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頭も心も真っ白で

 その後、魔軍四重奏リーデルはギルド当局に拘束され、地下牢行きとなった。


 リーデル討伐に一躍買ったクロたちは、大量のクエスト報酬と、町を守った英雄として崇められた__





 __なんてことはなく。


「この虹色全然取れねぇ!!」


「あれだけ暴発させたら……仕方ないよ……」


「やれやれ、結局最後はこうなるのですか」


 ……アンヌの魔装剣の暴発により、サイラスを囲う壁や、周辺の草原に飛び散った“虹色”を、頑張って落としていた。


 クエスト報酬も、町の清掃にほとんど消え、残ったのは冒険者たちからの称賛くらい。


 だが、その称賛も__


「だから、私は剣を貸したり笛を吹いたりしてただけで……」


「何を言いますか、魔法騎士殿! あの剣の能力は、きっとあなた様にしか使えない、特殊な魔法だったのでしょう!?」


「えっと、あれは暴発しただけ」


「いやいや、謙遜すんなよ姉ちゃん! 敵幹部の笛を華麗に操り、モンスター共を追い返すだけの魔法力があんだ、やっぱ魔法騎士はすげぇな!」


「いや、あれもただ吹きたかったから吹いてただけで」


 __ほとんどがアンヌへの称賛となっており、本人がいくら弁解しても「またまた謙遜しちゃって」と返される始末となっていた。


「七色の剣で敵軍勢を討ち、敵幹部の奥の手すら、機転を利かせて打ち破る……。やっぱ《魔法騎士》ってのは、有能の象徴だなぁ」


 かつて、アンヌを褒めちぎっていたダル絡み中年が、酒を煽りながら、再び過大評価を付け足していく。その発言に、周囲の町民、冒険者たちはさらにアンヌを称え……。


「ここに『魔法騎士アンヌ』の銅像を建てよう!」


「わたし、おっきくなったら、おねーちゃんみたいな、まほーきしになるの!」


「本物の騎士道を見て、目が覚めました。その点においては☆10000かな?」


 アンヌ! アンヌ! アンヌ!____と、“無能騎士アンヌ”改め“超絶有能ウルトラ魔法騎士アンヌ”は、身に覚えのない功績に、ただただ、たじろぐだけであった。


「……あいつ、ほんと周囲の評価だけはいいな」


 クロが、デッキブラシに顎を置いて、腑に落ちない顔つきで言った。


「やっぱりアンヌちゃんすごい……。私なら、あれだけ褒められたら恥ずかしくて死ねる……」


 フィルが、相変わらず『アンヌちゃんすごい』の精神で感想を述べた。


「ふふっ……アンヌの銅像て……逆に見てみたいですねっ……くくっ……」


 オーレンが、またしても良く分からないところでツボに入り、含み笑いをする。


 そして、アンヌは____


「もうっ! 私への称賛はいいから、みんな“虹色落とし”手伝って!!」


 そう言って、人々をクロたちの方へと誘導した。英雄アンヌの一声に、 「うおおおおお」と着いていく町民に、クロは有難いような、やっぱり納得いかないような、複雑な感情に包まれた。


