18.リサには、マニマニが理解できません。
◇◇narrator─Lisa◇◇
Aランク冒険者のマニシュマニお姉さまが間に入り、試合は引き分けと裁定された。
そこに異論を挟む者はいない。
でも、試合内容で見てみると、明らかにトニーさんの劣勢だった。と、言うよりも、プリエラが強すぎたのだ。無数に放たれるスローイングナイフ。手から離したと思った瞬間に現れるククリナイフ。まるで一流のマジックショーを観ているようだった。その上、修練場を所狭しと駆け巡る運動量と、残像すら置き去りにする程のスピード。見る者の視線はおろか、呼吸すらも奪っていった。
横から後ろから、忘れられていた呼吸が感嘆の吐息となって聞こえる。
気が付けば、三十を超えるギャラリーがいた。
受付カウンターから後方職員、素材回収カウンター、素材解体場職員まで、おそらくギルドは無人となってるだろう。冒険者の人達もここに居るんだから、無人でも問題ないといえば問題ないのかもしれない。
ザワザワと各人が評論を始めだした頃、私は観覧席から修練場内に下りて行った。
少しでも早く、あの少女の近くに行きたかった。
胸を熱くする感動のまま、あの強く格好良い少女の間近に行きたかったのだ。
「プリエラちゃん強いんだね」
口から出たのは、自分で思っていた以上に幼稚なセリフ。
だって、目に涙を溜めて、一本一本スローイングナイフを拾っては、拭きながらドレスの中に仕舞っているんですもの。格好良いセリフなんて飛んでしまいますよ。
あっ、気が付けば、プリエラちゃんって言ってしまった。
まだ、『プリエラ様』か、『プリエラちゃん』かどっちで呼ぼうか決めていないのに。
でも良いの!プリエラちゃんで!言っちゃったし!
返事はなかったけど、楚々としてプリエラちゃんのお手伝いを始める。
スローイングナイフを拾う。
軽!
スローイングナイフは、軽かった。確かに、金属特有の重量感はあるが、見た目よりも遥かに軽い。
若干先の方が重い、透けるような薄さの金属板。
よくこんなの投げるな〜って、想いながらも拾っていくと、プリエラちゃんが可愛い声で、「ありがとう、お姉ちゃん」って。
『お姉ちゃん』お姉ちゃんだよ。『お姉ちゃん』
あ〜、死ぬの?
死んじゃうの私?
あの可愛い口から紡ぎ出された『お姉ちゃん』。
尊い!尊過ぎるのよ!
それにしても、マニシュマニ様もナイフ拾いを手伝ってあげたら良いのにと、視線を向ける。
スコットさんがいつの間にか下りてきて、話をしていた。
そういえば、スコットさんはマニシュマニ様と試合たいって、言ってたっけ。
周りには、程良い距離にギャラリーが集まっている。
「あ〜、勝負にならないよ」
私からスローイングナイフを受け取りながらプリエラちゃんが呟いた。
「えっ?」
「って言うよりも、試合そのものにならないかな」
どういう事?
言葉にするのも忘れて、ついプリエラちゃんを見つめてしまう。
あっ、目が大きい。
キレイな瞳。
お鼻もちっちゃいし、本当にお人形みたい…………。
「マニマニはね、強いとか、そういう次元じゃないんだよね」
私は、その言葉の意味が分からなかった。
試合をする事が決まったのか、プリエラちゃんとトニーさんに代わって、マニシュマニさんとスコットさんが修練場の中央に立つ。
背丈程の、槍にしては短めの槍、短槍を構えるスコットさんに対して、無手で立つマニシュマニさん。その姿に、微かの緊張すら見られない。
「さあ!」
スコットさんの気合いの籠もった声で立ち合いが開始される。
先程までのヘラヘラとした人好きのする顔から、奥歯を噛み締めた戦う者の顔に変貌したスコットさん。
マニシュマニさんは、ちょっと面倒くさそうな表情で一歩踏み出す。
穂先を揺らしながら出方を伺うスコットさんの横を、そのまま通り過ぎていくマニシュマニさん。
そのまま通り過ぎていく?
まるで何もなかったかのように、歩いてくるマニシュマニさん。
そして、足元に落ちていたプリエラちゃんのスローイングナイフを拾うと、一言。
「プリエラ様、そろそろお昼にいたしませんか?」
え〜〜〜!
皆の視線がスコットさんに集中する。
そこには、槍ごと金色のリングに手を拘束されたスコットさんがいた。首にも金色のリング。明らかに首を絞めている。
「そうですね。私は海老などを食したいと思うのですが、王都は内陸ですし、そんなお店はありますかね?」
そう言いながら右手を軽く振ると、後ろでスコットさんが足もリングで拘束されて、倒れ込んだ。その姿は、まるで大きな海老のよう。
スコットさん本人も、何が起こったのか分からないようで……。えっえっえっと声を洩らしながら、ビチビチと海老のように飛び跳ねている。
「ねっ、言ったでしょ」
「…………」
プリエラちゃんの言葉に、答える事もできずにいると、プリエラちゃんは言葉を続ける。
「試合そのものにならなかったでしょ。マニマニはね、面倒くさがりなんだよね。ちゃんと練習がしたいと言わないと、あんな感じで終わらしちゃうんだよ」
いやいや、面倒くさがりとかってレベルじゃないです。
スコットさんも、Cランクですよ。うちの冒険者ギルドの中では、トップクラスの実力者。それを面倒くさいって…………。
ギャラリー達からも言葉が出ない。
皆、スコットを拘束する金色のリングが魔道具だろうとは思ったが、いつ魔道具を起動したのかも、どのように拘束したのかも分からないようだ。
「マニマニ、首のリング、外して上げなくて良いの?」
プリエラの声にハッとして、皆がスコットを凝視すると、真っ青な顔で泡を吹いているスコットが見えた。
「ビクビクしてるよ。死んじゃうよ」
「でも、プリエラ様、死合ですから、死んでも仕方ないかと思いますが?」
「「「「「「えー!」」」」」」
ギャラリーの声が揃った。
いや〜、こんなにも皆の心が一つになる事なんてあるんですね…………。私も声を揃えた一人として、遠い目で突っ込んだ。
『死合』って何ですか?
『試合』です。『立ち合い』、『模擬戦』、こんな所で命のやりとりをしないでください!
渋々と金色のリングの魔道具を解除するマニシュマニ様。
スコットさんの首には、青黒い索状痕が付いていた。
いや、もう、死ぬ手前ですがな。
申し訳ありません。
ちょっと投稿ペースが落ちてしまいます。
頑張ってきたのですが、モチベーションが…………無くなってきてます。
皆様、出来ましたら作者のモチベーションが上昇するよう、ポイントをいただけましたら──幸いです。




