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無能騎士と勇者様

 そして、翌日。


 クロたちはクエスト場所へと向かうため、だらだらと町の中を歩いていた。


 オーレンの持ってきたクエストは、難易度も報酬もそこそこの物だった。まさに、クロたちが求めて止まない、本当の『お手頃クエスト』である。


 して、その依頼内容は。


「サイラス周辺の中型モンスター駆除かぁ。なんか最近、モンスター駆除のクエストが多いよなぁ」


 歩きながら、クロは仲間に話を振った。


【サイラス】とは、クロたちが住んでいる町の名称である。町自体に特別な何かがあるわけではないが、地理的に、城、ダンジョン、森、村等へのアクセスがしやすい位置にあることから、『辺境の解決屋』の異名を持つ程度には、ギルドが発達している。


 裏を返せば、その分冒険者という荒くれ者が多いわけで、治安はそこまで良くないのが難点である。


「危ないの……怖いし……これくらいのクエストが、しょうもない私にお似合い……。だから、こういうクエストが増えてくれて嬉しい」


 フィルがゆる髪をモフモフと撫でつつ、暗い返しをする。


「うん、言いたいことは分かるんだけど言葉選びダークネス過ぎない? もっと自信持てよ、学年首席ちゃん」


 からかいつつも苦笑気味のクロに、アンヌが頷きながら同意する。


「そうよ! フィルは超優秀な魔法使いなんだから、超すごいから、超自信持つべきよ!」


「お前はお前で語彙力スカスカ過ぎない? もっと辞書引けよ、学年最下位ちゃん」


 クロの最もなツッコミに、アンヌはぎょっとした表情を浮かべると。


「ちょ、なんで最下位だったこと知ってるの……?」


「本当に最下位だったのかよ……」


「本当に最下位だったのですか……」


 クロとオーレンが、それぞれ頭を抱えたり、眉間を摘まみ始める中、フィルだけはふんわりと笑い、小さく「ありがとう……」と呟いた。


 そんな掛け合いをしながら、町の外へと向かっていると、突如、クロたちのパーティに突っ掛かるかのような勢いで、一人の青年が急接近してきた。


「やぁ、有能パーティさんたち」


 開口一番、どこか皮肉めいた口調で、爽やかな顔立ちの青年が前に出た。その様子に、クロは一切の遠慮も無しに「うげぇ」と、言葉、表情共々曇らせた。そして、そのまま言葉を投げ掛ける。


「“勇者候補”の天才剣士様が何のようだ?」


 皮肉に皮肉で返したつもりのクロだったが、目の前の爽やか剣士には通用していないらしく、相手は普通に会話を続けた。


「いや? ただ君たちを見かけたから、声をかけたまでだよ。フィルもオーレンも、元気そうでなによりだ」


 青年が、真っ白な歯をキラッと覗かせつつ、外に跳ねた金色の髪をさらっと払う。その鬱陶(うっとう)しい動作に、今まで我慢していたのか、フィルとオーレンも顔を背けた。


 やがて、青年の視線はあの魔法騎士へと移り……。


「そして……アンヌも」


 一瞬、顔を曇らせつつ、どこか歯切れ悪そうにそう言うと、再び爽やかな顔つきへと戻った。


 当のアンヌはというと、その一連の対応には気にも止めず、「まぁね!」とふんぞり(かえ)って答えた。そして、


「クレットも元気そうでよかった~。私たち、これから町周辺のモンスターをお片付けに……」


 と、喋った辺りで、クロに口を塞がれた。だが、その努力空しく……。


「えぇ? 町周辺のモンスター駆除!? 君たちはまだそんなクエストを受けていたのかい!?」


 まるで悲劇物の主人公かの如く、嫌みな青年“クレット”は、その長い手足をこれでもかと揺らめかせ、わざとらしく(なげ)いた。


「ほーらまた始まった……」


 だから嫌だったんだ__と、言わんばかりに、クロは首を横に振った。「ほへ?」とマヌケな返しをするアンヌをよそに、クレットがその演技がかった素振りを継続する。


「信じられない! それほどの能力があるのだから、もっと高みを目指すべきだ。いや、むしろ目指さなければダメだ! もっとギルドに貢献し、少しでも世界に平和を……」


 すると、鬼畜僧侶が冷たい眼差しで。


「だったらこんなところで油売ってないで、君がその“世界平和”とやらに貢献して下さい。勇者候補なら、なおさらです」


 と、ドス黒い感情を包み隠さず放った。


「むしろそこは僧侶である君の領分だと思うのだが!? 確かに僕は超優秀な剣士だけども!」


 面食らいつつも、さらっと自慢を挟むクレットに、オーレンはため息を吐いた。


「世界平和? そんなもんクソ喰らえです。あと、君に忠告しておきますが、僧侶だからとか、有能だからとかいう一側面を持ってして、その括りに沿うような生き方を強要するのは傲慢(ごうまん)だと思いますよ。僕たちがどんな存在であろうと、選択するのは僕たちです」


 そう言い放つオーレンに、クレットは再びわざとらしく、大袈裟にたじろいだ。そして、引き気味に、小さく言った。


「すごい良いこと言ってるけど『世界平和なんてクソ喰らえ』の衝撃がでかすぎて台無しだよ……」


「「「それはそう」」」


 初めてクレットに同意的な反応を示すクロ、フィル、アンヌ。対し、反逆僧侶は知らぬ存ぜぬと言わんばかりにあさっての方向を向く。


 クレットは仕切り直すようにコホン、と咳払いをすると。


「とにかく、せっかく能力があるなら、この僕のように活躍するべきだ。僕から言わせれば、それだけの力を持ってして、『安定』という土台にあぐらをかき続ける方が、よっぽど傲慢だよ」


