ウサギさんの雪だるま
「わあ……お兄ちゃん、本当に雪だるまがいるよ。サンタさん来てくれたんだね」
クリスマスの朝、降ったばかりの新雪が積もる庭先に、でーんと居座る大きな雪だるま。
「ああ、良かったな美憂。お前がちゃんと良い子にしていたからだぞ」
「うん、美憂ね、いい子でいられるようにいっぱい我慢したんだから」
両手を飛行機のように広げて雪だるまの周りをくるくる走り回る妹の姿に、思わず笑みをこぼす兄の律。
「ほら見てお兄ちゃん、雪だるまさん、ちゃんとウサギさんになってる!!」
雪だるまの頭には、ちゃんと二本の折れ耳が付いている。
「来年はウサギ年だからな。サンタさんもちゃんとわかっているんだよ」
「赤いお目目と真っ赤なマフラーもカワイイ!!」
「うんうん」
「……この雪だるま、お母さんに見せたらきっと喜んだよね?」
「美憂……お母さんに会いたいのか?」
「うん。会いたいよ……お兄ちゃん」
律と美憂は血が繋がっていない。美憂の母の再婚相手が律の父で、美憂の母は、現在別居している。
「そうか。大丈夫、すぐに会えるよ。僕がサンタさんにお願いしたからね」
「本当? お兄ちゃん大好き。楽しみだなあ」
その日、律の父親が遺体で発見された。
両目はくり抜かれ、両腕は肩から切り落とされた状態で……。
犯人は猟奇的な趣味を持つ成人男性によるものと警察は判断した。
なぜなら、くり抜かれた両目は雪だるまの目に埋め込まれ、切り落とされた両腕はまるでウサギの耳のように雪だるまの頭に突き刺してあったから。
明らかに快楽殺人、異常者の犯行としか思えなかった。
「大丈夫かい? もうすぐお母さんが迎えに来てくれるからね」
震えながら抱き合う幼い兄妹に声をかける警察官。
楽しいはずのクリスマスにこんなことが起こるなんて悲劇以外の何物でもない。少しでも幼い子どもたちの心の傷が癒えるようにと心から願う。
「おまわりさん……雪だるまがお父さんを食べちゃったの?」
「そうだね……もしかしたらそうなのかもしれないね」
若い警察官はなんと答えて良いのかわからない。でも、もしかしたら……その方が受け入れられるなら、そういうことにしておいた方が良いのかもしれないと思ってしまう。
春が来る前に雪だるまは綺麗に溶けて消えてしまうから。
こんな忌まわしい記憶など雪と一緒に消えてしまえばいい。また冬が巡ってくる度に思い出すかもしれないが、誰かを一生恨みながら生きるよりも、よほどマシなのではあるまいかと。
「美憂!! 律!!」
「お母さん!!」
二人は美憂の母に引き取られこの村から引っ越していった。
事件後、捜査は難航。兄妹の証言を元に浮かび上がった、木こりの多田野三太が容疑者として取り調べを受け、殺された父親のDNAが検出された斧を所有していたこと、犬や猫の死体が大量に庭から出てきたことなどが決め手となり事件は一応の決着をみた。
「律、美憂はもう寝たの?」
「うん、僕、寝るまで本を読んであげたんだ」
「ごめんね……こんなことに巻きこんじゃって」
「何のこと? お父さんはサンタさんの雪だるまに食べられちゃったんだよ。お母さんや美憂に酷いことをしていたからきっと罰が当たったんだよ」
「……そうね、そうかもしれないわ」
そっと律の頭を撫でる母。
「ねえお母さん。僕、早く大人になって、お母さんや美憂を守りたい」
「ふふ、楽しみにしてるわね」
「律……どうかあの人のようにならないでね。もしそうなった時は……」
仲良さそうに並んで寝息を立てる二人。
静かに見守る母の目は……どこまでも暗く冷たかった。