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有能特効の無能騎士

 それは、わずか一瞬の出来事だった。


 辺り一面が、空に浮かぶ剣を中心に、強烈な虹色の光で包まれた。


 アンヌがごちゃ混ぜに入れた魔力にプラスして、フィルがこれでもかとあらゆる属性の魔法弾をトッピングしたことにより、以前の暴発よりも、さらに威力を増していた。


 そのせいもあってか、《聖魔の剣》はとうとう、粉々に砕け散った。


 虹色の光が消えていくと同時に、砕けた剣の破片が、空から降り注ぐ。季節外れの雪とイルミネーションに、町民は場違いにも、“綺麗”という感想を抱いていた。


 ただ一人を除いて。


「ああああああああ私の《聖魔の剣》があああああああ」


 またしても、己の武器が壊れてしまった持ち主のアンヌとしては、その光景を喜べずにいた。


「まーた《聖魔の剣》が壊れたのですか。というか、あれすぐ壊れますね。実は(もろ)い素材でできてるんですかね?」


 無惨にも散りゆく《聖魔の剣》の最期を見届けていたオーレンは、顎に手を当てながら武器の耐久度について分析していた。そこに、当然ながらアンヌが掴みかかる。


「そんなわけないでしょ! 私の武器をバカにしないでよぅ!」


「でも、この前も真っ二つに……」


「それは言わないでー!」


 クスクスと笑う毒舌僧侶に、アンヌがギャーギャーと喚き散らしていた、その時。





「やっぱり、あの魔装剣はあんたのだったのねぇ」





 それは、再び悪夢を呼び起こす合図。


 誰もがその悪夢を倒しきったと確信した時、さらなる奈落へと引きずるような、絶望の声。


「嘘……でしょ……?」


 フィルが震えながら、絞り出すように、たった今聞こえた“声”をなんとか否定しようとする。


 だが、現実は変わらず、やがて、その声はこちらを嘲るように、再び発せられた。


「まさかあんな暴発するなんてねぇ。モンスターたちに直前で私を守るように命令してなければ、危なかったかもねぇ。ま、そんなゴミみたいな作戦も不発に終わっちゃったみたいだけど」


 魔軍四重奏、《蹂躙する指揮者》リーデルは、その存在を今度は確かに認識させるように、ハッキリとした口調でそう言った。


 モンスターの死骸が転がる草原の中心で、リーデルがケラケラと嗤う。


 その光景に、ある冒険者は膝から崩れ落ち、またある冒険者は武器を落とした。


 その絶望感はたちまち広がり始め、リーデルが嗤うのをやめた頃には、その場にいたほとんどの冒険者はすでに戦意喪失していた。


 そんな、重苦しい空気の中。


 それをはね除けるかのように、アンヌがふんぞり返りながら言った。


「不発なんかじゃない! だってモンスター全滅してるし! 魔軍なんたらのあんた一人じゃ、どうせ何もできっこないわ!」


 絶望的な状況であるにも関わらず、全く折れていない無能騎士に、それまでご機嫌だったリーデルが露骨に不快感を示す。


「あんたこそ、いい加減その“魔軍なんたら”って言うのやめなさいっ! ……まぁでも、あんたの言うことも間違ってはいないわ。確かに私だけでは無理ねぇ」


 リーデルは意味深にそう答えると。


「でも、もう百体ほどモンスターがいればどうかしら」


 例の笛を取り出し、楽しそうにアンヌたちに振った。


 その様子に、アンヌが負けじと煽り返す。


「残念でしたー! ここには、もうモンスターなんていませーん! 今さらテイムしたって遅……」


 と、そこまで言いかけた時、普段、冷静なオーレンが、珍しく焦りの混じった声色で言った。


「…………まさか、使役しているのはあれだけではなかった……!?」


「へ? どゆこと?」


 アンヌの煽りがピタリと止むと同時、リーデルがわざとらしくオーレンを称賛した。


「あら、察しの良い僧侶ねぇ。あんたの言う通り、私がすでにテイムしたモンスターはまだまだいるの。今も、あんたたちの喉笛を噛み千切ろうと、近くの森に待機しているわぁ」


