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思いがけない切り札

 私が……負けた……?


 あんな、無能の騎士に……?


 ___認めない。


 ___そんなの、認められるはずがない。


「認めないわっ!」


 リーデルが鬼の形相で、クロに掴みかかる。だが、その程度の行動は、当然クロにも読めていた。


 《盗賊》特有の俊敏さで、リーデルの手をかわす。対し、リーデルは掴みがかった勢いで、無様に地面へと這いつくばった。


「返せ、返せぇ……っ!!」


「……こりゃ、俺が持ち続けるのは危ねーな」


 クロはそう判断すると、またもや《投げナイフ》の応用で、リーデルの笛を、町で待機中の冒険者たちの元へと放り投げた。


「お前ら! これ頼んだぞっ!」


「あぁっ、私の笛が……っ!!」


 私の唯一の武器が、もう手の届かない所へ行ってしまった___その光景を、リーデルは無表情のまま見届けることしかできなかった。


クロは、笛が向こうに着いたのを確認すると、リーデルに向き直り、言った。


「……ほら、もう手段は無くなったぞ。大人しくギルドに拘束されるんだな。あんたには魔王に関する情報を、これからたっぷりと____」


 と、そこまで言った時、クロの第六感《危険察知》がわずかに反応した。


 それと同時に、ある疑問が(よぎ)る。


 __いや、待て。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 リーデルの笛は奪った。そしでリーデル自身の戦闘力が大したものではないのも、先ほどの“掴みかかり”という悪足掻(わるあが)きしかできていないことから、判明している。


 何もできるはずがない。


 じゃあ、この胸騒ぎはなんだ?


 《危険察知》の反応を頼りに、見落とした点を考えてみる。何かヒントを得るために、リーデルを観察した。


 そして、クロは気付いてしまった。


 地面に突っ伏したままのリーデルの肩が、小刻みに震えているのを。


 そして、それが“嗤い”によるものであることも。


「しまった__」


 ひとつの可能性に気付いたクロが、すぐにリーデルへと掴みかかろうとする。だが、代わりに返ってきた反応は……。


 リーデルの笛の音に似た、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 なぜ、気付かなかったのだろう。


