無能だが実は……なんてこともなく。
アンヌが生まれた家系は、歴史、影響力、地位のどれを取っても、その名を知らぬ者はいない《カレンデュラ家》という、絵に描いたような華麗なる一族だった。
《カレンデュラ家》は、代々伝わる《魔法騎士》の一族で、その血縁者は剣術、魔術の両面に置いて、天賦の才を有して生まれる。
また、財力に富んでいることから、剣術や魔術における指導者、設備などは、国随一の物ばかりが揃えられている。
ゆえに、『才能』『環境』共々、《魔法騎士》という有能を排出するには完璧過ぎるほどに、条件は整っていた。
……とはいえ、どんな物事にもエラーは発生する。それは完全無欠の《カレンデュラ家》も例外ではない。
そう__“アンヌ”という、カレンデュラ家の歴史上、最大の落ちこぼれが誕生したことは、まさにエラー以外の何物でもなかった。
アンヌには、まず、カレンデュラの一族なら当然あるべきはずの『才能』が欠如していた。おまけに、国随一の『環境』を持ってしても、魔法騎士としての技能は全く上達しなかった。
そして、極めつけは____
* * *
「むちゃくちゃ『アホ』。これに尽きるわ」
クロは、行きつけの武具店の女店主にそう言うと、カウンターに置かれた《聖魔の剣》を手に取った。
「自分が壊した武器を修理に出してたことも忘れてんだもんなぁ……あいつ」
「だからあんたが、こうして取りにきたわけね」
女店主は「くぁ」と小さくあくびをしながら、ズレた丸眼鏡を正すと、同じくカウンターに置かれた金貨の小包を懐にしまった。
「さすがリタちゃん、察しがいいこと。あいつが行くと、寄り道とかしてまた忘れてきそうだしな」
《聖魔の剣》を鞘から抜き、その仕上がりを確認しながら、クロがわざとらしく女店主“リタ”に言う。そして一通り確認が終わると、再び鞘に納め、そのまま続けた。
「しかも修理に出した理由が『敵だと思って斬りつけたら『岩』だったために折れた』という……。なんで斬りつけた相手じゃなくて“剣”が真っ二つになって帰ってくんだよ」
愚痴のように語るクロだったが、その表情は、内容とは裏腹に、どこか綻んでいる。
そんなクロを、リタは眠たそうな表情で見据えながら、無造作に伸びきった髪をさらに手でくしゃくしゃとしつつ、ポツリと呟いた。
「……じゃあ、なんでそんな子を“追放”してないのさ」
クロの口角が、少しだけピクリと動いた。構わずリタは続ける。
「別に、アンヌのことが嫌いなわけじゃないよ。あの子はうちの幼馴染みだしね。それに、あの子をパーティとして迎え入れた、あんたの懐の深さには感謝してる。正直、他でやっていけるか不安だったしね。……だからこそよ、クロ。あんたが何を考えているか、うちには分からない。何か企んでんじゃないかって思ったとしても、しょうがないでしょ」
リタの視線は、相変わらず微睡んでいる。が、眼鏡越しに見える瞳の奥に、少なからず鋭いものが含まれているのを、クロは見逃さなかった。
そして、その上で。
「ああ、企んでるよ」
《盗賊》らしく、からかうように返した。
「あいつがいると退屈しないしな。それに追放しなきゃならないほど、迷惑被ってるわけでもねぇし」
「……それだけ?」
「八割くらいはな。《盗賊》だからかな、常にイレギュラーな事態であってくれた方がゾクゾクすんだよ。そういう意味では、アンヌは適任だろ?」
ヘラヘラと語るクロに、リタはやれやれ、と首を振りながら、
「……安定志向のクエスト選びしてるくせに」
……と、刺した。
「シャレにならないほどのスリルは望んでねぇだけだ。安定した生活に、ちょっとした非日常……。《盗賊》ってのは賢くもあるんだ、要はバランス感覚がうまいんだよ」
「相変わらず、口だけは回るのよねー……」
「かわいくねぇ店主だな。いくらロリ体型でも歳食ってるだけじゃ、ただの嫌みったらしいロリババァ……あっ、すんませんもう出ますね」
リタがカウンターの下をごそごそとやり始めた辺りから、クロの《危険察知》が反応したので、盗賊はさっさとずらかることにした。
鼠のような素早さで店を去っていくクロを、しばらく窓から眺めていたリタは、
「……あの子、うまくやれてるといいけど」
頬杖を突いて、小さくため息を溢した。
* * *
「帰ったぞー」
クロは、勢いよく“アジト”の扉を開けると、古ぼけたソファにドカッと座った。
パーティとして活動するにおいて、メンバーとして集まる場所があると、何かと都合が良い。その結果、自然と集まるようになったのがこのアジト……正確に言うと【クロの棲み家】だった。
有能な人材が一堂に会す場所としては、少し汚ならしさが目立つ拠点である。窓にはヒビが入り、床は至るところが剥がれており、唯一誇れるのは金品目的の襲撃はほぼないであろう、ということぐらい。
だが、《盗賊》である家主……クロにとっては、この荒んだ雰囲気がたまらないとのこと。つまりは家主の趣味である。
「クロ……また扉、壊れちゃうよ」
部屋の隅に、ぺたりと座っていたフィルが、魔導書を口元に当てながら注意した。クロは「俺ん家だからいーの」と、適当に返すと、《ひのきの棒》をいじくっているアンヌに《聖魔の剣》を投げ渡した。
「ほらよ、アンヌ」
咄嗟の出来事に、アンヌは持っていた《ひのきの棒》を捨てると、飛んできた自身の武器をなんとかキャッチした。
「おー! 私の大事な《聖魔の剣》ちゃん! ようやく入院生活が終わったんだね……!」
そう言いながら剣を抱き締めるアンヌに、クロが呆れつつ返す。
「病院送りにした犯人はお前だけどな」
「はい、以後気を付けますぅ……。あと取ってきてくれてありがとうございますぅ……」
深々と頭を下げるアンヌに、クロは「ふっ」と小さく吹き出した。つられて、フィルも吹き出す。その様子に、アンヌはニコッと笑うと、
「よぉし、明日からまた頑張るぞぉ!」
と、《聖魔の剣》を高々と掲げた。と、同時に剣の先が天井を貫いた。
「わーっ! バカやろお前、これ以上ボロアジトに穴空けんな!」
「うわ、やっちった! ごめん、あとで直しとくからぁ!」
ドタバタとする盗賊と魔法騎士を、魔導書越しに見ていたフィルは、そんな騒々しさの中、
「私はもっと……ボロい方が落ち着くな……」
……と、陰気臭い感想を述べていた。
そんな陰キャ魔法使いの頭上に、突如、軽いチョップが落とされた。その衝撃で、フィルの顔が「ぷぇ」という情けない声と共に、魔導書へ沈んでいく。
「ボロくなっていいはずないでしょう。なに暗いこと言ってるんですか」
小さな制裁を加えた主__オーレンが、ため息混じりに言った。
「お、以外と早かったな、オーレン」
さっきまでの騒がしさと打って変わって、クロが仲間の帰還を迎え入れる。そんな中、オーレンは一枚の紙を突き出すと……。
「ほら、お手頃なクエストを取ってきましたよ」
そう言って、頭を擦っていたフィルの上に受注書を置いた。