0-4 放浪旅のはじまり
上半身だけ起こした千道は、周りを見渡した。どの方角へ顔を向けても、澄んだ海が必ず見えた。ゼントム国は島国で、隣国が無いと言っても良いほど辺鄙な場所に浮かんでいる。
人口は五百前後、面積は約三千平方キロメートルで大半が平坦な地である。主な町はマキミム――今、千道たちがいる場所――で、この国の首都である。他には、ハワーポル、リベイ・ウット、ディユーなどに住民が集まっている。
外国人がこの土地へ踏み込む方法は、基本的にはタクシーだけだと美少年は指を差した。その先には、とても小さなモセント駐車場が設置されていた。崖側にあるので、これ以上は開拓されない。
そこに、灰色のタクシーが二台停まっていた。しばらく眺めていると、その内の一台が崖に向かって走り始めた。墜落するのではなく、宙に浮いたまま走行を続け、そのまま空の果てへ消えた。
「空に道なんてないよね?」
「飛行機みたいに、ルートが決まっているんだよ。この国って貧乏だからさァ、交通機関があれしかねーの。まぁ、一週間もあれば徒歩でも一周できる広さだけど」
景色だけだと、どこか異国の地という認識で終わる。しかし骨の彼は、地球の存在すら知らなかった。そもそもこの世界には、「に」と「じ」から始まる名前の国が一つもないと付け足された。出身の惑星すら違う二人が意思疎通できるのは、〈言語訳魔法〉のおかげである。
加えて恐ろしい怪物のせいで、やはり異世界転移したのだと認めざるを得なかった。『もしも転生だったら魔力もあるだろうし、わざわざ魔法に頼らなくとも言葉を交わせただろうに』と、千道はため息をついた。
誰がどう見ても、絶望的な状況に陥っていた。漂流したその日の内に死にかけ、運良く助けてもらっただけでは意味がない。
風呂にも入れないし、食事――いつもは適当な野草を拾ってやり過ごしてたが、この国に生えている雑草に害が無いとは言い切れないので――を取ることもできない。このままだと、シニミに殺されるか餓死するかの二択だった。
「君は、どうして俺を助けてくれたんだ?」
「たまたま通りかかったからだよォ」
骨の彼は肩を回して、腕を高く突き上げながら答えた。騒ぎを聞きつけて様子を見に来たら、シニミが住民を追いかけ回していた。発見してしまった以上放置できなかったので、自主的に助けた。
怪物を倒したら、本来の目的地に向かおうとした。だが千道が気絶してしまったので、面倒を見ることにしたと、これまでの経緯を教えてもらった。
「ごめん」千道は頭を下げて謝った。「俺のせいで、予定が狂ったよな」
「別に良いよ。アンタ、面白いことを言うから。団長は許してくれるよ」
「団長? 君の職業名は、なんて言うんだ?」
「ソフィスタ。国際世界調査団が正式名称だけど、どっちでも良い」
当然ながら、千道にとっては初めて聞く職名だった。仕事内容は人助けだと、とても単純で大雑把に言われた。だが先ほどのように、予測不能な出来事にも対応しなければならない。
調査団と言わたので、彼は『探偵のようなモノか』と推測した。しかし怪物を倒したりもするので、武装警察のような部分もあるように思えた。
美少年は、自身の職場の本部へ向かおうとしていた。どこにあるのかと聞いたら、この地味な国に似つかわしくない、豪華な建物を指した。
「行き場所が無いなら、来てみる?」骨の彼が提案した。「一般人も普通に入れるし、相談くらいはできるよ」
「聞けば聞くほど親切だな。そんな職業があるなんて、この惑星は平和なんじゃないか?」
「そうかな。手が届いていない場所も多いし、最近はシニミが増えているし。むしろ、アンタの惑星のほうが羨ましいよ。怪物がいないなんて、超良いじゃん。そっちに移住したいくらい」
「あははっ、お互いにないものねだりになっているな」
「そうだね。ほら、行こうよイモくん」
急に変な渾名で呼ばれたので、千道は戸惑いの声を出しながら自身を指した。骨の彼は笑いながら、アンタ以外に誰がいるのと言い、左手を差し出した。
「誰にも真似できない夢を持ってるんだからさ、この国から歩いてみてよ」
このまま何もしなければ、千道はまた泣き虫に戻ってしまう。いや、もっと言うとすれば、野垂れ死にしているに違いない。何か一つでも行動を起こしたら、その未来を変えれるかもしれない。
彼は笑みを浮かべ、美少年と握手をした。もう涙は止まっており、清らかな気持ちに変わっていた。彼にはまだ名乗っていなかったので、自分の名前を伝えた。
この出会いが、ユーサネイコーを放浪する始まりとなった。どれだけ地球を羨望されても、先ほどの言葉を取り消すつもりはなかった。ここにて、理想郷を見つける。
つまりこれは、千道が数々の国を放浪し、理想郷を見つけるまでの旅という、とんでもない物語なのである。これから彼が味わう悲惨な冒険の数は、星よりも多い。
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