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無能騎士、覚醒

「……さて、じゃあさっさと片付けっか」


 サイラスから少し離れた、開けた草原。辺境ゆえに、人工的な景観、香りはそこにはなく、あるのはただ地続きの自然と、少し獣臭さを帯びた薫風(くんぷう)と____


「……グルルル」


 モンスターと一触即発(いっしょくそくはつ)の、クロたちの姿だった。


「フレイムリザードが二匹、キラーベアが一匹……。この辺にいるモンスターにしては、それなりに強いですね」


 言葉とは裏腹に、オーレンが退屈そうに敵の分析をする。


「……怖いぃ」


 対して、フィルは小刻みに震えながら、自身と同じくらいの背丈の杖を、ガッチリと握っていた。


 そして、アンヌは。


「そういえばさ……もぐもぐ……フレイムリザードってあんなに大きいのに……もぐもぐ……さっき屋台で売ってたしっぽは小さかったよね~」


まだフレイムリザードのしっぽを食べながら、どうでもいいことについて考察していた。


クロはジト目でアンヌを見ると、やんわりと注意した。


「お前さ……緊張感とかねぇの? 一応、あいつら強めのモンスターよ?」


「アンヌちゃん……『フレイムリザードのしっぽ』はね、実は別の材料を使ってしっぽに似せただけの料理なんだよ」


「そうなの!? さすが、フィルはなんでも知ってるね~!」


「そ、そうかな……?」


「おい女子共! 緊 張 感!」


リーダーであるクロの声に、アンヌはしっぽを飲み込むと、「分かった分かった」と、若きリーダーを制し、


「よし、じゃあまずは私があいつらをまとめて倒してくるから~、」


「何も分かってねぇな!?」


 剣に手を添え、フラフラと敵陣へ向かう無能騎士の肩を、リーダーが掴んだ。


「なに単騎突入キメようとしてんの? 俺たち『パーティ』なんだよ?」


「そんなこと知ってるよ~。だから、私が特攻して、みんながちゃんと見張るの」


「『見張る』ってなんだ!? お前まさか、前回の失敗を引きずってんのか? そこまで無理して活躍しなくていいんだぞ!?」


「嫌だ~! 私も活躍するの~!!」


 黙っていればとんでもないほどの美人が、その端整な顔立ちをくしゃくしゃにし、野原に背中を付け、ゴロゴロとしながら駄々をこね始める。


 その、魔法騎士のあられもない姿に、クロは引き、オーレンは再び爆笑し、そしてフィルは、


「アンヌちゃん、勇敢……!」


「フィルもいい加減、アンヌの全肯定マシーンから卒業しような?」


 ……ただただ、無能騎士の蛮勇さに、そのつぶらな瞳をキラキラ輝かせていた。


 そして、そんなコントには当然、魔物が付き合うはずもなく……。


「シャアァァア____!!」


 わちゃわちゃしたままの冒険者四人に、一斉に襲いかかった!


「っと、遊んでる場合じゃねぇな」


 クロがニヤリと笑いながら、腰の鞘からナイフを引き抜く。それに合わせ、フィル、オーレンも真剣な表情に移り変わり、各々、戦闘体制をとった。


 そう、ただ一人を除いては。


「……ってアンヌ!? お前、話聞いてたか!?」


 勇敢な魔法騎士アンヌ(アホ)は、すでに走り出していた。クロが再び引き止めようとするのを、(こういう時だけやたら俊敏な動きで)ヒラリとかわし、モンスターの群れへと立ち向かっていく。


「大丈夫、“秘策”もあるから!」


 そう答えたアンヌは、修理したばかりの《聖魔の剣》を引き抜くと……。


「うぉぉおっ!! モンスターども、覚悟ぉっ!」


 彼女の聡明な作戦通り、『単騎特攻』で片を付けに出た。


「……マジで行きやがった。てか秘策ってなんだ……」


「アンヌちゃん、すごい……!」


「ぶふっ……アンヌはっ……相変わらずですねっ……」


 そして作戦通り、『見張る』に徹することとなった、その他三名。


 もはや止める者がいなくなった今、ここからは“無能騎士”の本領がついに、発揮されることとなる。すなわち、現代における覚醒シーンの幕開けである。


 フレイムリザードのうちの一匹が、アンヌに急接近する。そして、その名に(たが)わぬ攻撃__“炎”を、大きく開けた口から放った。


 しかし、勇敢な魔法騎士はそれを“避けなかった”。そのくらいの攻撃はむしろ受け止めるという覚悟____それはまさに騎士道の表れであ


「あちちちぃっ!!!」


 表れかは別として、その後、アンヌは直ぐ様、地面を転がった。こうすることで、ダメージを受け流しつつ、再び臨戦態勢へと入ることが


「ガブガブッ!」


「あだだだ! こ、こらっ! ゴロゴロしてる時の攻撃はなしでしょ! ちょ、やめ……いてて、頭を噛むなーっ!」


 入る必要などない。むしろゼロ距離で、モンスターと素手の取っ組み合いをする。魔法がなくても、剣がなくても立ち向かう。騎士とは、いつだってそういう存在なのだ。


「あいつ、モンスターとじゃれあっとる……」


 もはや面白半分に傍観者となることにしたクロは、アンヌの想定外な状況に呆れを通り越し、感心していた。


「た、助けなくていいのかな……」


「いいだろ。あいつ耐久力だけはむちゃくちゃあるし。あと面白いし」


 お前もそう思うだろ? と、いたずらっぽい笑みを向けるクロに、フィルは戸惑いつつも、今度はオーレンの方を見た。


 そんなオーレンは、まだ含み笑いをしつつも、アンヌの方へ手をかざして、定期的に回復魔法を放っていた。なんだかんだ仲間思いな僧侶に感動したフィルは、呼吸を整えると……。