 そんなクロの気持ちを知ってか知らずか、アンヌは清掃中の仲間たちに手を振ると。


「おまたせ! 増援連れてきたぁ! ほら見て町のみんな! あそこにいる三人も、この町を守ってくれた英雄なんだよ!」


 アンヌらしい、いつもの屈託のない笑顔で、そう言った。


 そしてその称賛は、町民たちにも伝播して……。


「おぉ、クロじゃねぇか! 魔軍四重奏に立ち向かって行ったの見たぞ! やっぱお前ってすげぇ《盗賊》だったんだな!」


「あー、フィルだ! あんなに連続して魔法弾撃てるなんてすごいね! 今度、ぼくにもやり方教えてっ!」


「オーレン、あんたの結界のおかげで、あたしの店が虹色にならずに済んだよ! 今度、果物サービスしてやるかんね!」


 裏で暗躍……ではなく、本当に活躍したクロたちに、それぞれ、称賛の言葉が送られた。


 そんなアンヌと町民を見ていたクロは__


「……まぁ、いいか」


 クスっと笑いながら、そう呟いた。



 *    *    *



 暗い地下牢は、湿った空気に覆われ、床も冷たかった。


 唯一の光は、魔法でわずかに照らされた、壁の燭台だけ。てらてらと揺らめくその光を見ていると、派手な彩色の光が、どこか懐かしく思えてくる。


「魔軍四重奏、リーデル……ね」


 何も聞こえない地下牢で、私は、自身の、()()()()()()を、自嘲するように呟いた。


 自分なりにうまくやれているはずだった。多少の想定外だって、今まではちゃんと対応してきた。


 だが、“アレ”は対応できない。できるわけがない。


 散々、危険な場面に晒されてきた。けれど、危険を感じさせない存在に対する警戒など、どうしたら出来ようか。


「……やめた」


 再び地下牢に、私の声が木霊する。


 結局、そういうパターンも読めなかった、自分の実力不足が原因だし、なにより今さら悔いても仕方のないことだ。


 __そう、何一つ、悔いてなどいない。


 所詮、私はどこまでいっても、こういう運命を辿るのだ。


「もう、どうでもいいわぁ」


 カビ臭い壁に、私はもたれ掛かった。体の接地面全てが冷たい。運命にさえ冷たくされた今の私には、お似合いの場所だった。


 地下牢に、階段を降りてくる音が響く。警護団が私の独り言を注意しにきたのだろうか。あるいは、また別の悪人でも投獄されるのか。


 __いや、それこそ“どうでもいい”ことか。


 私は思考を止めると、冷たい壁にもたれ掛かったまま、ゆっくりと目を閉じた____


「寝るなーっ!」


「ひっ!?」


 突然の大声に、私は情けない声と共に、つい立ち上がってしまった。


 まさか、地下牢は眠ることも許されないのか。とはいえ、罪人がのびのびとしているのも不自然か。


 そんなくだらないことを考えながら、起こしにきた警護団の人間を、私は睨み付け……


「あ、起きたね! 久しぶり~」


 ……ようとしたが、自分の表情が唖然としていることに気付いた。


 この声と、やたらに綺麗な顔立ち、やたらに綺麗な鎧。そして、それらの要素を無に還すような、バカ丸出しの笑顔。


 無能騎士アンヌが、私の目の前に立っていた。


 意味が分からない。なぜ地下牢に? ……というのもそうだが、なぜこの女は、敵を前にして、こんなにニコニコしていられるのだろう。そもそも……。


「何しにきた?」


 私は、当然の疑問を口にした。


 戦いの時もそうだったが、本当にこの女の行動は読めない。こんな“歩くぱろぷんて”みたいな奴を野放しにするな。保護者のあの盗賊は何をしているんだ。


 何をしでかすか分からない女に、私が警戒していると、奴は突然、手を伸ばしてきた。


「え、なに、なんなの!?」


 なんとその手で、私の手をぐいぐいと引っ張り始めたのだ。仮にも罪人である人間に手を伸ばすなんてよくできるな……というかこいつ、すごく力強い。怖い。


 恐怖のあまり、必死の抵抗をしていると、手のひらに冷たい何かが触れたのを感じた。


 そして、無能騎士は相変わらずのまぬけ面で言った。


「はい、これ返すね」


「……は?」


 私の手元にあった物。それは、私の魔道具の笛だった。


「あ、ちゃんと洗ったから大丈夫だよ。どうしても気になるなら、もっかい自分で洗っといてね」


「……いやいや」


「え、自分で洗うのも嫌なの? ……あーそっか、地下牢じゃ洗えないか」


