外れに不時着することになった。
こうして何をすることも許されず、何もしようとしなかった僕という羅和千里は、日記をつけるのが趣味の認目綴と行動を共にすることになった。お互いが隠すお互いの目的を達成するため。まぁ僕の目標というやつはこの時点では無いに等しいのだけれども。
一応『鈴音』のシリーズの一つという体で本作を描いていきますが、別に『鈴音』を読まなくても恐らく内容の理解度は変わりません。というかアレは読まなくていいです(昔の私はゴリゴリのなろう系にするつもりが気づいたら変なのになっていた)。構想自体は結構前からあって、実は1月くらいから連載始めるか悩んでました。『鈴音』も『君のソナタ』も書いている分には楽しいんですが、何分一つを突き詰めすぎると客観的に見れなくなる性分なので、定期的にこうやって別の作品を描きながら視点を切り替えてます。今回もその一環なので投稿頻度はほか2つより更に不定期です。多分半年に1回とかになる。
というのは全て本当ですが本音じゃないです。
単純にめだかボックスを一気読みしたので能力バトルを描きたくなった。それだけのこと…(プフ感)。
現に『空想日記』は『大嘘憑き』リスペクトです。あんなカッコよくも強くもないけど。
というわけで、めだかボックス程キャラとセリフに趣が有るわけでもなく、めだかボックス程洒落た能力も無い異能バトル風の何か、連載開始です。
そして失踪も開始です。