01.愛しの彼は今
私には将来を誓った幼馴染がいる。
生きる意味を見い出せず、ただ徒に毎日を消費する日々。そんな地獄に居た私を、彼は二度も救い出してくれた。
彼の為ならなんだって出来る。日に日に募っていく感情は、もはや自分で制御できるものではなかった。
彼は私の気持ちに応えてはくれないけど、それでも良かった。一緒に居られる日々が続くのであれば、それだけで。
彼は誰よりも強く、逞しく、そして優しかった。
そんな最愛の彼は今——。
「頼む! もう1回! 次は勝てる気がする!」
「テメェもう賭ける金ねぇだろ」
——真っ昼間から酒を飲んでは賭け事に興じるクズになっています。
「ルビナちゃん、そんなところで何してるの?」
彼女は酒場の給仕をしているフィリアさん。
入口から彼の様子を見ていたのを不審に思われたのかもしれない。
「こんにちはフィリアさん。……ねぇ、あそこで楽しそうにやってるアホはいつからここにいるの?」
そう言って奴のいるテーブルに視線をやる。
「ファレスさんね。開店してすぐいらしてたと思うけど……」
朝から飲んでるのか……。
「ルビナちゃんはファレスさんの保護者みたいよね」
「あんな大きい子供いらない」
そう言うとフィリアさんは笑顔を浮かべた。
「ふふっ。ファレスさんはいつも色んな人に囲まれて楽しそうよね」
「……人には好かれるのかもね。バカだから」
そんな他愛も無い話をしていると、店内から一際大きな声が聞こえてきた。
「……分かった!! 次負けたら胸揉ませてやる!」
「舐めんなよ? そんなんで俺らが釣られるとでも思ってんのか」
「直にいっていいぞ」
「よし乗った!」
はぁ……あのアホはまったく……。
「流石に店内でいかがわしい行為はちょっと……。あれ、ルビナちゃん?」
「へっ、勝負に乗った事を後悔させてやる!」
諦める訳にはいかなかった。
このままだと今日の酒代も払えないし、何より負けたままってのは許せない。
男には、どんな状況だろうと逃げ出せない勝負ってのがある。
そんな後の無い状態で引いた手札は、今日一のものだった。
「よしっ! 今回は俺の勝ちみたいだな」
得意気に手札を公開しようとした時だった。
後頭部に鈍い痛みを感じて、辺りにカードをぶちまけてしまったのは。
「あぁ……勝てる手札だったのに……。誰だー!」
やりきれない怒りと共に振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたルビ姉が居た。
「こんにちはファレス君。楽しそうなことやってるね?」
笑顔ではあるが目は笑っていない。やばい、どこから聞かれてた!?
「や、やぁルビ姉。今日は教会に行く日じゃなかったっけ……?」
「教主様からお休みを頂いたの。で、何やってるの?」
優しく語りかけてくるルビ姉だが、その声色には多分に怒気が含まれていた。
「ちょっとこのおじさん達と遊んでただけで……」
「へぇ〜。それで何を揉ませるの?」
やっぱり聞かれていたか。
ルビ姉は俺が酒場で遊んでいることをよく思っていない。
それに加えてさっきの会話を聞かれていたとなると、この後の説教が怖い。
「おいおい聖女様よ。俺はこの姉ちゃんと遊んでるんだ。邪魔しないでほしいね」
同じテーブルで遊んでいた大男が挑発するように言った。こいつの名前はドー。クズだ。
「あぁ。ここでお開きなんてまっぴらだぜ」
隣にいた男もドーに同調した。こいつの名前はディアト。同じくクズだ。
「そうだそうだ! 俺たちは誇りを賭けて勝負してるんだ! いくらルビ姉と言えども邪魔はさせないぞ!」
俺の名前はファレス。誰もが憧れる(本人談)天才魔剣士だ。3年前までは男だったが、色々あって今ではこんなエロい体になってしまった。ちなみに俺はクズじゃない。
「さぁ仕切り直しだ。勝負はまだついてないぜ!」
