07.酒は飲んでも呑まれるな
訓練所を出た俺とフランは、ギルドからほど近い所にある酒場へと来ている。
外装内装共に非常に華美で、流石王都の飲食店だと思わされる。何より驚いたのが強気な価格設定で、メニュー表には俺が普段通っている酒場の3〜5倍程の値段が記載されていた。
ここはフランの行きつけの店だと言っていたし、相当稼いでいるみたいだ。羨ましいったらない。
運ばれてきた料理は何もかも美味で、朝から何も食べていなかった俺の胃袋は歓喜の声を上げていた。
そんなわけで酒が進む進む。驚いたことにフランは相当の酒豪なようで、俺の飲むペースに難なく着いてくる。
訓練所での出来事など無かったかのように楽しい時間が流れ、酒場の窓から覗く景色はいつの間にか黒になっていた。
ちなみにフランが俺の事を好きだという件は話題に挙げていない。
何故なら聞くのが恥ずかしいからだ。これだから童貞なんだろうな。
「あっはっはっ! 君ともあろうものが聖女にこき使われてるのか!!」
フランはそう言いながら俺の頭を何度も何度もはたく。
完全に出来上がっているようだ。
「それについては否定しないが……」
当然俺も酔ってはいるのだが、フランの姿を見ていると冷静になれた。
酒の席で自分より悪酔いしている人間を見ると冷めるアレだ。
「おい! 舐められたままでいいのか!? 分からせてやれ!!」
「いや〜……。実際俺もルビ姉には世話になってるし」
その言葉にフランは眉をひそめた。
「”ルビ姉”ねぇ……。随分仲がいいんだ?」
「まぁそりゃ幼なじみだし。俺が3歳の時から遊んでくれてたらしい」
「……」
「どうした?」
フランは無言のまま俺の顔をじーっと見つめている。
「な、なんだよ」
「……ずるい」
彼女はそう言うとテーブルに手をつき、身を乗り出してきた。それと同時に猛烈な酒の匂いが漂ってくる。くっさ!
「その幼なじみとは何年も一緒だったのに、私はたった1年だけだ! それにそのルビ姉って呼び方は何だ!!」
えぇ……。
「黙って聞いてればルビ姉、ルビ姉って……。そんなに私を嫉妬させて楽しいか!?」
実際さっき告白されたようなもんだし、確かに別の女性の話をするのは失礼だったかもしれない。
ただまぁ嫉妬するフランはめちゃくちゃ可愛いかった。酒臭いが。
「大体さぁ、何で今まで私に会いに来なかったんだ! 私は君が心の底までクズになったと思って落ち込んでたんだぞ!」
「さっきも言ったけど、王都に来たくなかったんだって。時期を見てフランには挨拶に来るつもりだった」
苦しい言い訳だ。
実際は田舎町での自由気ままな生活が楽しすぎて、フランを忘れてたなんて口が裂けても言えない。
「全く……。で、そのルビ姉ってのは私より可愛いのか?」
これまた困る質問だ。ルビ姉は綺麗系でフランは可愛い系。どちらも甲乙つけがたい。
……ん?
ふとフランの手元に目をやると、一瞬、蜃気楼のように手が歪んで見えた。これは魔力が集まっている箇所に起こる現象だ。
つまり、フランは俺の答えによっては何かしらの魔法を使おうとしているということだ。
こっわ!! 正気かこいつ! とんでもないぞ!!
……ひとまずここはフランの機嫌をとるのが正解だろう。
「……どっちも美人だけど、フランの方が俺の好みかな」
俺の答えに満足したのか、フランは大人しく席に着いた。
「そうか! 良かったなファレス! 私のような可愛い子に好意を持たれるなんて幸せ者だなこいつ!」
「はは……」
苦笑いをしたその瞬間だった。
バンッ!
とテーブルに勢いよく手が叩きつけられる。
「ねぇファレス君。今の話どういう事?」
ルビ姉だった。何故ここにいる!?
いつもは暗黒微笑で俺を牽制してくる彼女だが、今回に限っては純粋な怒りが表情から見てとれる。
「夕食の約束してるのにいつまで経っても帰ってこないし。心配になって探しに来てみれば、知らない女とご飯食べてるし」
「挙句の果てには何の話してるわけ? 何なの? 私を怒らせたいの!? このクズ!」
「いや、ルビ姉……これにはワケが……」
まずい。この怒り方だといつ即死魔法を撃ち込んでくるか分からない。
俺が必死にこの場面の切り抜け方を模索しているとフランが一言、
「この人が噂のルビ姉? 確かに私の方が可愛いな!」
「は”ぁ”!!?」
初めてルビ姉のこんな野太い声聞いたよ。
もうしーらね。