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0-5 総団長 茶寓 勅己

相談編

 マキミム博物館の屋上から、職場まで距離は結構あった。だが二人は、一歩も歩かずに目的地へ辿り着いた。骨の彼の手を握った瞬間、景色が一変したのだ。

 首を限界まで上げても視界に入り切らない、鉄製の巨大な門を潜り抜けた。浮かんでいる丸い建物や、移動している四角い建物などが、ここには平然とある。お祭り会場の如く、人がごった返していた。はぐれないようにするために、彼は千道の手首を掴んだまま進む。


 ここが、ソフィスタの本部だった。ドゥリア・ウィントルク・キャッシルという名前である。これは長いので、DVCという略称で通用する。この意味はゼントム語で、「輝かしい夢にあふれた未来」だと美少年が説明した。


「なぁ、どうやって歩かずにここまで来れたんだ?」

「〈瞬間移動魔法〉を使った。さっきも、これでイモくんを運んだんだよォ」


 さっきというのは、千道が道端で気絶してしまった話である。地べたから人目のつかない屋上まで、一瞬で連れて行った。骨の彼の気遣いに、彼は再び感謝した。


「〈言語訳魔法〉といい、便利な魔法がたくさんあるな」

「星を越えても通用するとは、思ってもなかったけどねェ」


 周囲の人たちはちらりと二人を見ては、パッと目を逸らした。見てはいけないモノを、一瞬でも視界に入らせてしまったかのような態度だった。

 服のあちらこちらが擦り切れており、怪我が見えている千道は、自分でも小汚いと思った。綺麗なスーツを着ている美少年と並んだら、悪目立ちが加速してしまっている。

 

 左右にも通路が広がっていたが、骨の彼はひたすらに前進した。やがて、直線の先にあった一際大きな建物に入った。

 加工された木でできた長い階段を上り、幾何学模様が彫られている黄金の扉の前で、ようやく立ち止まった。美少年は千道の手首を離し、扉をノックした。返事は聞こえなかった。

 骨の彼は勝手に扉を開けた。日頃から鍵はかかっていないことに、千道は啞然とした。厳重そうなのは、見た目だけだった。手招きされたので、小さくお辞儀をしてから入った。


 壁には隙間なく本棚が並んでおり、分厚い本が綺麗に陳列されていた。それに対し、大量の資料らしき紙類が床の上で何ヶ所かに分けられて山積みになっていた。仮にもぶつかってしまったら、まとめ直すのに数十分はかかりそうなほどの量だった。

 テーブルやソファー、クローゼットなどの家具は、――よく手入れされているのか――艶まで見えた。そのおかげなのか、本当に値を張ったのかは分からないが、どれも高級品のように思えた。


 どこにも人の気配が無いので、この部屋の主は不在だとすぐに理解した。千道は、『ここで待ってれば良いのかな』と、ぼんやり考えていた。

 骨の彼は銅色のデスクに近づき、ランプにぶら下がっている黄金のスライムを握り潰した。ピンポン、ピンポコリンピン、ポンチョンパッチョと、凄まじく奇妙な音が流れ始めた。


「な、なにしているの?」千道は戸惑いの声を上げた。「今のは?」

「総団長を呼んだ。良い人だよォ、すぐに来てくれる」

「えっ、まさかそんな簡単に」

「どうしましたか!?」


 大声で千道の言葉を遮りながら、誰かが扉を蹴り飛ばして入ってきた。『なんて行儀が悪いんだ』と失礼ながら思ったが、その容貌を見て無意識にも身震いした。


 その大男は茶髪であり、顏の上半分は仮面に覆われていた。正確には、前髪と仮面が一体化していた。どういう原理なのかは、千道には分からなかった。後ろまで伸びているので、髪の毛自体は長い。

 仮面から少し見える目は、タコのように横線で赤色に光っていた。たくさんの色と模様がパッチワーク状に入っていて、後ろには白と黒のマントが付いているという、奇抜な服装をしていた。


 怯える千道を見て、スライムから手を離した骨の彼が声を出して笑った。その原因となった男は、そんなに震えないでと、見た目とは正反対と言えるくらい穏やかな声で歩み寄った。


「ここに来たということは、重大なお悩み相談ですね。では、この私が解決しますよ!」

「俺は帰るよ。じゃあね、イモくん」

「あ、うん……」


 ここからは大男に任せるつもりでいる美少年は、手を振ってさっさと部屋から退出した。千道は彼の背中が見えなくなるまで、ぎこちなく手を振り返した。


「立ったままだと辛いでしょう。さぁさぁ、ソファーに座ってください」


 大男に優しく手を引かれ、千道はそのまま座らせられた。白と黒が市松模様に入っているソファーは見た目通りの柔らかさで、尻が引き寄せられる。相手は彼と向かい合うように、黒のローテーブルを挟んで座り、一度咳払いをした。それから緊張して縮こまっている千道に、保育士のような微笑みを向けた。

 殺意といった雰囲気は一切感じなかったので、警戒は次第にほどけた。千道と視線を合わせた相手は、胸元に自分の右手を優しく置き、自己紹介をした。


「私はソフィスタの総団長である、ちゃぐう おのと申します。以後お見知りおきを」


 大男、もとい茶寓は両膝に両手を置き、深々と頭を下げた。それでも仮面が取れないのが、千道はとても不思議に思った。慌ててお辞儀をし返して顔を上げると、総団長の眼が緑色に変わっていた。顔色を伺う視線が、内部まで覗き込んでいる気がした。


「見るからに疲れてますねぇ」茶寓は、テーブルの上を指した。「これをどうぞ」


 ローテーブルの上には何もなかったのに、独りでにホットコーヒーが浮かび出てきた。背もたれに背中と両腕をくっつけるほど、千道は驚愕した。その反応が面白かったのか、総団長は大笑いした。


「心配しなくても、毒なんて入っていませんよ。さぁ、冷めない内に飲んじゃってください」

「い、ただきます」


 催促されるようにして、両手で持ってゆっくりと喉に流した。そこから内臓へ、じんわりと温かさが広がった。ミルクが少なめで砂糖は入っていない、モカコーヒーだと言われた。

 次第にだるみが取れた千道は、一度コップをローテーブルの上に置いた。掌を見ると、転んだ際に擦りむいた傷が治っていることに気が付き、再び驚いた。


「とても傷だらけなので、治癒効果があるハーブを入れました。いかがです?」

「ありがとうございます、美味しいです」


 千道は何度も頭を下げた。お世辞ではなく、本当に豆の深みがあったのですぐに飲み干した。彼の具合が良くなったところで、茶寓は両手の指を組み、両肘をローテーブルの上に乗せて前屈みになった。


「さてさて、君はどんな悩みを抱えているのですか?」


 今度は青色の眼に変わった総団長を見て、千道は口を開くのを戸惑った。『こんなの、信じてくれるわけが無い』と考えたからである。しかし、何も言わなかったら進展しない。骨の彼がせっかく連れてきてくれた厚意を、無駄にはしたくなかった。息を整えてから、これまでの経緯を嘘偽りなく話し始めた。

 話し手である千道ですら、まだまだ現実感がなかった。聞き手である茶寓は、時折頷いたりしながら途中で遮ることもなく、最後まで真剣に耳を傾けた。


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