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有能VS無能

 リーデルは次の瞬間には、笛の音を鳴らしていた。それがどういう“合図”なのかは、想像に(かた)くなかった。


 それまで微動だにしなかったモンスターたちの瞳に、危険な光が宿る。そして、そこに様々なモンスターの威嚇する声が、たちまち広がり始めた。


「私を怒らせたこと、後悔するがいいわぁっ!」


「来るぞ!」


 普段、飄々(ひょうひょう)としているクロから発せられたとは思えないほどの切迫した声で、冒険者たちに言い放つ。そして、それがまるで号令かのように、モンスターたちが再び、一斉に押し寄せてきた。


「くそっ、こうなったらもう覚悟して立ち向かうしかねぇのか……!?」


 《盗賊》のクロとしては、正面突破などしたくもないし、そもそも向いていない。満身創痍(まんしんそうい)で済めば関の山、普通にいけば死ぬのがオチだ。


 なんとかそれだけは避けたいクロが、生存戦略を構築するために、必死に頭をフル回転させる。


 考えられる方法は、まず、《僧侶》オーレンによる後方支援。回復と防御結界を繰り返し発動しながら、長期戦覚悟で戦い続ける……。


 いやダメだ、いくら有能であるオーレンでも、この人数に加え、複数回《神術》を発動し続けるのは、さすがに無理があるだろう。


 ならば、もう一人の有能、《魔法使い》フィルならどうか。このモンスターたちを一掃できるような、なにか強力な魔法を……。


 ……いや、それだけの魔法を発動するとなれば、おそらく詠唱が間に合わないだろう。詠唱しきれたとしても、乱戦に入ってしまえば、他の冒険者たちも一掃されてしまう。

 

 と、なると、残された“有能”はただ一人。


 《魔法騎士》アンヌである。彼女なら、その剣で敵をなぎ払い、その魔法で敵を蹴散(けち)らすことだろう。そして騎士特有の屈強な精神力と耐久力で、最後まで戦い切れるかもしれない。


 ……が、それは通常の《魔法騎士》だったらの話であって!


「あああああっ! ちきしょう、やっぱ頑張るしかねぇ!」


 散々考えたが、今回ばかりは何も思い付かない。仕方なくクロは、やけくそ気味にナイフを抜き取ると、戦闘体制に入った。


「よし、私も頑張っちゃうぞー!」


 リーダーの頑張る姿(自暴自棄(じぼうじき))に触発(しょくはつ)されたアンヌが、それに続くように《聖魔の剣》を抜く。


 相変わらず、無策で猪突猛進な姿勢を崩さない無能騎士の姿を見て、クロも覚悟を決めかけた、その時だった。


「ア……アンヌちゃん。なんか、《聖魔の剣》からまだ魔力を感じるんだけど……」


 フィルが顔を真っ青にしながら、わなわなと震える手でアンヌの武器を指差した。


「ん? ………あーっ! あれから魔装(エンチャント)外すの忘れてたーっ!!」


 この()(およ)んで、とんでもないことを言い出す無能騎士。事情を知らない冒険者たちが、「なんだなんだ?」とざわめき始める。


「お前、こんな時になんてことをしでかして……!」


 と、クロが注意しかけた時、彼の脳裏に生存戦略の稲妻が走った。


「__アンヌ、その剣貸せ」


「え、いいけど危ないよ?」


「んなことは百も承知だ! いいから早く貸せ!」


 クロは(なか)ば、ぶんどる形でアンヌから剣を取った。その様子を見ていたフィルが何かを察したのか、さらに青ざめた表情で尋ねる。


「クロ……まさか……」


「そのまさかだ。だが、これだけじゃ……な?」


 クロが邪悪な笑みをこぼしながら、嫌がるフィルに命令を下す。


 そして、ふるふると小刻みに震え、涙目になるフィルを放置して、そのままオーレンの方へと向き__


「お前の防御結界って、どれくらいの衝撃に耐えられる?」


「僕の張る結界はダメージ量ではなく、回数制です。一回しか防げませんが、逆に言えば、どんな衝撃からも一回なら防ぎきれます。……とはいえ、この人数分は……」


「安心しろよ天才僧侶。俺に考えがある」


 そこで、クロはオーレンにこそこそと耳打ちした。一通り聞き終えたオーレンは、徐々に僧侶らしからぬ笑顔を作り始め……。


「なるほど、了解です」


「頼むぜ、相棒」


 同じく楽しそうにしていたクロも加わって、一見すればどちらが魔物か分からないほど、二人は不適な笑みを浮かべた。


「アンヌちゃん、あの人たち恐い」


「それはいつものことよ、フィル」


 片や、剣を強奪(ごうだつ)された魔法騎士と、恫喝(どうかつ)による強制命令を受けた魔法使い。対照的な男女それぞれ二人組の反応に、他の冒険者たちは「あの有能パーティがなんとかしてくれるらしい」ということだけは理解した。


