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02.勇者許すまじ

「なぁルビ(ねえ)。俺に何か言うことあるよな?」


「私たちの間に言葉なんて必要ないと思うの」


「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ」


「同じ気持ちだったなんて……嬉しい」


「とりあえずこっち見ろよ」


「え、なに急に。恥ずかしいよ……」


「いいから俺のこの姿を見てみろ! この無惨な姿を!」


 俺の体は腐臭と血生臭さで、それはもう強烈な悪臭を放っていた。


「頑張った証だね。いつもより格好いいよ!」


 鼻を摘みながらそう言われた。何だこの仕打ちは。





 酒場から連れ出されたのが昼過ぎで、それから半日くらい経っただろうか。

 見上げると雲ひとつない満天の星空だ。


 町外れにある廃屋での目的を果たした俺達は帰路についていた。

 俺の数歩先をいくルビ姉はこちらに視線を向けようとしない。



 ルビ姉が言っていた通り、廃屋には死霊使い(ネクロマンサー)が住み着いていた。


 建物内部には今までに派遣された討伐隊らしき人間の死体が無造作に打ち捨てられており、腐臭と重い空気が充満していた。


 しばらくすると不気味な笑い声と共に死霊使いが現れ、それと同時に死体が一斉に襲いかかってくる。

 突然の事態に慌てている様子を見た奴は満足そうな笑みを浮かべると、そのまま姿を消した。


 それに呼応するかのようにルビ姉も呪文の詠唱を始める。


 俺はてっきり、死体に囚われている魂を浄化する魔法でも使うのかと思っていた。聖女らしく。


 しかし、ルビ姉が唱えていた魔法はアンデットの類を引き寄せるフェロモンを付与するというものだった。

 そしてそれを迷わず俺に付与したルビ姉はこう言った。


「それじゃあファレス君! 私は死霊使いを殺してくるから、その間時間稼ぎよろしく!」


 魔法の効果はてきめんで、死体達は一目散へと俺の方に向かってくる。

 ルビ姉は悠然とその横を素通りして、廃屋の奥へと歩を進めた。


「ちょ、ふざけんn……」


「期待してるよ!」


 弾けるような笑みを浮かべるルビ姉は、聖女というより悪魔にしか見えなかった。


「あ、言い忘れてた」

「その死体は教会の討伐隊の人達なの。傷つけたりしちゃダメだよ〜」






「ねぇねぇ聖女様。事情も説明せず、いきなり囮にするのは酷いと思いませんか?」


「先に説明したら絶対逃げ出すでしょ。ファレス君が全力出したら私でも追いつけない」


 聖女様から実力を評価されるのは光栄だが、何だか納得いかない。


 攻撃するわけにもいかず、かといって逃げ出すわけにもいかない。

 結果的にルビ姉が死霊使いを仕留めるまでの約30分間、延々と攻撃を避け続けていた。


 傷は負っていないが、死体から飛び散る体液までは避けきれなかった。これが悪臭の原因だ。


 というか病気とか大丈夫なんだろうな……。マジで怖いぞ。


「大丈夫だよ。集敵と一緒に抗体を付与しておいたから」


 その辺りはさすが聖女様だ。ていうか当たり前のように俺の考えを読まないで欲しい。


「……俺が行かなくてもルビ姉1人で何とかなったと思うんだけど」


 結果論になるが実際その通りだと思う。

 こう言うと死体の皆様に申し訳ないが、あくまでも俺がやったのは雑魚を引き受けただけだ。


「ふえぇ?」


 俺の問いに対しわざとらしく目を潤ませていた。腹立たしいが可愛い。

 バカにされているのは分かりきっているのに。


「……それにしても、傷一つ負ってないのはちょっと驚いたわ」


 急に真面目トーンになられると脳が混乱する。


「当然だろ。俺を誰だと思ってる?」


 とは格好つけてみたものの、実際のところは転げ回りながら逃げていただけだ。

 到底人に見せられたもんじゃない。


「あとはその残念な性格さえなければ完璧なのにね」


 ルビ姉はいつも一言多い。


 それよりも、と一呼吸置いて続ける。


「いい加減元の姿に戻りたいと思わないの?」


「この見た目だとスケベなおっさんがよく奢ってくれるんだよな」


 そう答えると、それはもう息を吹きかけてるだろうと思うくらいに大きな溜め息が聞こえてきた。


「勇者ファレスといえば王都で大人気らしいじゃないか。俺も今の生活に満足してるし、悪さしてないなら無理に事を大きくする必要もないだろ。何よりめんどいし……」


「……そうね。女の子にも大人気で、パーティは美少女で固めてるらしいね」


 ん?


