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『まほーきし』?いいえ、『むのーきし』です

「だっはっはっはっ! だめだ、思い出すだけで腹痛ぇ!!」


 辺りから聞こえる、ジョッキのかち合う音。その音に負けじと、大声で己の武勇伝を語る冒険者たちの声。そして、なぜか突然喧嘩をおっぱじめる、野郎の集まり。


 そんな、極めて民度の低い“酒場”に、一際目立つクロの笑い声が響き渡った。


 同じテーブルを囲っていた魔法使いのフィルは、ちびちびとジュースを飲みながら、恐る恐る、クロではないもう一人の仲間の方をチラ見した。その視線の先には……。


「ちょっと笑いすぎじゃない!? 確かに《聖魔(せいま)(つるぎ)》と《ひのきの棒》を間違って持ってきた私が悪いけど! あの二つ、よく似てるんだもんっ! ねぇ、フィルもなんか言ってやってよ!」


 ……《天界(てんかい)使者(ししゃ)》改め、《弁解(べんかい)愚者(ぐしゃ)》と化した魔法騎士アンヌが、口を尖らせ、コミカルな表情で「ぶーぶー」と唸っていた。そこに、かつての有能面(ゆうのうづら)はない。


「いや、いやだってよ! 叩いた後さ、しばらくキラーベアの野郎、ポカンとしてやんの! 初めて見たぜ、モンスターが拍子抜けする顔……。……ダメだやっぱ笑っちまう、ひひっ……」


 そう言って、再びクロがゲラゲラと笑い始めた。その様子を見ていたアンヌが、まだジュースを飲んでる最中のフィルの肩を揺さぶって加勢させようとする。


「ちょ……アンヌちゃん……揺らさない……で……ごふっ」


 可哀想なフィルの口周りから、ピチャピチャとジュースが溢れる。その様子を気に止めることなく、アンヌは「クロが~クロが~」と異議を申し立てる。そして、その光景を見たクロがさらに笑うという、地獄絵図が完成していた。


 ……と、そんな地獄に光差すように、新たな声が加わった。


「なにやってるんですか、アンヌ。フィルが可哀想……あー……だいたい分かりました、悪いのはあの盗賊ですね」


 淡々とした口調で、事態の把握に努める青年の声。騒がしい酒場には似つかわしくない、どこかトゲのある敬語。


 聞くからに良い感情ではないことを知ってか知らずか、クロはヘラヘラとその青年を指差して言った。


「おっ、キラーベア討伐で全く役に立たなかった《僧侶》のオーレン君じゃないっすか痛たたたたたたたたたつねるな待って頬っぺたちぎれちゃうっ!!」


 “オーレン”と呼ばれた青年は、無表情のままクロの頬をこれでもかとつねり始めた。フィルが慌てて止めようとするも、オーレンが構わず続ける。


「君たちがいつ死んでもいいように、ちゃんと木陰でスタンバってたじゃないですか」


「なんで死んでから対処しようとしてんだよ! 回復担当だろお前!」


「実際死ななかったし、ちゃんと君が仕留めたんだからいいでしょ。クロは細かいですね」


 クロの咄嗟のツッコミを、オーレンは適当に流すと、アンヌに言った。


「どうせまたこのひねくれ盗賊が、アンヌの失態を笑ったのでしょう。まぁ、アンヌも許してやって下さい。彼も君に花を持たせようと、あんなまどろっこしい作戦を立てたのですから」


 そう言って、頬を上に吊り上げてクロを立たせた。


「あだだだっ!? 「許してやってくれ」とかいいながらお前の方は全然許してないな!? それでも神に仕える身かよ!」


「神は死んだ」


 オーレンは吐き捨てるようにそう答えると、パッと手を離した。思いの外痛むのか、クロは涙目になりながら頬をスリスリすると、「鬼畜僧侶……」と、


 台詞にする前に鬼畜僧侶の視線が再びこちらを捉えたので、直前で飲み込んだ。


 《盗賊》をジョブとするクロにとって、本当にまずい時はしっかりとその《危険察知》が反応するのだ。


 オーレンはふぅ、と乾いたため息を吐くと、クロたちの囲うテーブルに同席した。


 落ち着いた表情で座るその姿は、一国の王子を彷彿とさせるような美青年だった。肩に少しかかる程度の濃灰色の髪は、パッと見では女性に見えなくもなく、より中性的な顔立ちが際立つ。


 対して、盗賊であるクロにそのような特徴はない。無造作にまとまったクセのある毛並み、熱帯地方の出身者を彷彿とさせる、よく焼けた肌色は、病的なまでに色白なオーレンとは特に対象的である。


 そんな、オセロのような二人の男の間を、相変わらず可哀想なフィルがなんとか取り持とうとしていたその時。


「おー、有能パーティの皆さんじゃねぇの!」


 酔いどれた一人の中年男性が、クロたちのテーブルによたよたと近付いてきた。


「うっわ、酒くせぇな、おっさん」


 有能パーティという言葉に、一切の喜びも見せず、クロは悪態を吐いた。だが、酔った人間にそれが通じるわけもなく、男性は続けた。


「いいじゃねえか、俺はあんたらの能力を少なからず買ってんだぜ? なんせ、ギルド始まって以来の天才揃い……それがあんたらだろ?」


 男はそこでひっく、と品のないしゃっくりを挟みつつ、語った。


「《盗賊》にして有能たちを統率するリーダー、クロ。魔法学園史上、最高成績で卒業した《魔法使い》、フィル。神術能力の数値が【測定不能】の、生まれついての天才《僧侶》、オーレン」


