9.エイドルは、喋らせてもらえない。
◇◇narrator─Adoll.R.Ariadoll◇◇
第二騎士団副長のエイドルは、自宅を前に溜息をついていた。
このところ家に帰れていなかった。会議、目撃者の聞き取り調査の取り纏め、上長への報告書作成、そして会議。その結果分かった事は、原因が我が家にあるかもしれないという事。
そうなくても、最近王都で騒がれている反貴族主義者達によるテロ行為で忙しくしている中に現れた、王都内でのワイバーンの目撃情報。多数の目撃例から襲撃の可能性は薄れたが、王都に魔獣の類が入り込んだ事は、過去十数年は例が無い。そして、その目撃例が自宅に集中しているのだ。
馬上のまま、門が開くのを待ってポクポクと厩に向かう。
はぁ〜、気が重い。確か末の弟の所から姪が来ているハズ。それもドルミナク領からだ。
もう十年も前になるか……。
勝手に独立宣言をしたドルミナク領。独立は未遂に終わったが、領主の息子と娘は死去。それに伴って就いたという家宰の悪魔。比喩ではなく、正真正銘の悪魔。そして、訳の分からない大老という職を作り、そこに就いたのが堕天使。
領主であるコサイスタン老と共に王都乗り込んで来た悪魔アルファディオと堕天使ウリエラは、王を脅し、各騎士団を無力化し、完全自治権を手に帰っていった。
当時、一介の騎士であった私は、蛇の様に動き回る白銀のロープに絡め取られながら、同じくロープに絡め取られ動きを封じられた仲間達を見ていた。鍛え上げた剣技を用いる事さえもできない屈辱。無力感。騎士の、騎士学園の在り方を問い直す出来事。
その後、末弟のシリウスが結婚し、ドルミナクの騎士団長に就いたと聞いた。一年ほどして産まれた姪。両親は会いに行ったが、私は仕事の都合がつかず行くことはできなかった。
初めて合う姪。その姪に、聞かなければいけないんだ。ワイバーンを王都に持ち込んだのかと。
はぁ、気が重い。
もし、本当にワイバーンを王都に持ち込んだのが姪であれば、どのような沙汰がくだされるか……。王都の平穏を乱したと、入牢もあり得る。
やっぱり気が重い。
「旦那様、お帰りなさいませ」
執事長のオーシが声を掛けてきた。
彼の後ろの年若い執事が馬の手綱をとり、下がっていく。
「大旦那様がお待ちです」
オーシは、父上の事を私の前だと大旦那と呼び、本人に対してはマキシ様と呼ぶ。当主になる前までは、お坊ちゃまだった。オーシに旦那様と呼ばれると、今だに何処となくむず痒い。
「ところで…………」
「プリエラ様でしょうか?シリウス様のお子様の。食堂でお待ちですよ」
言い淀んだ私の言葉を掬い上げて、オーシが横につく。
厩から移動しながら上衣を脱ぐ。
オーシはそれを受けながら、帰ってきた年若い執事に渡しながら付いてくる。
「ところで…………」
「はい、大旦那様も、シーリア様、アリシア様、エファ坊っちゃんと、皆おそろいです」
再び、言い淀んだ私の言葉を、オーシは掬い上げる。
ちなみに、私に息子は三人いるが、上の二人は学園の寮に入っている。別に学園には家からでも通えるし、規則的にも問題ないのであるが、伝統というものだろう、男子学生は寮に入るのが常となっている。女子学生は、寮と通いが半々。
「ところで…………」
「着きました。さ、どうぞ」
食堂には、家族の四人といつものメイドに執事達、そして幼そうな少女と黒いメイド服を着た見知らぬ女性がいた。
「T─5」
なんとなく残念そうな声が少女からした。
んっ、何の事だ?それより、この少女がシリウスの娘のプリエラだろう。それで、そこの娘はプリエラの付き人といったところか。
久しぶりに上機嫌な父上が二人を紹介する。
やっぱり、少女がプリエラで、娘がプリエラの従者でマニマニか。王都から逃げ出したシリウスの娘。煩わしい貴族社会に関わる事なく、のんびりした田舎で育った箱入り娘か。