「そういうことじゃないわよぉ!」


 地下牢に、私の声が反響した。幸い、他の罪人や警護団もいなかったので、白い目で見られることはなかったが……そんなことはどうでもいい。


「あんた、自分が何してるか分かってるの? 敵に武器を返しにくるとか……。頭沸いてんじゃないの?」


「え? 人の物を取ったら返さないといけないんだよ?」


「だからそういうことじゃなくて……!」


 なんだろう、こいつと会話していると頭が痛くなってくる。


 ____いや、こいつのペースに呑まれるな。


 私は頭を押さえながら、無能騎士を睨み付け、嘲るように言った。


「私は魔軍四重奏よぉ? あんたたちを八つ裂きにして、愉悦に浸ろうとしていた存在なのよ?」


 目の前の無能から敵対心を誘うように、これでもかと残虐性をアピールする。


 だが、返ってきた台詞は。


「え~? 私にはそう見えなかったけどなぁ?」


 ……という、なんの根拠もない、無能騎士の感想だった。


 なんだか、だんだん腹が立ってきた。会話の波長が合わないのはもちろんだが、こいつ、さっきから自分の考えや思いでしか行動していない。


 いや、それとも、あの盗賊の差し金か? 私がまだ何か隠していないかを探るため、あえて人畜無害のこいつを出して、遠目から観察している……?


 考えうる可能性を考慮し、辺りを確認する。すると、無能騎士が察したのか、私に言った。


「ここには、私だけで来たから大丈夫だよ」


「は? あんただけ?」


「そっ。みんなには内緒で来ちゃった。……というか、さっきの話だけど」


「いや、なんの話よ」


「あなたが魔軍なんたらに見えないって話っ!」


 こいつ、さっきの“ただの自分の感想”をまだ続ける気か。


 無能の感想なんて時間の無駄だ__と、私がげんなりしていると、奴はにこやかに言った。


「最初はクロが……えっと、うちの盗賊ね? ほら、あなたの笛を盗んだ……」


「分かったから、早く続けなさいよ」


「うん。……で、クロが「魔軍四重奏にしては若すぎる」って言ったの!」


「……それで? 根拠はそれだけ? 魔族なんだから、そういうのくらいいるでしょ」


 バカバカしい、とため息を吐いていると、奴は続けた。


「えー? でも、オーレンも「魔族にしては、邪気の中に人間の気を感じる」って。オーレンはね、すっごく天才な僧侶なんだよ! あと、フィルも「魔法がどこか人間臭い」って。フィルもすっごい魔法使いだから、多分合ってる!」


「……あー、あの陰気な魔法使いの小娘と、察しのいい僧侶か」


 なんとなく、人物の照らし合わせができた。そして、そいつらが優秀であることや、その推測が合っていることも。


 __が、結局、こいつはその有能共の根拠を基に、その真偽を確認しに来ただけに過ぎなかったわけだ。


「へぇ、ちゃんとした根拠があっての話だったのねぇ。無能なくせにやるじゃない」


 いくら無能でも、確かなデータもなしに敵に会いには来ないか。なんだかんだ、こいつもあの有能共の仲間__


「え? 根拠? なにそれ?」


「……いや、今あんたの仲間がそう言ってたって」


 無能騎士は、そこでしばらく考えこむ仕草を見せたのち、何かに気付いたように慌てて首を振り、言った。


「違う違うっ! 今のは『みんな、あなたを魔軍なんたらじゃないかもって思ってるよ』ってのを伝えたかっただけ! ぶっちゃけ、みんなが言ってる根拠? とかよく分からんかったし?」


「……本当になんの根拠もなしに来たの? それも一人で?」


「そだよ? みんな「あくまで憶測だから、まだリーデルには会いに行くな」って言ってたんだけど……」


 そこで、無能騎士は照れたように「えへへ」と笑った。


 何がおかしいのか、全然分からない。


「……やっぱりバカでしょ、あんた。なんで有能な仲間たちが止めてんのに、こんなとこ来ちゃってんのよ」


 あまりのバカさ加減に、私は再び頭を押さえた。


 だが、無能騎士はどこか困ったように笑って。


「だって、あなたが寂しそうだったんだもん」


 と、再び根拠のない台詞を言った。


 それは、ビックリするほどバカみたいな理由で。


 けれど、冷めきった一地下牢が一瞬、温かくなったような錯覚を覚えるほど、私の心に、何かが響いた。

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