 そして、そのままクロたちから去ろうと横切る直前で、クロに囁くように、


「……中には、どれだけ活躍したくてもできない人間だっているんだ」


 まるで、特定の人物を示唆するかのような、含んだ言い回しを残して、消えていった。


 その言葉に、クロがつい、その“特定の人物”を横目に見る。


 その人物__アンヌが、不思議そうに小首を傾げているのを視界に捉えながら、クロは再び前へ向き直ると、独り言のように呟いた。


「……だからこそ、危ねぇのは御免(ごめん)なんだろうが」


 気まずい空気が漂う中、フィルは顔をくいっと上げると、横にいたオーレンに、こっそりと尋ねた。


「ねぇ、オーレン……。クレットって何者なの?」


「おや、彼の功績や称号について知らないのですか? 共に戦ったこともあったでしょうに」


「数日だけだったし……鬱陶しいから……避けてて」


 ぽつぽつと毒を吐くフィルに、オーレンは内心、フィルから自分と同じ何かを感じつつも答えた。


「彼はクロの言うように、“勇者候補”として名を馳せている天才《剣士》なんですよ。あんなんですけど」


「勇者って……?」


「正確には、“魔王を倒す存在になりうる冒険者”のことを差す敬称です。あくまでギルド内で盛り上がってるだけの称号で、特にそういう試験や儀式があるわけでもないんですけどね」


「あの人、そんなすごい人だったんだ……」


 フィルの中での、クレットに対する評価が『鬱陶しい人』から『鬱陶しいすごい人』にクラスチェンジしたところで、クロが間に入った。


「そして……アンヌを“追放”した野郎でもある」


「は……?」


 フィルの中での、クレットに対する評価が『鬱陶しいすごい人』から『ゴミ』に変わろうとしていたところに、今度はアンヌが割って入る。


「ほら、私ってたま~にやらかしちゃう時あるじゃん? それがクレットとしては見過ごせなかったみたいな? まぁ、やらかしちゃう私が悪いから、追放されてもしゃーない、みたいな?」


 フィルの表情が鬼のような表情に成りつつあるのを悟ったのか、アンヌがなんとか柔らかく物事を伝えようとするも、なかなか元に戻らない。


 アホではあるが空気は読めなくもないアンヌが、クレットへのフォローを、なけなしの語彙力でなんとか(つむ)ごうとしていた時、クロが爆弾を投下した。


「ああ、しゃーないな。実際アンヌはポンコツだし」


 次の瞬間、世界が止まった。


 爆弾……というのは訂正すべきか、むしろその場の空気は、まるでツンドラの如く、冷たく、張り詰め


「アンヌちゃんに謝れっ!」


 いややっぱり爆弾だった。


「ちょっ、落ち着けフィル! いくらつねったり叩いたりしても構わないが魔法はやめろっ! お前のはシャレにならねぇ!」


 フィルが魔道具の“杖”を取り出し始めたのを見て、クロは慌てて後ろへ跳んだ。そんな盗賊を、フィルは容赦なくキッと睨み付ける。


 そこに、僧侶としての領分を意識したのか、オーレンが「やれやれ」と、なだめに入った。


「まぁまぁ、ここは抑えて下さい、フィル。君がアンヌを好きすぎて、つい甘やかしまくってしまう、言うなれば『ダメ男のヒモになりやすい女』なのは分かっていますが、クレットやクロの言うことにも一理あるのは、間違いありません」


「うぅ……分かった……。ごめんね、クロ」


「え、今ので納得したん? お前のことディスってた前置きの方が明らかに長かった気がするんだけど?」


 クロは逆に納得しなかったが、とりあえず弁明した。


「俺が言いたかったのは、なにもアンヌだけに限った話じゃねぇってことだ。フィル、お前なんか学年首席の肩書きを持ちながら、性格はクソ臆病で、危険なことは大嫌い。……先生方も泣いてるぜ」


「……あぅ」


「それにオーレン、お前もだ。才能の塊みてぇな力を持ってるくせに、厄介事には首を突っ込みたくない、不良僧侶め。救済活動はどうしたよ」


「ゴミ箱に捨ててきました」


 それぞれ痛いとこを指摘されているのに、反応が真逆の二人に、クロは小さく笑うと。


「……そんで、一番ポンコツなのは俺だ。こんなポンコツどもでパーティ編成しちゃってんだからな」


 そして、アンヌを指差して……。


「よって、相対的にこいつが一番“有能”ってことになる」


 はっきりとした口調で、アンヌを褒め称えた。


「ん? やっぱ私は『できる女』だったってこと?」


「まぁそうなんだけどお前全然落ち込んでる様子ねぇな? メンタルオリハルコンかよ。俺の称賛返せよ。あと何食ってんだお前」


「フレイムリザードのしっぽ。そこの屋台に売ってた。みんなの分もあるよ!」


 そう答えると、アンヌはくしゃっと笑いながら、はしゃぐ犬のような勢いで、仲間に『フレイムリザードのしっぽ』を配った。どうやらこの無能騎士に慰めは入らないらしい。


 ポカンとした表情で受け取るクロとフィル。そんな中、オーレンだけはツボに入ったのか、顔を背けて爆笑していた。


「じゃ、行こっか!」


 そう言って、アンヌは口からしっぽを覗かせながら、ガキ大将のような歩きで先陣を切り始めた。


 それまであまり良い雰囲気でなかったのを察したゆえの行動なのか、それともただアホなだけなのか____クロはそんなことを考えつつ、しっぽを頬張り、


「……うめぇ」


 とりあえず、『なんか本人楽しそうだからいいか』の精神で、アンヌの後に続いた。

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