「いや知りすぎだろ。情報屋か何かか、あんた」


「情報屋なんかじゃなくても、あんたらの有能っぷりは、ギルド内でまぁまぁ噂になってるぞ」


 そこで、男は「ガハハ!」と煩わしい笑い声を上げると、やがてその視線をアンヌに移し____


「そしてなにより、あんただよ、アンヌ!」


「へ? 私?」


自身を指差しながら、まぬけな顔で聞き返すアンヌに、男は「そうだ!」と、無駄に大きな声で返した。


「魔法と剣術を両方兼ね備え、高貴なる騎士道精神をも持つ、『知』『武』『心』の全てを揃えた、まさに“有能”の究極型……《魔法騎士》のアンヌ! いやー、やっぱ何度見てもあんたが一番ぶっ飛んでるぜぇ!」


 おまけにえらい美人だしな____そう残し、男はふらふらと、また別の席へとダル絡みしに立ち去った。


 なんとも言えない空気の中、アンヌだけが「えへへ」と、嬉しそうに頬を掻く。


「……なんだったんだあのおっさん」


 クロが、去り行く男の背中をボーっと見ながら呟いた。それに答えるように、オーレンは小さく鼻で笑うと、言った。


「ほら、あれですよ。酔い始めると「あんたは偉い!」って急に褒め倒してくるやつ」


「ああ、そういうやつね。まぁ悪い気はしねぇけど……」


 クロは歯切れ悪そうに、テーブルに頬杖を突きながら。


「“有能”つったって、別にすげぇクエストこなしてるわけじゃないしなぁ……」


 と、肩身の狭さを吐露した。その呟きに、アンヌ以外の二人も苦笑混じりに、こくこくと頷く。


 冒険者は《ギルド》という場所に登録し、パーティを組むか、あるいはソロで《クエスト》……すなわち“依頼”を受注し、それぞれの特性を活かして、解決に臨む。


 その幅は、ただの薬草集めから、凶悪なドラゴン狩りまで様々。特に難しいクエストには、それ相応の報酬が発生する上、ギルド内での待遇も変わる。


 その、『特に難しいクエスト』をクリアできるポテンシャルを持つのが、クロたちのパーティなのである。


 だが……。


「……まぁ本当に有能なら、危険性の低く、かつそれなりの報酬を得られるクエストばかりを選ぶのが道理ですからね」


 オーレンが、クロの言葉をフォローするように、“褒められたものではない”の真意を呟いた。


「それな」


 クロが演技掛かった素振りで指をパチン、と鳴らしながらオーレンに向ける。フィルは二杯目のジュースを飲みつつ、オーレンの言葉に頷いた。


 そんな、有能たちが苦心する中、一方で超有能と称えられた、あの《魔法騎士》アンヌは……。


「あれ、みんなどったの? てか、私めっちゃ褒められたんだけど! まぁ? 確かに私はあの《魔法騎士》だし? ちょっとドジったりするけど基本は優秀だし? 当然っちゃ当然なんだけど?」


 先ほどまで、仲間の盗賊に笑われていたことをとっくに忘れたアンヌは、嬉しそうにフィルの肩を揺すった。再びフィルの口周りがびちゃびちゃになる。


 その様子に、クロは引きつった笑顔を浮かべながら、小さく呟いた。


「周りの評価だけはいいんだよなぁ、こいつ……」


「は? クロ、またなんか言った?」


 どこか抜けたアンヌだが、こういうときは聞き逃さない。端整な顔立ちゆえに、やけに鋭く光る蒼の瞳が、盗賊の青年を捉えた。


 が、そこに思わぬ加勢が入る。


「確かに、アンヌはあまり優秀な子ではないですが、よくやってる方ですよ」


「ちょっとオーレン? それフォローになってなくない?」


 突然の僧侶の裏切りに、アンヌは最後の希望__フィルの肩を、より一層がっちりと掴んだ。


 フィルはコップを静かに置き、口をサッと拭うと、屈辱にまみれた同性の騎士に小さく笑いかけ____


「アンヌちゃんは、そのままでいいんだよ」


 __と、天使のような一言を投げかけ


「あ、ちょ、アンヌちゃん無言で揺らさないで、待って、ジュース出ちゃう、ほんと、喉まで来てるから、アンヌちゃ……うぷっ」


 ……てしまったばかりに、結局可哀想な目に遭ってしまうフィルであった。


 ……そう、アンヌという少女は、他三人の仲間と肩を並べるほどの実力者でもなければ、世間で評価されるような、文武両道の万能冒険者でもない。


 彼女は、有能の象徴とされる《魔法騎士》とは正反対の存在____《無能騎士》なのである。

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