 その言葉に、さすがのアンヌも一発で事を理解した。


「ずるい! やっぱりあの人卑怯よ! 結局自分は戦わないし!」


「私は優秀だから、最後まで自分の手は汚さないだけよ! 暴発寸前の武器を持ってくるような“無能”がしゃしゃり出るな!」


 こてんぱんに言い返され、アンヌは「ぐぬぬ」と、歯を食い縛った。そんな無能騎士の反応を愉悦と言わんばかりに、リーデルは高らかに言った。


「魔軍四重奏に隙はない。常に、二手三手先を読み、あらゆる可能性を考慮して動いているの。あんたみたいな“無能”に、この私のような“有能”は絶対に倒せない!」






「それは違ぇな」






 突如、《盗賊》の声がした。


 そして、リーデルが声の方を向くか向かないかの間に。


 その《盗賊》____クロは、その職務を(まっと)うするように。


「これ、頂いてくぜ」


 リーデルの“笛”を、盗み取った。


「いっ……!?」


 突然の形勢逆転に、驚きを隠せないでいるリーデルが言葉を発する前に、クロが被せた。


「『いつの間に』、とでも言いたげな顔だな。魔軍四重奏さんよ」


 クロは盗んだ笛を(ほう)ったり、クルクルと回しながらリーデルを煽ると、意地悪く笑った。そして、その邪悪な笑顔のまま続けた。


「虹色の光が消える瞬間、俺はあの暴発の性質を利用しようと考えた」


「性質ですって……?」


「あんたは知らないだろうが、あの暴発後、辺り一面が“虹色”に染まるんだ。しかも、色とりどりに光り続ける。常に、()()()()()()()()()()()()


「……っ!」


 クロがそこまで語った時、リーデルは全てを察した。そして、目の前にいる《盗賊》のビジュアルがやけに不自然であることを指摘した。


「貴様……まさかその姿は!」


「そういうことだ、魔軍四重奏さん。俺は、あの暴発が消えきる寸前、地面に散らばった“魔力の残骸”を体に塗りたくり、うごめく虹色の床を這って、お前に近付いた」


「だからそんな気持ち悪い色してたんだー!!」


「おいアンヌうるせーぞっ! てかよくその距離で聞こえんな!」


 無能騎士の横槍についツッコミを入れてしまったクロだったが、こほん、とひとつ咳払いをして仕切り直した。


「俺は《盗賊》だし、潜伏スキルもある。そんな俺を見つけるのは至難の業だろうさ」


「ぐっ……小賢しい……!」


 先ほどのアンヌと打って変わって、今度はリーデルが歯を食い縛る番となった。


 それが嬉しかったのか、アンヌがしたり顔でふんぞり返っているのを、クロは苦笑しながら見つつも、リーデルに言った。


「悪いな。あんたが先を読めるように、俺も先を読んだんだよ。あんたが暴発を免れた場合、まだ他のモンスターを忍ばせていた場合……そういうとこまでな。だから、こうして先手を打たせてもらった」


「なんかカッコいいこと言ってますけど、あなた今“虹色”ですよー!」


「オーレンも茶々入れんじゃねぇ! あと盗み聞きやめろや!」


 またしても仲間に横槍を入れられたクロは、虹色の格好のまま地団駄を踏み、怒りを露にした。


 その時、リーデルが独り言のように呟いた。


「……あいつのせいよ」


「あ?」


 リーデルの声に、クロが地団駄を踏むのをやめる。


 すると今度はハッキリとした声で、リーデルが喚き散らした。


「全部、あの“無能”な女騎士のせいよっ! あんなの読めるわけないじゃないっ! なんで剣に危険な魔装(エンチャント)を掛けてるの? なんでそれを緊急時に持ってきてるの? なんでそんな危険物を所持して、あのマヌケ面でいられるの!?」


 そんな奇天烈(きてれつ)な行動、読めるわけがない____リーデルは、最後の方はか細く、そう呟いて、膝から崩れ落ちた。そこに、クロがいたずらっぽく口角を上げて言った。


「だから言ったんだよ、『それは違ぇ』ってな。あんたみたいな有能は、有能ゆえに、変則的(イレギュラー)な事象に弱い……」


 そこで、クロはアンヌの方を指すと。


「そのイレギュラーが、《魔法騎士》アンヌだ。あんたの言う、“無能”な存在が、他でもない“有能(あんた)”を殺したんだよ」

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