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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

名無しキャストの短編集

こどくのむすめ

作者: 月嶋朔

「お前との婚約を破棄し、お前の妹と新たに婚約を結ぶ!」

 婚約者である王子の傲慢な物言いに、婚約破棄された公爵令嬢は、わずかに表情を動かし、小さく溜め息を吐いた。

 公爵家は、美しい末の娘を幽閉して、虐げている。

 その噂は、学園のみならず社交界でも広がっていた。それを理由にした婚約破棄。

 公爵令嬢は完璧なしぐさで了承し、大勢の冷たい視線を華奢な身で受けながら夜会を後にした。

 そして、その夜のうちに公爵一家はわずかな荷物と金銭だけを持ち、他国へ逃げていったという。




 そうして屋敷にたった一人残されたのは、虐げられていたという末の娘。

 王子は嬉々として彼女を迎えに行く。

 屋敷の最奥、窓も塞がれた薄暗い小さな部屋で、末の娘はじっと椅子に座り、一人過ごしている。そこに王子一行が現れ、末の娘の前に恭しくかしずいた。

「迎えにきたよ、私の運命」

 つい先月のこと。

 婚約者との義務の茶会でこの屋敷に来た王子は、偶然この部屋を見つけ、そして出会ったこの末の娘に一目惚れした。

 公爵令嬢との婚約は王子が、候補の娘たちの中で一番見目が良かった、という理由だけで公爵令嬢を選んで結ばれたもの。故に同じ家の娘で、尚且つ傾国とまで言われた今は亡き公爵夫人と瓜二つの美少女と出会ってしまったとなれば、王子が「運命」だと宣って心変わりするのも必然。

 その場で公爵にも公爵令嬢にも詰問した。何故、愛した夫人に似た娘をあのような扱いにするのか、と。

 だがその時の公爵家の答えは曖昧で、行いを誤魔化そうとしていることが明らかだった。

 だから王子は噂を流した。「公爵家は末の娘を隠して、虐待している」と。

 その噂はほんの数年前から台頭してきた故か敵のほうが多い公爵家には効果的で、更に婚約破棄の醜聞も重なり、公爵家の地位は一夜で失墜した。

 王子は笑みを浮かべながら、痩せて軽い娘を横抱きに抱え上げると、そのまま城へ連れ帰った。

 屋敷に残された財産全てを娘への慰謝料という名目で没収することも忘れずに。




「今頃はあの子を城へ連れ帰った頃かしら」

 母国から逃げ、隣国に入った馬車の中、嘗て公爵令嬢だった少女が呟く。

 その服は質素で、磨き続けた容姿でなければ平民のように見えるだろう。

 斜向かいに座る少女の父、元公爵も同じく飾りの無い質素な衣服を纏っている。

「あの王子のことだ。屋敷に残したものも全て一緒に持っていくだろう。……遠からず、あの国は滅びる」

 言葉は重く、しかし元公爵の表情は、晴れ晴れとしている。

「お父様、これでようやく………」

「ああ……お前の母であり私の最愛の妻を殺した、あの国への復讐が果たされる」











 今は亡き公爵夫人はとても美しく、幼い頃から多くの求婚を受け続け、しかし何故か全てに首を横に振って断り続けていた。

 当時の王子、現在の王もその一人で、普通ならば王家の申し出を断れるはずもないのだが、彼女はナイフまで持ち出して

「王子と婚約を結ぶなら、このまま首を切って死にます」と静かに言いながら、その刃を実際に首筋に滑らせた。その傷跡は生涯消えずに残り、語り草になる。

 この令嬢らしからぬ行動に王家も諦めざるを得ず、婚約は破談になったが、しかし王自身は彼女を諦められなかった。

 結ばれた別の婚約者を蔑ろにして、夜会でも学園でも執拗に彼女を追いかけ、とうとう婚約者に冤罪をかけてまで婚約破棄という茶番をやったが、それでも彼女が王の手を取ることは無かった。