俺はそう言いながら散らばったカードを集め始める。
「もうついてるよ。ファレス君の負け。さ、ついて来て」
ルビ姉は俺の腕をつかむと、強引に席から立ち上がらせた。
「おい、どこに連れてく気だ!」
ドーは怒りの形相でルビ姉に噛み付く。
俺が負けた分を支払わずに逃げるとでも思ったらしい。実際このままだと払いたくても払えないが。
「これから私の仕事を手伝って貰うの。その報酬から今回の分を払わせるわ。分かった?」
どうやら拒否権は無いらしい。
ルビ姉は昔から強引だったが、俺がこの姿になってからは輪をかけて人の話を聞かなくなった。
「……だそうだ。てなわけで、俺はルビ姉と出かけてくるよ。じゃあな!」
ルビ姉に引き摺られる形で席を離れていく。
クズ共は「金払え」だの「揉ませろ」だの叫んでいたが聞こえないフリをした。
俺の耳は都合の悪いことは聞こえない、都合の良い器官なのだ。
「……助かったよルビ姉。あのままだと胸を触られた挙句に無銭飲食で憲兵に突き出されるところだった」
酒場を出た所で、俺は感謝の意を述べた。
するとルビ姉は呆れかえった目で俺を見る。何だその目は。
「ファレス君さぁ……変わっちゃったよね。昔はあんなに男らしくて格好良かったのに」
「昔の事は振り返らない。俺は今を生きているんだ」
「あーはいはい」
ちょっと格好つけたのに興味無さそうにあしらわれた。何だか恥ずかしくなってきたぞ。
「とにかく助かった。また今度お礼するよ。じゃ!」
説教される前に退散しようと振り返ったが、またしても腕を掴まれた。
「何帰ろうとしてんの? これから仕事を手伝って貰うって言ったでしょ」
俺は面食らってしまった。てっきりあの場から俺を逃がす為の口実だと思っていたからだ。
「ちょっと待ってくれよ! 俺は酒飲んでるんだぞ!」
「ファレス君ならその程度問題にならないでしょ?」
「ルビ姉が担当する任務ってことは教会直の仕事だろ!?」
そうだね、と当たり前のように答えられた。
嫌な予感しかしない。聖女様が出張る程の案件となると……。
「町外れの廃屋に死霊使いが住み着いてね。何度か討伐隊も派遣したんだけど誰も帰ってこないの。それで私が向かうことになったワケ」
「……僕はそういう荒事はちょっと……今回は辞退させて頂きます」
「荒事以外に得意な分野あったの? ちゃんと報酬も出るんだから文句言わない」
ルビ姉は相も変わらず冷めた目で俺を見ている。
バカやって逃げ出せるような雰囲気じゃないな。
「……分かったよ。出発する前にアイツらに事情を話してくる」
「ええ。……結構歳離れてそうだけど、彼らは友達なの?」
「アイツらはただのクズだ」
「クズはファレス君だよ。……全く、ここまで頭が悪くなっているとは思わなかったわ」
先程動揺聞こえないフリをして、改めてクズ共が座っているテーブルへ向かう。
事情を話してみると存外簡単に納得してくれた。どうやらルビ姉に対する信用が相当大きいようだ。
重たい足取りで酒場を出ると、ルビ姉は腕を組んで壁にもたれかかっていた。
「思ったより早かったのね。じゃあ行きましょうか」
「……それにしても、よく後払いを許したな」
「ギャンブルはからっきしだが、あのクズの実力は本物だ。それに聖女様も一緒となりゃ、心配する要素がないだろ」
「まぁ確かに。あの強さにあの見た目だぜ。性格さえまともならなぁ」
「あぁ。本当にイイ身体してる。……正直触りたかった」
「見た目が良くても性格は完全におっさんだけどな。あんなんじゃなけりゃ口説いてたのに」
「やめとけ、ルビナが黙ってないぞ。あいつ自分の事をファレスの婚約者とか言ってたし」
「え? 聖女ってそっち系なの?」
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