「さぁさぁ、逃げないと死ぬわよぉ~。逃げても助かるか分からないけどねぇ!」


 リーデルの挑発に合わせるように、徐々にモンスターたちの足音が大きくなっていく。夜でありながら、モンスターの姿がはっきりと見える距離になってきた。


 クロは、フィルとオーレンに目配せすると、その他の冒険者たちに叫んだ。


「みんなーっ! 町の中へ戻れーっ!」


 突然の後退命令に、冒険者が戸惑う。が、そこに加勢するようにアンヌが言った。


「みんな安心して! クロ……えっと、うちのリーダーは、みんなも知ってる通りすっごい優秀だから!!」


 一生懸命、大声で呼び掛けるアンヌに、相変わらず語彙力(ごいりょく)ないな、とクロは思いつつも、彼女に親指を立てた。


「おぉ、魔法騎士が言うなら間違いない!」


「そうね! なんてったって、あの魔法騎士様だし!」


「魔法騎士殿の指揮じゃ! 下がれ、下がれぇ~!」


 アンヌの一声で、まるでリーデルがモンスターを操るかのように冒険者たちが『後退』に従っていく。


 カリスマ性のある《盗賊》より、(バレてはいないが無能な)《魔法騎士》の方が説得力は上らしい。そんな現実にクロは腑に落ちなかったが、ひとまず、自分も町の中へと入っていった。


「あらあら、本当に逃げちゃった。勇者候補以外にも有能パーティがいると聞いてたけど、やっぱりそいつらも所詮、カス溜まりの一部だったみた____」


 リーデルがさらに煽ろうとした、その時____


「おらああああああっっ!!!」


 クロが、《盗賊》スキル《投げナイフ》の応用で、天高く《聖魔の剣》を放り投げた。


「え__?」


 あまりに唐突過ぎるクロの行動に、リーデルが反射的に間の抜けた声を出す。


 そんな魔軍四重奏の一人には目もくれず、クロは大きな声で、仲間の《魔法使い》の名を叫んだ。


「フィルッ!!」


「任せて……!!」


 阿吽の呼吸で、二人の立ち位置が入れ替わる。


 そして、間髪入れずにフィルは、小さな魔法弾を連続して、宙を舞う《聖魔の剣》へと発射した。


 魔法弾は小さくも、一つ一つの色が異なっており、あらゆる属性の魔法をランダムで放出しているのは、誰の目から見ても明らかだった。


 特に、リーデルにはその光景の意図が分かったらしく、同時に滑稽(こっけい)な作戦だ、と鼻で笑った。


「……なるほど? 魔法騎士の魔装剣による“暴発”狙いってとこかしらぁ? でもそのペースじゃ、大したものにはならないわよぉ?」


 剣は遠目にしか見えないが、どうせそこまで魔力は貯まっていない____それが魔軍四重奏リーデルの見解だった。


 そう、貯まるはずがないのだ。だからこそ、リーデルはこう続けた。




「それこそ! 無能な魔法騎士が! この重大な場面で! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」





 次の瞬間、《聖魔の剣》が暴発した。





「は___?」


 辺りが虹色の光に染まる直前、再びリーデルが間の抜けた声を出したのを皮切りに、彼女の思考はスローモーションとなった。


 私の計算は完璧なはずだった。


 サイラス周辺にモンスターを展開し、定期的にモンスター処理クエストを誘発することで、冒険者たちの体力を削る。


 勇者候補や、その他の優れたパーティは、そんなクエストには手を出さず、上級クエストへと駆り出る。上級であればあるほど、クエストの場所は遠いため、そうすぐには帰還しない。


 中には、優秀なくせして中級クエストばかりを受けている曲者(くせもの)パーティがいるらしいが、その程度の連中、誤差の範囲内だ。


 強き冒険者は不在で、下々の冒険者は疲弊しきっているサイラスに、百を越えるモンスターの軍勢で奇襲をかける____負ける要素なんて、どこにもないはずだった。


 万に一つあるとすれば、この私でも読みきれない、さらに上手(うわて)の……“有能”な存在が向こうにいた場合にだけ____


 __いや、違う。


 __()()()()()()()


 虹色の光が迫る直前、町の門に沿()うように、防御結界が張られるのが見えた。


 ____そしてその向こうには。


 こちらの様子を、口をぱっくりと開けながら見届ける、“無能騎士”の姿があった。

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