 やがて彼女は婚姻前に妊娠が発覚し、怒り狂った両親が相手である男に押し付けて彼女を勘当した。

 その相手こそ、元公爵。幼い頃から互いに想い続けてきた「初恋の君」であり、そして産まれた子は、元公爵の優しい面差しによく似た、公爵令嬢である。

 彼女は、初恋だった元公爵と結婚したいが故に、両親や親戚からの縁談話を無視し続け、婚姻できる年齢になったと同時に強行手段ーーつまり婚姻前の妊娠という手段を取ったのだ。

 元公爵はもちろん反対し、きちんとした手順で娶りたいと言ったが、しかし彼女を道具として見ている両親が元公爵との婚姻を許すわけがないことを分かっていたため、元公爵を説き伏せての行動だった。

 はしたないと罵り、顔をしかめていた者たちも

「手段は手荒だが、互いに長く想い合って、結ばれたのだな」と、幸せそうな様子の二人を、それが狂気のような一途さであっても、密かに讃えた。


 だが、良く思わない者も当然いる。

 その筆頭が、王だった。

 適齢期を迎えても全ての交際も縁談も断り続けていたため、誰のものにもならないなら、と彼女を半ば諦めた頃に耳に入ってきた、彼女の妊娠と結婚の話。

 しかも相手は、公爵とは名ばかりの貧乏貴族。

 長年想い合ってきたという「初恋の君」というが、王も、彼女の周りにいた者も、彼女の両親でさえ彼の存在をずっと知らなかった。否、貧乏貴族など誰も全く認知していなかった。

 そんな明らかに格下の男に掻っ攫われた、美しい大輪の花。

 安い花瓶に生けられたかのようにちぐはぐなのに、しかし彼女は元公爵にだけ誰にも見せなかった最高の甘い笑顔を向ける。

 彼女の愛は、ただ一人、元公爵のものなのだと見せつけられる。

 長年の恋慕は憎悪に変わり、彼女の婚姻と同時に泥のようにあふれた。

 王は、子を産んで間もない彼女を冤罪で捕らえると、過去の報復として無理矢理魔物に襲わせ、子を宿させ、そして嘲笑った。

 さすが、はしたない女だ。魔物の子も孕むのか。と。

 何人もの貴族の目の前で。


 その後、釈放されたが堕胎することも叶わず、産後の弱った体に魔物の障気を宿し続けた彼女は、柔らかい曲線を描いていた体も棒のように痩せ細り、美しく輝いていた髪も肌もくすんでぼろぼろになり、まるで枯れ木のようになった体で子を産むと、すぐに眠るように息を引き取った。

 使用人も医者も、醜くなった彼女を忌避していたが、最期は元公爵の腕の中で、涙を流して囁かれる彼の愛の言葉と共に眠りについた。彼女の幸いは、全てを捨てて貫いた「初恋の君」との愛を失わなかったことだろう。


 その時の、魔物との子が、件の末の娘だ。

 産まれた娘は赤子の頃から夫人と瓜二つの美しさを持っていた。

 まるで、夫人の姿を奪ったように。

 普通の子だったら、愛した者と生き写しのその子を元公爵は溺愛しただろう。令嬢も、妹として可愛がっていただろう。

 だが、元公爵は、多額の寄付金と共にその子を孤児院に預けた。特に王家の者に見つからないよう、人前に出すのは控えるように、孤児院の院長に釘を指すことも忘れなかった。


 預けてからしばらく経って元公爵は、娘の様子を見るために寄付金を持って再び孤児院を訪れた。

 そこで元公爵は、連れてきた護衛と共に、娘が子どもを貪っているのを目撃してしまう。

 娘は預けた先の孤児院の職員と子どもたち、合わせて百人ほどを、文字通り全員食ってしまい、その子が最後の生き残りだった。

 しかも預けた当時は赤子だったはずの娘は、わずか一ヶ月で十歳前後の姿に成長している。

 呆然とする元公爵が動くより先に、化け物が、と護衛が娘を切りつけるも、殺すことはできなかった。返り討ちにあい、八つ裂きにされる。

 次は自分かと元公爵は身構えるが、不思議と娘は元公爵を襲うことはなかった。

 親と認識しているのか。

 敵対心を感じなかったからか。

 単に腹が満たされていたからか。

 理由はわからないが幸運にも生き残った元公爵は、まず娘を自分の馬車に隠して、警らを呼んだ。わずかに残った食い荒らされた遺体と、元公爵が「魔物に襲われた」という証言に食い違いがないことから不幸な事件としてその日のうちに処理された。