「姫様にも気に入られてて、将来は騎士団長のポジションが確実だと言われてて」


 ん……?


「毎晩色々なタイプの美人とお楽しみとか」


 俺の体で……?

 俺はまだ童貞なのに……?


 何だそれは……。


「その上私に求婚して来て鬱陶しいたらないわ。僕に相応しい伴侶は君しかいないとか」


「とんでもない大悪党じゃねーか。やっぱり殺しに行こう」


 人の体で好き放題やりやがって!

 羨ましいなちくしょう!!


「いやいや、殺してどうするの。身体を取り戻す方法を探さないと」


「あ、あぁそうだな…」


 危ない危ない。

 嫉妬から来る殺意の衝動に支配されるところだった。


「まったく……。いくら私を取られるのが許せないからって、我を忘れちゃダメでしょ」


 ルビ姉の声は上ずっており、心なしかにやけているように見えた。

 何か勘違いされてるなこれは。


「俺はただ、勝手に人の体で好き放題してるのが許せないだけで……」


「え?」


「え?」


 …………。

 二人の間に、物凄く微妙な雰囲気が流れた。


 この空気はマズい。重圧に押し潰されてしまいそうだ。


 俺の灰色の脳細胞はこの状況を打開する為にフル回転を始め、一つの言葉を導き出した。


「……と、とにかく! ルビ姉が無事で良かったよ。死霊使いもかなり強かったろ?」


 ……大したことねぇなぁ俺の頭は。

 

 ルビ姉は無言で俺を見つめていた。

 視線が痛い。なんだあの目は。人によってはご褒美かもしれんが、俺はまだその領域には達していない。


 彼女は今日何度目かのため息をつくと口を開いた。


「……死霊使い自体は大したこと無かったんだけど……。あいつが呼び出した”リン”ていう怨霊がかなり手強かったかな」


 かなり強引かつ無理のある話題の切り替え方だったが、ルビ姉は応じてくれた。なんだこいつ聖女か?

 

 改めてルビ姉を見てみると、纏っている法衣が所々擦り切れている。おそらく戦闘の痕だろう。


「そこまで強かったのか。俺が死霊使いとやった方が良かったかな」


「ファレス君が戦ったら問答無用で消し去っちゃうでしょ。私は囚われていた魂を浄化してあげたかったの」


 普段のルビ姉からは想像できない言葉が返ってきた。こいつもしかして聖女か?

 その優しさの半分でも良いから俺に向けて欲しいものだ。


「ルビ姉が手こずる程の悪霊が出てくるとは。上手く行ったのか?」


「いや、それがちょっとね……」


 何やら歯切れの悪い言葉が返ってきた。ルビ姉は目を伏せてバツが悪そうにしている。


「……何をやらかしたんだ?」


「大した事じゃないから……気にしないで」


「その反応は絶対に大したことだろ」


「いいから!」


 俺の言葉はものすごい剣幕でシャットアウトされた。これ以上聞いても何も教えてはくれないだろう。


「とにかく、遅くなってきたし早く帰りましょ。手伝ってもらった分の報酬はまた明日渡しに行くから、酒場のお友達にちゃんとお金返すのよ」


 あ、忘れてた……。


 とりあえず水浴びしたい。

 何が恐ろしいって、自分の体から発せられる悪臭に慣れてきているのだ。鼻が麻痺してるだけじゃないのかこれ。


 何はともあれ、俺達は町に向けて足早に歩を進めた。


 俺は臨時収入があることに胸を踊らせていたが、後から思うと、俺はここでルビ姉を問い詰めるべきだったのかもしれない。


 まぁでも難しいか。

 後々あんな大事件に繋がるなんて想像出来るわけないし。

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