03.聖女の憂鬱
目覚めよ……目覚めるのです……
……。
聞こえているのでしょう? 返事をしなさい。
……あれ? もしかして聞こえてない?
…………ファレス?
……聞こえてない?
せっかく出て来られたのに……。
……ふっ、まぁいいだろう。妾とお前は一身同体だ。いずれ機会もあるだろう。
またお前と語り合える日を楽しみにしているぞ。では……
「あのー……ユティさん?」
!??
どこから聞いていた!?
「せっかく出てこられたとか言ってた辺りから」
聞こえてたならさっさと返事をしろ!!
「だってなんか威厳を保ったままフェードアウトしそうな雰囲気だったし……」
お前のそういう所本当に良くないぞ!! これだからお前と話すのは嫌なんだ!
「さっき語り合いたいとか言ってたじゃん」
ああああああああああああああああ!!! 忘れろ!! そして死ね!!
「そんな酷いこと言わなくても……」
もういい出ていけ!!! お前の近くに何か邪悪なものを感じるから注意しろ!! あと風邪とかには用心するんだぞ!!! じゃあな!!!
「……て事があってさ」
俺はルビ姉に今朝の出来事を話していた。
「ふ~ん、また出てきたんだその魔族」
ルビ姉は興味なさそうに返事をした。なんだか今日は機嫌が悪いようだ。
「出てきたっていうか……あれは夢の中みたいなものなのかな? 脳内に直接声が響くような感じだった」
「そうなんだ」
何がルビ姉の機嫌を損ねているんだろう。今日はまだ酒を飲んでいないし、賭けをしている訳でもないのに。
はっ! まさか昨晩のアレを見られてたんじゃ……。
「……ま、変なものは特に感じないけどね。本当に夢だったんじゃないの?」
そう言われると自信がなくなってくる。
だがそれにしては妙にリアリティのある会話をしていた気がするが……。まぁいいか。
「最近よく酒場に顔出してるけど、ちゃんと教会の仕事してるのか?」
「ファレス君と一緒にしないで」
本当に今日は辛辣だな。いや、これはいつものことか。
「何か元気ないな」
「疲れてるのよ色々と……」
ルビ姉は頭を抱える。
「そんなに深刻なことなのか?」
「大した事じゃないんだけどね」
どうやら昨晩の件では無さそうだ。
あ〜良かった……。
アレがバレてたら、今後どんな顔してルビ姉と会話すれば良いのか分からない。
と、そんな会話をしている時だった。
一人の男が俺達の座ってるテーブルへと近づいてくる。
「探しましたよルビナ様」
どうやらルビ姉を訪ねてきたらしい。ふとルビ姉の方を見ると心底嫌そうな顔をしていた。苦虫を噛み潰したような、少なくとも聖女として崇められている人間がしていい顔ではなかった。
「おや、ご友人とお食事をされていましたか。申し訳ない」
嫌に礼儀正しいな。
上品な服に身を包んだ男は、どこからどう見ても上流階級の人間だった。
「ルビ姉、この人は?」
「申し遅れました。私、王都から参った勇者ファレス様の遣いで、ゲイルと申します」
勇者ファレス様ねぇ……。おそらくルビ姉のストレスの原因はこいつだろう。
「何度も言ってるでしょ? いい加減諦めて帰って貰えないかしら」
「そう仰られても……」
ゲイルと名乗る男は困った顔をしている。普段は誰にでも優しい(俺を除く)ルビ姉にしてはキツい物言いだ。
「何の話をしているんだ?」
「勇者から王都に来るよう言われてるの」
「なんで?」
「さぁね。どうせ大した用じゃないでしょ」
よく分からんが、事情も説明せず一方的に呼びつける時点で「勇者ファレス」がろくな人間じゃないことは分かる。
「……そうだ」
ルビ姉は何かを閃いたようだ。
「この子も一緒でいいなら行ってもいいわ」
ルビ姉は俺の腕を掴んでそう言った。
「どうしてそうなる」
俺がそう訪ねるとルビ姉は顔を近づけてきて耳打ちした。
近い! 良い匂いがする!
「ファレス君の体を奪った張本人に話を聞くチャンスよ? 大丈夫、私に任せておいて」
そうは言われても、別に取り返したいとまでは思ってないんだよなぁ。
何の目的があってあんなことをしたのかは知りたいが。
「申し訳ありませんが、ファレス様からは“ルビナ様”を連れてくるようにと」
「じゃあ行かない。彼女は私の従者よ。何か問題ある?」
ゲイルは少し考え込むと、
「分かりました。ファレス様へ確認を取りますので、明日までお待ちください」
そう言って酒場を出ていった。
ルビ姉はしてやったり顔をしているが、俺の意見は全く意に介さないらしい。
「上手くいくといいね!」
「……なに? ルビナがそう言ったのか?」
「……まぁいいだろう。その従者というのは男か?」
「そうか。ほう、美人か。……では明日二人を連れてこい。抜かりのないように頼むぞ」
「……やっとだ……やっと会えるね……ルビナたん……」