無能天使アンヌ
「……何を言っているの?」
無能騎士の言葉に、過去の出来事が過る。
「私が“寂しそう”? ハッ、バカバカしい」
私は寂しくなんかない。寂しさなんて、等の昔に忘れた。
「私はモンスターを使役する者よ? 大量の兵士に囲われてて、孤独なんか感じる余地もないっ!」
そう、私にはモンスターがいる。人間なんていなくても、何も問題はない。むしろ、駆逐すべき対象だ。
「だから、寂しくなんか___」
「じゃあ、なんで泣いてるの?」
____は?
その時、私の目元から、温かい、一筋の“何か”が伝っているのが感じ取れた。
「……え、なに、これ」
意味が分からない。
なぜここで泣く必要があるのだ。
寂しさなんて、とっくに__
「リーデル」
無能騎士が、初めて私の名前を呼んだ。
そして無能騎士____アンヌは、私の方へ手を伸ばすと。
「リーデルのこと、もっと教えてほしいな」
その温かい手で私の頭を撫でながら、そう呟いた。
__あぁ、なんだ。
__結局、私は。
「……うん」
そんな感情が、まだあったんだ。
* * *
私の本職は、魔軍四重奏なんかではなく、《モンスターテイマー》だった。
もともと私には、卓越した武術もなければ、あらゆる魔法を扱えるほどの器用さもなかった。
だが、辺境の村育ちの私には、そんな才能の話など、どうでもいいことだった。
武術がなくてもいい。いろんな魔法が使えなくてもいい。私には“研究”があるから。
魔法やモンスターの生態を研究して、将来、みんなの役に立つ成果を発表したい。それこそが、辺境の村に住む小娘の稚拙な目標だった。
そんなある日、村の農作物がモンスター共にやられた。
今年は特に豊作だったのに、反ってそれがよくなかったらしい。村のみんなが頑張って育てた作物たちは食い荒らされ、土も使い物にならなくなっていた。
村のみんなが泣いているのを見て、いてもたってもいられなくなった私は、今こそ自身の研究の成果を発揮すべき時だと思った。
けれど、あらゆるモンスターを属性に合わせて倒せるほど、私に魔法のレパートリーはない。これでは、モンスターに関する知識と魔法の知識があっても、倒すことはできない……。
そう、悩んでいると、あるひとつの方法が思い浮かんだ。
多種多様な魔法は使えない。けれど、“一種類”だけならどうだろう。
モンスターの生態、媒体となる魔道具の知識、そして一種類の魔法に関する知識……。これらを合わせれば、可能なことがひとつある。
それは、モンスターを使役することだ。
無論、畑を荒らしたモンスター共に愛着などない。だが、私が《モンスターテイマー》となれば、少なくとも、村に来ないように命ずることはできる。
才能のない辺境の村娘が、モンスターから村を守る方法など、それしかなかった。
* * *
「でも、モンスターなんか使役してたら、この世界では変な目で見られるの。私は自分の研究成果を、正しく使っただけなのにね」
壁に腰掛けつつ、当時のことを思い出しながら、私は吐き捨てるように言った。
「まさか、それって……」
いつの間にか正座の姿勢になっていたアンヌが、目を見開きながら言う。その様子に、こいつ本当に表情豊かだな、と思いながら答えた。
「ええ。村の人たちだって、当然そういう目で私を見たわ。その結果、私は村から“追放”された」
「そんな……!」
今度は、アンヌがポロポロと泣き始めた。さっきまで泣いていた私が言うのもなんだが、それにしたって泣きすぎである。
こんな話に涙してくれるのはありがたいが、これでは話がしにくい。
「ちょっとアンヌ……一旦落ち着いて……」
と、言いかけたその時だった。
「へぇ、アンヌの見立てが当たる時もあるんだな」
地下牢に、あの《盗賊》の声が加わった。そしてそれに続くように、また別の声が入っていく。
「リーデルちゃん……壮絶な過去だったんだね」
一人は、おどおどした魔法使いの小娘。
「責務を果たした少女に、なんて非道な村人たちでしょう。……チッ、やはり神は死んだか」
そしてもう一人は、口の悪い僧侶だった。
「みんな!? え、なんでここに!?」
泣きながら慌てるアンヌの表情がぐちゃぐちゃ過ぎるのを差し置いて、盗賊は言った。
「お前のムーヴが怪し過ぎるからついてきたんだよ」
「え? どこが?」
「どこがもなにも、最初から超怪しかったぞお前。なんだ、「フレイムリザードのしっぽ一万本買ってくるから遅くなる~」って。言い訳下手くそ過ぎるだろ」
アンヌと盗賊__確かクロだったか__のやり取りを見て、私はポカンとしてしまった。
「……あんたたち、私の話を信じるの?」
かつて敵対していた相手の昔話を信じるなど、ありえない。ましてや有能であれば尚更である。
だが、返ってきた言葉は、それこそ有能ゆえの物だった。
「いや、だってお前、魔軍四重奏じゃないんだろ? アンヌなんかに泣き落とししても意味がないことくらい、お前なら分かるだろうし」
「あれ、今なんか私ディスられてなかった?」
アンヌがクロの方を見て、クロがそっぽを向く中、魔法使いの小娘が、こそこそと私に言った。
「あの魔法……独学でしょ。なんか……人間が一生懸命考えたみたいな構築してた……」
「なっ……」
このフィルとか言う小娘、やっぱりすごい……。パッと見でそんなことまで分かるのか……。あとなんか恥ずかしいっ……!
そんな空気の中、あの口の悪い僧侶、オーレンだけは鋭い口調で言った。
「町を襲った理由は、人間に対する復讐ですか」
「……そうよ」
ここで嘘を吐いても仕方がない。私は正直に語ることにした。
「魔軍四重奏の中に、モンスターを使役する幹部がいるのを知って、その名を借りることにしたの。そうすれば、あんたたちを恐怖のどん底に落とすことができると思ったから。正直、脅かすだけ脅かして帰る予定だったけど」
「道理で、殺す殺すと言うわりには、“殺気”が感じられないわけです」
「あら、僧侶ってそんなことも分かるのぉ?」
わざとらしく問いかけると、オーレンは涼しい顔で「えぇ、まぁ」と答えた。
「人の悪意に敏感な職業なんでね。魔族からは邪気がバシバシ伝わってくるので分かりやすいですが、あなたのは複雑でした。そういう複雑な感情は、だいたい人間由来ですし」
「……なるほどねぇ」
アンヌの言う通り、やはりこちらも有能な僧侶らしい。……そのわりには無神論者な発言してたけど。
ま、それはさておき。
「……さて、もう一通り、語り終えたわぁ」
私は立ち上がり、ぐぐっ、と体を伸ばすと、アンヌたちに向き合った。
「久々にいっぱいお喋りできて楽しかったわぁ。でも、私は罪人で、あんたたちはその罪人を倒した、有能冒険者。住む世界が違うの」
「……確かに、どんな理由があったにせよ、お前が町を襲った奴に違いはねぇな」
私の発言に、クロが腕を組みながら同意する。……さすが、有能パーティのリーダーだ。事の本質を理解している。
私は人間に対する復讐のため、罪を犯した。それがただの“脅し”に過ぎない行為だったとしても、悪いことであることに違いはない。
よって、罪人である私と彼らが関わる必要は、もうない。だからこそ、私は言った。
「いい暇潰しになったわ、有能パーティさん。それじゃ、さよな」
「だからお前みたいな罪人には、罰が必要だよな」
「……え?」