されど、無能騎士は勇ましく。
酒場を勢いよく出たクロたちは、誰よりも早く、町の外へと向かっていた。
町の人々は逆に、避難所となっているギルドの方向へ、必死の形相で駆けていく。アンヌはそんな人々に「大丈夫ですよ」「私たちに任せて」と、すれ違い様に声をかけていた。
一瞬ですれ違う僅かな間に、その声掛けは意味があるのか……と、先頭を駆けていたクロが思っていた矢先、
「お姉ちゃん、頑張ってー!」
と、ギルドへ駆けていく民衆の群れから、少女の激励する声が届いた。アンヌはそれに応えるように右手を大きく掲げ、
「任せてー! 絶対なんとかしてくるからー!」
と、少女に負けないくらいの声量で返した。
その様子に、クロ、フィル、オーレンがそれぞれ、ほのかに笑みを溢す。そして、リーダーであるクロは再び真剣な表情に戻ると、仲間と、その後ろに続く他の冒険者たちに、力強い声で言った。
「この町に来たモンスター共なんかさっさと蹴散らして、もっかい呑み直すぞ! せっかくの酒の時間を邪魔した奴らを許すなー!」
「うぉおおおおっ!!!」
それまで疲れきっていた冒険者たちが、各々武器を掲げながら雄叫びを上げた。
全体の士気を高める台詞回し、それを言うタイミング等、やはりうちのリーダーは(認めたくはないが)カリスマ性がある……と、フィルとオーレンは内心思った。
* * *
そして、クロたちは町の門をくぐり、日中同様、地続きの草原へと繰り出した。
夜ということもあり見えにくいが、どうもそう遠くない位置に、大量のシルエットが揺らめいている。そのどれもが人型ではないのを確認した冒険者たちは、気を引き締めて、それぞれ武器を構え始めた。
「……あの横並びに見える影、まさか全部モンスターかよ」
余裕ぶって呟くクロだったが、その額から一筋の汗が伝っていた。
徐々に、その頭角を表す、“群れ”。視界に入る部分だけを数えても、その数は五十から百はくだらない。
対して、こちらの軍勢は僅か二~三十といったところ。単純な数の差でいくと、向こうに軍配が上がる戦力差であることは、その場にいたほとんどの人間が理解していた。
にじり寄る悪夢の塊に、先ほどまで高まっていた士気が、押し負けそうになる。そこに、さらに追い討ちをかけるように、草原に声が響き渡った。
「あははははは!! 冒険者のカスが集まってどうしたのかしら? しかも、どいつもこいつも疲れきってるわねぇ? そんなんじゃ、この子たちの餌になってすぐ終わりよぉ?」
それは、大人びた女性の声だった。だが、その内容は嗜虐的で、同時にどこか子供のような残虐性を醸し出している。
突然の敵対的な声に、冒険者たちがどよめく。そんな彼らを嘲笑うかのように、今度は唐突に、“笛の音”が響き渡った。
その不思議な音色と不気味な旋律が、その場にいた全員の耳に届いたと同時____
モンスターの軍勢が、ピタリとその歩みを止めた。
「なっ……」
思わぬ光景に、クロが目を見開きながら絶句する。それは、他の冒険者たちも同様で、どよめきがより一層強まった。
やがて、冒険者の中にいた初老の《魔法使い》が、震える声で言った。
「あ、あの笛の音は……まさかっ……」
「爺さん、なんか知ってるのか!」
敵の軍勢から目を反らさずに、クロが後方へと問いかける。魔法使いは「あぁ……」と、まだ震えつつある声で、しかし全員に伝わる声量で答えた。
「ワシがかつて、魔王のいる大陸付近の村にいた頃……一度だけ、聞いたことがある音じゃ……。あの音が鳴った途端、村に突然、大量のモンスターが押し寄せ、村のあらゆる物を破壊し尽くした。ワシたちは必死の抵抗で、なんとかモンスターを追い返したが……村はすでに、壊滅してしまった後じゃった」
「……《モンスターテイマー》」
