3.アリアドル家は騒がしい。
◇◇narratorーpeoples of Ariadoll◇◇
「プリエラ・N・アリアドルです。学園入学の為にまいりました。お世話になります」
笑顔で挨拶する少女と、メイド姿の女性を前にして、皆の気持ちは同じだったに違いない。
『いったいドコから突っ込んだらいいんだ?』
戸惑う周囲。
その中で、一番に声を発したのは、中年の紳士然とした執事長のオーシだった。
「ドルミナク領からいらしたプリエラ様で宜しいですよね……?」
「はい!」
少女は元気に答えた。
溢れるような笑顔に、周囲の胸がズキュンと射抜かれる。
「ホ………ケフンケフン。あっ、母、いや、バーサは?一緒に来ると聞いていたのですが……」
「あっ、おじさまがバーサの息子さんですか?」
「お、おじさま──」
オーシは、自分の顔がデレて真っ赤になっているのが分かる。魅惑の『おじさま』呼称。
「──はい!〝おじさま〟がバーサの息子で、アリアドル家の執事長をさせていただいていますオーシと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。私がプリエラです。で、こっちが──」
プリエラの手で合図された女性が言葉を継ぐ。
「マニシュマニと申します。マニマニとお呼び下さいませ、オーシ様──」
こっちの女性にも〝おじさま〟と呼ばれたいと、ちょっと思ってしまうオーシの様子を見ながら、マニマニと呼ばれる女性は言葉を続けた。
「バーサ様は、出発前に馬を拾ってしまいまして…………」
「馬?」
「はい…………。その準備と言いますか、環境造りに手間取ってしまい、遅れて参るそうです」
「ご迷惑をおかけしています」
オーシは、頭を下げた。
と言うか、ドルミナク領では馬が落ちてるの?そんな疑問をマキシが言葉にする。
「ドルミナクでは、馬が落ちているのか?馬は拾うものなのか?──おお、スマンスマン、儂が前当主のマキシ・R・アリアドルじゃ。シリウスの親父と言う方がわかりやすいかの?さぁ、プリエラや、おじいちゃんだぞ。覚えておるか?」
「天使様……主は天使を遣わせてくださりました。さぁ祈りましょう──」
「「天に在します我らが主よ──」」
「あ〜、祈るなバカ姉妹。あっ、私がヒリス。こっちのバカがウァスとウェス。見ての通りのメイドだよ」
「あ、私がリコ。で、こっちがじいちゃんのトラルド。庭師!」
「こりゃ、お前はまだ見習いじゃろうが。ああ、儂がトラルドじゃ」
「私がホラック。こっちの熊が、旦那のバラック」
「俺は人だよ。あ、嬢ちゃん宜しくな、バラックだ」
「こら!儂が話している最中だろが!前当主を優先せんか!──のぅプリエラや」
「旦那様、それを言うと、私の方が先ですよ」
「「天使よ……」」
「バカ!祈るな!」
「ねぇねぇ、どんな花が好き?」
「肉か?魚か?どっちが好きなんだい?好きな物言いな」
「おい、作るのは俺だろうが!」
「だから、前当主を優先しろと──」
マキシの参戦を期に、順繰りに挨拶合戦が始まった。
挨拶される度に、プリエラが何やら口ずさんでいるが、上手く聞き取れない。それが、名前を必死に覚えようとしているみたいで、可愛いらしさに庇護欲がコーティングしていく。
いよいよ収集がつかなくなって来た時に、館の扉が開いて、手を打つクラップ音と共に新たな参戦者が現れる。
「ハイハイハイハイ。皆ストップ!二人共長旅で疲れてるだろうに、外で何をしているんですか──」
出てきたのは、矍鑠とした細身の老婦人。
老婦人は、そのまま門の所まで行くと、騒動に集まった人々に解散するように言う。
「皆さん、申し訳ございません。此の度、愚息の娘がまいりました。何ぶん、あのドルミナクの領から来ましたので、王都とは少々常識が違いましょうが、優しい目で見てやってください。あのドルミナクの領ですから──ハイ!解散!!」
気っ風よく場を締めた老婦人は、ギロリと一睨みすると関係面々を屋敷の中に入るように促した。
「それで、貴女がプリエラで、貴女がマニシュマニ──マニマニで良ろしいんですね。それで、プリエラ、覚えていますか?一度会ったことがあるんですよ。と言ってもプリエラがまだ言葉も喋れない頃だから、覚えてないわよね。シリウス、そう、貴女のお父さんは、王都に寄り付かないからね。貴女が産まれたのを聞いて、会いに行ったんですよ。馬鹿息子はいいとして、お母さんのナティは元気かい?元気じゃなかったら、貴女も心配で王都に来ていないわよね。優しそうだけど、芯の通った美人さんだというのを覚えているわ。あの馬鹿息子には勿体ないお嬢さんよね。あぁ、もうお嬢さんという年齢ではないのかしらね。でもね私にとっては十分お嬢さんなのよ。そうそう、マニマニ、貴女とも会ったことがあったわね、プリエラに会いに行った時に、一緒に居たわよね。大きくなって、美人になったわね。でも、もう少しスタイルにメリハリが欲しいかな?でも、今ぐらいが流行りかしらね。とても美人さんよ。それにしても、もう八年くらい前だったかしら。私の事覚えてる?覚えていないわよね」
早口で矢継早に喋っては、自己解決していく老婦人は、シーリア・アリアドル。マキシの妻であり、プリエラにとっては祖母ということになる。
シーリアが、ヒリスが淹れた紅茶を一口ふくみ、口を潤している間に、プリエラがソッと右手を上げて、発言する。
「あ、あの、シーリア様。〝おばあさま〟と呼んだらよろしいで──」
プリエラが言葉を終える前に、始まった。始まってしまった。
「そうね。〝おばあさま〟で良いわ。〝シーリア〟と呼び捨てでも良いけど──呼び捨てはいけないわよね。年上を呼び捨てと言うのは品が無く見られるかしら。〝シーリアおばあさん〟も良いわよね──でも確か、ナティさんは御身内がいなかったわよね。と、言うことは、プリエラにとっておばあさんは一人と言うことね。なら、おばあさんだけでも大丈夫。でも、〝お祖母さん〟は、年寄りみたいだから、あまり言われたくはないのだけど。こんな枯木のような年寄りが若く見られても仕方ないわよね。良いわ、〝おばあさん〟にしましょう。あ、〝おばあさま〟だったわよね。〝おばあさま〟で大丈夫よ。でも、〝おばあさま〟よ。〝お祖母さま〟や〝お婆さま〟は、駄目よ。〝おばあさま〟これね。まぁ、忘れていたわ。さっき自分で言っておきながら、ごめんなさいね。長旅で疲れているでしょう。ワイバーンに乗って来て、どのくらい疲れるのか分からないけど。あ、私が乗ってみたいという事ではないですからね。高い所は、あまり得手ではないのよ。と、そうそう、夕食までゆっくりとしておきなさい。お部屋を案内させるわ。ヒリス、お部屋に案内してあげて。荷解きをしなくてはいけないわよね。ヒリス、ウァスとウェスにも手伝わして──と、荷物が見えないようだけ────」
シーリアの言葉が止まらない…………。