 元公爵は、嘘は言っていない。娘は人と魔物の子で、実際に襲っていたのだから……。


 こうして元公爵は疑いが向けられることなく、娘を公爵家に連れ帰ることができた。

 逃げないように窓も塞いでしまった屋敷の最奥の部屋に娘を閉じ込めて、元公爵はようやく息をつく。

 最愛の妻と同じ顔の娘。

 背徳の行為で産まれたが故に、一度は殺そうとして、しかし躊躇い、結果手放した娘。

 もし、娘が孤児院の者たちを食うことなく『人間』として生きたなら、元公爵はそのまま娘の幸せを祈り、存在を忘れるつもりでいた。

 だが、もし娘が『魔物』として生きてしまったら……。


 元公爵は、利用する決心をした。

 遠い東の国の呪術、蠱毒に。


 あれには虫を使っていたが、魔物の娘でも呪術は完成した。公爵家は繁栄していく。だが元公爵も、理由を聞いた公爵令嬢も呪術で得た富に手を一切つけなかった。

 そうして年に一度、身寄りのないメイドが姿を消す(・・・・)以外表向きは問題のない、財も充分にある公爵家。その一人娘は、面差しは父親に似ていても母親にも劣らないほどの美女。

 好色の血を受け継ぐ王子が見初めることも、いまだに憎い男の最愛の子を迎え入れ如何様にもできる(・・・・・・・・)好機を逃すはずがない王が婚約を認めることも、予想していた。

 あとは、王子と末の娘が出会う場を整えて、元公爵と公爵令嬢は『末の娘を隠匿していた』という演技をすればいい。




 まさか、あんなに上手くいくとは。

 元公爵は揺れる馬車の中、斜向かいで眠る公爵令嬢を見つめる。

 最愛の妻との間に残された、唯一の宝。

 本当は彼女にはなにも知らせず、己だけが手を汚し、事を進めるつもりでいた。

 だが聡い彼女に見抜かれてしまい、全てを知った娘は妻の復讐を共に誓った。

「そんな人でなしの王族が統べる国に嫁ぎたくはありません。滅んでしまえばいい」と。

 汚れてしまった手。だけどまだできることはある。

 元公爵は、父親の顔で微笑む。

「……お前だけは、必ず幸せにしよう……」











 二人が国を去り、末の娘が城に迎えられて一年経った頃。

 娘についていた侍女が一人、娘に食われた。

 全てを知る王はようやく末の娘が、余興と言わんばかりに嘲笑ったあの、唯恋い焦がれた女性に魔物を襲わせ孕ませたときの、その子だと気付いた。

 すぐに殺すように命じるが、しかし娘は騎士団を一刻も使わず壊滅させた。

 そのまま敵対心を向ける者、王と王子も殺して、外に逃げた役人が雇った者も殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。

 いつしか国は、娘を頂点に据えた魔物の国に変わり、その後何百年も繁栄していった。


 何故娘が、何百年も存在し続けたのか。

 それは誰が(・・)言い出したのか、いつからか『魔王』と呼ばれるようになった娘の元に『勇者』を送り出した国は繁栄する、と言われているから。

 実際に『勇者』を送り出した国は、その後栄え続けている。

 しかし『勇者』は毎年『魔王』に食われてしまうため、『魔王』討伐は失敗に終わる。

 そうして毎年毎年『勇者』が選ばれては『魔王』に捧げられる(・・・・・)


 世界が意図せず養っている美しい蠱毒の娘は、今日も城の玉座で、ただじっと座っている。

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