 ()()()()()()()()だって、全くないとは言い切れなかったじゃないか。


 クロの耳に、すでに鳴り止んだ口笛の音が木霊する。呆然とし続ける彼の反応に、リーデルはさぞ愉快とばかりにゆっくりと立ち上がり__


「“魔道具なし”で呼び出すの、すごく疲れるからやりたくなかったんだけどぉ。でも、この状況じゃしょうがないわよねぇ」


 そして、立ち尽くすクロに近付いていき、その耳元に囁いた。


「私は“有能”なの。だから、切り札(ジョーカー)はちゃーんと、隠し持っているのよ。これで分かった? “有能”が“無能”に負けることは、絶対にないのよ」


 魔軍四重奏の勝利宣言と共に、遠くから、大量のモンスターたちが近付いてくる音が聞こえ始めた。


「私を殺しても無駄よ。もう誰にも止められない。それとも私を脅して命令を上書きさせる? そんな時間ないわよねぇ。ほら、あの子たちがもう、すぐそこまで来てるわよぉ」


 まるで動物園ではしゃぐ子供のように、リーデルが楽しそうにモンスターの群れを指差す。


 わずかな可能性さえもリーデルに潰された今、クロは、天を仰ぐことしかできなかった。


 だが、やがてその顔をモンスターたちの方へと向け……。


「__それでも」


 それでも、クロはナイフを握った。


 例え、魔軍四重奏の方が一枚上手だったとしても。


 例え、再び絶望が顔を覗かせたとしても。


「__ここで、諦めるわけにはいか」





『ピィ~~ッッ!!』






「うっわうるさっ!」


 シリアスな空気をぶち壊すように、素っ頓狂な笛の音が鳴り響いた。


 あまりの耳障りな音色に、クロは耳を塞ぎながら音の鳴った方へと向いた。


 当然、こんな空気の読めないことをする奴など、一人しかいない。


「あれ~? 昔、実家で笛のレッスンさせられたはずなんだけどな~?」


 そこには、無能騎士アンヌが、敵の笛を使ってピーヒャラと下手くそな音色を振り撒いている光景があった。


「ア、アンヌちゃん……それ、敵の……魔軍四重奏のやつ……」


「ん? ああ、そういやそうだったわね! でも、なんか手に取った瞬間、吹いてみたくなっちゃって!」


「よく人の笛なんか吹けますね……」


「いやツッコミどころ違うだろうがっ!」


 向こうの仲間たちの掛け合いに、クロはつい、リーデルそっちのけで入ってしまった。


「魔軍四重奏のやべー笛だぞ! 素人が吹いたら何が起こるか分かんねぇんだぞ! 普通に取り扱い注意の超危険物だろうが!」


『ピィィイ~~???』


「ぶっ殺すぞ!!!」


 この切迫した事態の最中に、またしても想定外の行動をとる無能騎士にクロがぶちギレていると、横でリーデルが腹を抱えながら笑った。


「あははっ! 無能が、無能が笛を吹いているわ! 『笛吹く無能』っ……! あはっ、こりゃ傑作だわぁ!」


 ひーひーと、呼吸困難になりながら笑い続けるリーデルに、アンヌがわーわーと、怒った様子で返す。


 そして、ようやく笑い終えたリーデルは、笑い涙をサッと拭うと、まだ怒っている無能騎士へと忠告した。


「その笛は、上級魔法使いでも扱うのが難しい、一握(ひとにぎ)りの“選ばれし者”だけがその使用を許された武器なの。あんたの横にいる、そこのおどおどした魔法使いの小娘なら、何年か掛ければ扱えたかも知れないわぁ」


「でもね」____そう続けたリーデルは、そこでより一層、口角を上げ。


「あんたみたいな無能じゃあ、一生かかっても使えないでしょうけどねぇっ!!!」


 今までで一番の声量で煽ると共に、無能騎士の無能さを嘲笑った。


 そう、やはり《魔法騎士》アンヌという人物は、結局、どこまでいっても“無能”である。


 無能と扱われているが、実は超絶チートの持ち主……なんてことはなく。


 無能と扱われてきたが、のちに能力が覚醒して……なんてこともない。


 本当の本当に、彼女は“無能”なのだ。


 そう、そんな無能な彼女だからこそ____





「……あれ、なんかモンスター共、帰ってねえか?」





 ____その行動の結果は、()()()()()()()()()()()






「__は?」


 リーデルは、クロの発言に耳を疑った。


 ()()()()()()()()()()()()()()


「は……ははっ? いや、いやいやいや、ない、ないでしょ、それは。ちょっと待ってよ……」


 乾いた笑いを浮かべるリーデルが、現実を受け止めきれないでいると、彼女の脳内に突如、言葉が流れ込んできた。


 それは、リーデルの“テイマー”能力の付属的効果で発生した、モンスターたちが自身の心理状態を訴える声だった。


 そして、その内容は次の通りである。


『あんな笛の音、聞いたことない。頭がおかしくなる。(迷いの森在住 キラーベア 三十二才 ♂)』


『耳がもげそう。(サイラス平原在住 ポイズンスライム 三才 性別不詳)』


『聞いた途端、いろいろと目が覚めました。その点においては評価できるので☆2くらいかな?(ギラギラ砂漠在住 ハイエナゾンビ 年齢非公開)』


「はああああああっ!?!?!?」


 唯一、そのレビュー(?)が聞こえるリーデルが発狂しだした。


「ちょっ……ちょっと、無能騎士っ! そのクソみたいな演奏を今すぐやめなさいっ!」


『ピィィィイイ~~???』


「ぶっ殺すわよ!」


 突然リーデルがキレ出した理由が分からなかったアンヌだったが、(なんか仕返しできてるっぽいから続けよう)と思ったらしく、そのクソみたいな音でリサイタルを続けた。


『ピィ~~!』


【気が狂いそうになる】


『ピィ~ペッピッパ~?』


【もうついていけません。巣に帰ります】


『ピペッ、ピポポポォ~~!!』


【テイマーやめたら?】


「ああっ……今まで私がテイムしたモンスターたちが……」


 アンヌのひどい演奏と、モンスターたちの酷評を交互に聞き続け、リーデルはもはや呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


「あの笛は……選ばれし者しか扱えなくて……あんな無能騎士に……扱えるわけなくて…………」


「だから、“扱えてない”だろーが」


 リーデルの呟きに、クロがクスクスと笑いながら入る。


「普通なら『効果なし』で終わるところを、あいつは壊滅的な音楽センスと魔法力で『逆効果』にしちまってんだからな。ここまで扱えてないやつはそうそういねぇだろうよ」


「そんなことって……!!」


「な? イレギュラーだろ? あれが、あんたの切り札(ジョーカー)さえも打ち破る、うちの無能騎士(ワイルドカード)さ」


 そのワイルドカードによる、あまりに理不尽な展開に、魔軍四重奏リーデルはとうとう口を開けたまま、動かなくなってしまった。


 アンヌが飽きて笛を吹き終わる頃には、もう夜は明けていた。

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