ただ、父上の紹介の中で、背筋を刺激する言葉を聞いた。〝魔道具使い〟?十年前の屈辱が背を駆け上がってくる。あれから騎士剣術の甘さを感じ、様々な武器持ちと勝負を重ねてきた。当然、魔道具使いとも試合の機会を得た。だが、十年前の悪魔の足元にすら及ぶ者はいなかった。正直、あの悪魔の技が本当に魔道具だったのかすら分からない。悪魔ならではの魔法だったのかもしれない。それでも、あの悪魔がいるドルミナクから来た魔道具使い。戦ってみたい。そんな場合ではないのに、騎士の血が騒いでしまう。
「それにしても、ここ最近は、忙しそうじゃないか。全く家にも帰ってこん。せっかくプリエラが来てくれたというのに、当主が顔すら見せれんとは、城はどうなっている?」
不満そうな口振りではあるが、父上が質問のチャンスをくれた。ここで聞いておかなければ、聞き出すチャンスがなくなる。母上が口を開く前に聞かないと。
「あ──」
「そうなんですよ!」
やった!母上の言葉を止めた!母上が一度話しだしたら、二度と会話の主導権を握ることに不可能。ひたすらに長い話が続くだけになってしまうところだった。
私は、母上が再度口を挟めないように、言葉を続ける。
「そうなんですよ。先日、王都上空にワイバーンが飛来したという目撃情報がありまして、そちらの真偽の調査が難航していまして。どうも、この家の付近でも目撃例があるようなんですが、父上、ご存知ありませんか?」
言えた!
で、姪っ子の様子はどうだ?
焦った顔はしていないか?
プリエラの表情から関連性を探ろうとした所で、父上から答え合わせがきた。あまりにもアッサリと。
「おお、あれはプリエラたちが乗ってきたモノだぞ」
「え?」
「だから、ドルミナクからプリエラとマニマニを送ってくれたワイバーンだと言っておる」
「え?」
そんな簡単に言う?辻馬車みたいにワイバーンが飛んでるの?そんな一般常識みたいに答えないで父上。
「ドルミナク領だからな」
「ええ、ドルミナク領ですものね」
父上に続いて、母上も頷いた。
え?
「え?そんな理由…………。王城勤務者三千人が一週間近くも徹夜で調査、有事態勢を整えていたのですよ……」
「ドルミナク領だからな」
「ええ、ドルミナク領ですからね」
「ドルミナク領だからって、そんな事が説明になるんですか!」
「なるぞ。ドルミナク領だからな」
「ええ、ドルミナク領ですから、なるでしょうね」
「さ、三──」
三千人の苦労に対して、それをどう説明すれば良いんだ、と言おうとするところで、オーシが父上に耳打ちをした。
「うむ、そうじゃの。ついでに──。そっちで代筆して出しといてくれ」
オーシが一礼をして、退室する。
「え、父上なにを?」
「ん、いや、オーシにな、ワイバーンはドルミナク領の関係だと、王城に届けさせただけだが」
「は?」
「大丈夫なんだよ。ドルミナク領はな」
「ええ、ドルミナク領は特別ですからね。と、そんな事を王城の人達は忘れているのですか?そう、もう忘れているのでしょうね。少し調べるなり、古い人にでも聞けば分かりそうなんですけどね。まぁ、縦割り組織の弱い所というものなのでしょう。情けない。情けないと言えば、エイドル、あなた。ドルミナク領からプリエラが来るのは知っていたでしょう。それでしたら、少し調べるか、聞けば、ドルミナク領の特異性なんてすぐに分かるでしょうに。だいたいあなたは──」
母上が話し出してしまった。
それにしても、ドルミナク領の特異性?何だそれは?王都にワイバーンで乗り入れて、手紙一通で大丈夫なのか?一体全体、ドルミナク領って何なんだ?
チラと、プリエラに目をやると、すまし顔のまま、微かに微笑んでいた。
「おっ、そうだ。お前、最近休んでおらんだろ。ついでに明日、休みにしておいたぞ」
「え?何を勝手に──」
「久しぶりにエファと手合せでもしてやっくれ」
私の言葉を待つ事なく夕食が始まった…………。
母上の言葉は、私の幼少期の事から二人の弟の事へ、プリエラの可愛らしさから、最近めっきり顔を出す事の無くなったもう二人の姪の話に移っていた。
ありがとうございます。