魔法使いの話に、同じく魔法使いであるフィルが、一つの職を呟く。初老の魔法使いは力なく頷き、話を続けた。
「笛に特殊な魔力を込め、モンスターを使役する者……。元はワシらと同じ《魔法使い》で、その中でも魔物の研究をし尽くした“変わり者”だけが辿り着く境地……」
言わば、マッドサイエンティストのような存在……。それが、この世界における《モンスターテイマー》の位置付けである。その職の希少性は凄まじく、同時に、忌み嫌われるものとして扱われる。
そして、その存在は____
「ご名答~!」
場違いなほど明るく、そして人を虚仮にしたような声色と共に、モンスターの群れの最後方からその姿を現した。
そこには、毒々しい黒紫のオーラを身に纏いながら浮遊する、長髪の女の姿があった。
血染めと見紛うほどの赤黒い髪色は、オーラに合わせて僅かに広がり、まるで一本一本が生命を持っているかのようだった。
その髪をより際立たせるダークグレーのドレスは、この場にいる冒険者たちに対する弔い衣裳のような不吉さを持っており、その姿は、恐怖を謳うのに言葉も笛の音も要らないほどに、十分過ぎた。
そして、その恐怖の象徴が再び口を開く。
「ただ、一つ訂正して? 私は人間共から発生した《モンスターテイマー》なんていう雑魚じゃない。純正魔族の、魔物の指揮官……」
そして、演技がかったように、細長い腕を左右に広げ____
「魔軍四重奏の一人、《蹂躙する指揮者》リーデル。今からここで、あんたたちの大切な場所を破壊しつくしてあげるわぁ」
高らかに破壊宣言をし、天を仰ぎながらケラケラと嗤った。
「魔軍四重奏だと……!?」
クロがただならぬ反応を見せると、他の冒険者も何人か、似たような反応を示した。
そんな中、一人だけ事態の把握ができていないアンヌが呑気に質問する。
「その“魔軍なんたら”って何?」
一瞬、リーデルの額に血管が浮いた。クロはピリついた空気を感じながら、アンヌに小声で伝えた。
「魔軍四重奏……。魔族の中でも、特に強力な力を持つ四体の魔物……。いわゆる四天王ってやつだ」
(じいさんが遭遇した時期から考えると、あの魔軍四重奏、やけに若い気がするが……)と、クロが説明しつつも他のことを考えていると、アンヌが首を傾げながら言った。
「で、その“魔軍なんたら”がこんな辺境になんの用なの?」
リーデルの額に浮き出た血管が、赤くなった。
「お前、物言いがストレート過ぎだ! もうちょいオブラートに包んでだな……」
なんとかクロが、危険な空気を清浄化しようと試みるも、そこは我らが無能騎士。一切の躊躇なく、リーデルの方を指差して言った。
「だいたい、“魔軍なんたら”のくせにめっちゃ後ろにいるし! 戦いはモンスター任せで自分は手出ししないとか、本当にあの人強いの? てかなんかちょっと浮いとるの面白いんだけど」
「殺すわぁ」
魔軍四重奏のリーデルはとうとう、額という額に、まるで木の根のように、血管を浮き上がらせた。
「殺すわぁ。今すぐ殺すわぁ。特にそこの騎士っぽい格好の女は確実に殺すわぁ」
「へ? 私?」
なんで? とでも言いたげな表情で、アンヌがクロとその他冒険者の方を見る。クロは頭を抱え、冒険者たちは目線を反らした。
「あれ、もしかして私、またなんかやっ」
「ああやっちゃってるよ! 本当にやっちゃってるよ!」
叫ぶクロに、アンヌは頭をカリカリと掻いて、今度はリーデルの方を見る。……うーん、どうやらお怒りらしい。そのことだけは、無能でもなんとなく理解できた。
やらかしたなら謝るしかない。至極当然な結論に至ったアンヌは、深々と頭を下げ、顔だけリーデルへ向けると、一切の悪意なく、言った。
「なんか、ごめんね?(笑)」
「殺すわぁ~~!!!」