「アンヌちゃん、今助けるから」


 露骨にがっかりした表情で訴えかけるクロを無視して、フィルは杖をかざした。


 そして、僅かに詠唱を口ずさんだのち、杖の先から“水の塊”が放たれた。


 その水球は、アンヌといまだじゃれあうフレイムリザードの頭部を正確に撃ち抜き、その体を二~三メートルほど吹っ飛ばした。


「わぁ、フィル、ありがとー」


 呑気にお礼を言うアンヌのもとに、もう一匹のフレイムリザードとキラーベアが襲いかかる。そこに、間髪入れず、フィルは水球を二発飛ばした。


 広い草原に、破裂音に近い水の打つ音が、二回響き渡る。それと同時、二体のモンスターは先ほどのフレイムリザードと同じく、凄まじい勢いで飛ばされた。


「もう全部フィルだけでいいんじゃないかな」


 もう少しアンヌ劇場を見ていたかったクロが、口を尖らせながらナイフをもてあそぶ。だがフィルは、そこで杖を下ろし、起き上がろうとしていたアンヌに言った。


「アンヌちゃん、チャンスだよ……! トドメはアンヌちゃんに任せた……!」


 そこで、フィルは拳を突き出して、ぎこちなくウィンクした。アンヌは大きく頷くと、勢いよく立ち上がり……。


「ありがとう、フィル。これでようやく、私も本気が出せるわ」


 そう言って、《聖魔の剣》を構え直した。その様は、熟練の騎士のような(たたず)まいで、かつての無能騎士の面影はなかった。


 敵は瀕死状態で、あとはただ、剣を振り下ろすだけ。前回のような、武器の取り違えもない。修理された剣は美しい輝きを放ち、破損する心配もない。


 この状況で、失敗する方が難しい。


 そう、この状況で失敗なんて、ありえないのだ。


「__じゃ、私のとっておき、見せちゃおうかな」


 アンヌは静かに、口から息を吐き出すと、今度こそ、細く、美しい正真正銘の《聖魔(せいま)(つるぎ)》を掲げ____


「これが《魔法騎士》の真髄、《魔装剣(エンチャントソード)》よ!」


 高らかにそう宣言した。と、同時に、《聖魔の剣》が虹色の光を放ち始める。


 魔装剣____特殊な加工が施された剣に、魔法を込めることにより、武器の能力を何倍にも跳ねあげるという、剣術と魔術の両方を扱う《魔法騎士》ならではの技術である。


 まさに、魔法騎士である彼女にとっての“秘策”だった。


 鮮やかな色合いを、次々に変化させながら輝く剣は、草原という、ただ広いフィールドにおいては、特に異質な印象を放っていた。


 その“異質”を、モンスターはおろか、クロたちさえも驚愕の表情で見ていた。


 無理もない。先ほどまで、ただの無能騎士に過ぎなかった存在が今、この場の中心となり、そして注目の的となって、その剣先から究極の一撃を放とうとしているのだから。


 しかし、ただ一人だけ、別の意味で驚愕している人物がいた。やがてその人物の表情が、驚愕から焦りへと移り変わり……。


「アンヌちゃん、“虹色”はまずいよ! 早くその剣しまって!」


 額から滝のような冷や汗を流しながら、フィルが呼び掛けた。


「ん? 虹色だとなんかヤバいのか?」


 それまで驚愕とワクワクが入り交じった表情だったクロが、ポカンとした顔つきで問う。フィルは、今までとは比べ物にならないくらいの声量かつ、早口で捲し立てた。


「魔装剣は、基本的に一種類の魔法しかエンチャントできないの……! アンヌちゃんは《聖魔の剣》に魔法を込めたみたいなんだけど、それが“虹色の光”を放ってるってことは……」


「あらゆる属性の魔法を片っ端から詰めこんでる可能性が高い……そういうことですね」


 いつの間にか、真顔に戻っていたオーレンが顎に手を当て、冷静に言う。それに続き、いろいろと察したクロが、一筋の汗をこめかみに沿わせると、口角を引きつらせながら言った。


「あー……要はあれか、『混ぜるな危険』ってやつか」


 フィルがヘッドバンギングよろしく、凄まじい勢いで頷く。


その反応に、男子二人組が「はぇ~」と、場違いなほど無の感情で納得した瞬間。


「って、なんか手元が熱いんだけど!? あとヤバい音してる! あれ、もしかしてこれヤバ」


 無能騎士が(わず)かに遺言を残したのち、草原が、バカみたいな彩色の光で埋め尽くされた。

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