08.他にもあるだろ?
「初めましてフランさん。私、ファレス君の”幼なじみ”のルビナと申します。”ウチのファレス君”とはどういうご関係で?」
なんとお上品なお姉さんなのだろう。所々強調したように聞こえたが、ツっこむのも面倒だ。
「あはははは! なぁなぁファレス! この人は幼なじみという立場をどうしてもアピールしたいらしいぞ!」
フランは机を叩いて爆笑していた。
その姿を見ていると俺までつられてしまいそうだが、もし笑ったら明日俺は生きていないだろう。
「ファレス君、この子物凄く酒臭いわ。それに下品で……女の子らしさの欠片もないのね」
「それはすまない! ファレスと2人で食事してたものだから、部外者の聖女様には気が回らなかった」
言われたままでは食い下がらない。酒が入っても負けず嫌いは健在なようだった。
「部外者って何よ。私はファレス君の幼なじみであり保護者のようなものよ」
「お母様でしたか……! 通りでお年を召されてると思ったよ」
「私はまだ25よ!!」
とまぁ、こんな感じで二人の醜い言い争いは数十分にも及んだ。
俺を巡って喧嘩していると思えば微笑ましいが、ここに居るのは世界に数人しかいない聖人に、王都始まって以来の天才魔術師だ。……あとエロい身体した美人剣士。
当然目立つ。散々俺に目立つなと忠告してきたルビ姉だが、頭に血がのぼってそんなことは微塵も覚えていないだろうな。
「はぁはぁ……ファレス君、何なのこの子!」
「あっはっは!! ファレス! ルビナさんは大分お疲れみたいだし、帰った方が良さそうだよな?」
いちいち俺に意見を求めないで欲しい。
「なんて冗談だよ。まぁこれでも飲んで落ち着いてくれ」
フランはルビ姉の前へと酒を置いた。
「フラン、ルビ姉は酒がダメなんだ」
「なんだそうなのか。酒も飲めないのか」
体質的なこともあるし、強要するのはよくないと思うぞ。一緒に飲めないのは残念だと思っていたが。
「……頂くわ」
ルビ姉は酒を手に取ってそう言った。
「おい、無理しない方が……」
「無理って何の話? 私お酒大好きだし」
しょうもない見栄を張っているようだ。
「おぉそうか! では改めて乾杯だ!」
乾杯から四時間程経っただろうか。
酒場の客も段々と数が減っていき、気付けば周りは空席だらけだった。
「え〜っとぉ、じゃあ〜、ファレス君のいい所は〜」
驚いたことに、ルビ姉は俺達の飲むペースに必死に着いてきていた。何度もゆっくり飲むよう諭したが、フランへの対抗心から断られてしまった。
完全に出来上がったルビ姉は呂律も怪しくなっており、訳の分からない話題を掲げだした。
「えっとね〜」
こんなに酔ったルビ姉は初めて見たが、非常に可愛かった。
「何だかんだでやる時はやる所で〜、クズになっちゃったけど、たまにかっこいいんだよ」
「わかるぞ! 普段は腑抜けた面をしているのに、たまに見せる真剣な顔が良いんだよな!」
二人して俺を褒めているのか貶しているのかどっちなんだ?
「それで〜、他には〜」
「……」
他には?
「えっとぉ〜……」
「何でも遠慮なく言っていいんだぜ?」
「……」
ルビ姉は黙りこくってしまった。
俺のいい所ってそれだけ?
……。
「あっはっはっはっは!! ファレス! 君の幼なじみは面白いな」
フランはまたもやテーブルを叩いて爆笑していた。
美しく凛々しかった素面のフランからは想像できない姿だ。
個人的にはこっちの方が好みだし親しみをもてるが。
「ルビ姉?」
「……」
返答はない。
代わりに返ってきたのはすー、すー、という小さな寝息だった。
「……寝ちゃったようだな。慣れないのに無理して飲むから」
「はい私の勝ち!! ざまぁみろ!」
フラン的には勝負をしていたのだろうか。
「さぁファレス! 飲み直しと行こうか!」
こいつはどこまで飲む気だ?? 酒豪にも程がある。
「もう他の客も居なくなって来たし、時間も遅い。俺達もそろそろ帰らないか?」
俺がそう言うと、フランは屈託のない笑顔で応えた。
「大丈夫だ! ここのマスターは私の友人でな。朝まで飲んでても笑って済ましてくれる」
「いや、そうじゃなくて俺達は明日勇者に会う予定が……」
「なんだ? 私と飲みたくないというのか?」
「そういう訳じゃ……」
「じゃあいいだろう! 心配するな! もし寝てしまっても、私が責任をもって宿まで連れ帰ってやる」
「それにここは私の奢り、タダ酒だぞ?」
「ゴチになります」
予定は明日の昼だしまぁいいかと酒を手に取る。
「よし、今日は寝かさないからな!」
「あ〜……頭いてぇ」
気持ち悪さと頭痛で目を覚ますと、辺りの惨状に少し引いた。
案の定そのまま寝てしまっていたようだ。
隣には半裸に酒瓶を持ったまま床で寝ているフランと、テーブルにうつ伏せで眠っているルビ姉の姿があった。
厨房の方に目をやると、店員が開店準備をしている所だった。
……ん?
俺はまだ上手く働かない頭で、昨日の出来事を思い浮かべる。
「ファレス様との面会は明日の昼を予定しています。また明朝にお迎えにあがりますので、こちらの宿でお休みください。それまでは自由にして頂いてかまいません」
ゲイルは明朝、宿まで迎えに来ると言っていた。
窓から見える太陽の位置から推測するに、今はもう正午前だろうか。
……。
「起きろルビ姉!!」
「ルビナはまだか!!」
「昨日から宿には戻っていないようで……」
「奴らは酒場に居るはずだ! 早く連れてこい!!!」
「はっ……」
「勇者であるこの僕を待たせるとは……! 良い度胸じゃないかルビナ!」