【プロローグ】有能パーティ、出陣
冒険物語における“森の中”とは、いつだってどこか鬱蒼としている。
大抵の場合、やたら人を迷わせる森だったり、入ってはいけない禁忌の場所だったり……。“森”というフィールドには、なにかと危険なイメージが付きまとう。
事実、そんな森の中にて、まさに今、危険と隣合わせの青年が一人。
「____はぁっ、はぁっ」
青年は、一定のリズムに沿って、息を吐いては再び、体内に空気を入れていた。それに合わせて、地面の枝を割り、砂利を蹴飛ばしていく。
切迫した状況による駆け足であることは、誰の目から見ても明らかだった。
その切迫した事態の原因が、彼のすぐ後ろにつく。“それ”は、青年から一時も目を離さず、まるでケモノのような眼差しで_____
「__グルァアァアアッッ!!」
……の、ようなではなく、三メートルはくだらない、巨大な体躯の熊のようなケモノが、青年の細い首をかっ切る好機を、今か今かとその巨大な手を構えながら、追いかけ回していた。
森の中に、軽やかな足取りで駆ける音と、大地を抉るような重厚な音の二種類が響き渡る。
そんな、命懸けの追いかけっこの道の先に、また、別の登場人物が待ち構えていた。
その人物____“少女”は、こちらに向かってくる青年と大型モンスターの逃走劇を、少し怯えた表情で見据えながら、
「……クロ、準備……できたよ」
と、小さく呟いた。
「はぁっ、はぁっ……。さすが魔法学園首席のフィルちゃん。魔法の展開はえーな」
少女に対し、からかうように返す“クロ”と呼ばれた青年は、その少女__“フィル”に、続けてアイコンタクトをとった。
それに合わせ、少女は小さく頷き、横へと退ける。再び、導線上にクロとモンスターだけが残った。
「……さぁて、アンヌはうまくやれるかな」
息を切らしながら、クロは独り言を呟いた。それに構うことなく、モンスターが少しずつ、クロとの距離を詰めていく。
やがて、ほぼ攻撃が通るくらいの距離に達した。このままモンスターが手を振り降ろせば、がら空きのクロの背中に、間違いなく致命傷となる爪痕が刻まれることとなる。
当然、そのような状況で攻撃しないほど、野生の生き物は甘くない。理性なく、躊躇なく、対象を仕留めるだけのひと振りが、クロに迫った。
その直前____
「っっと、危ねっ!」
クロは身を屈め、その場でスライディングをした。そのすぐ後ろ……先ほどまでクロの背中が存在した位置を、間一髪でモンスターの大爪が空を切る。
そんな、それぞれが息の詰まる一連の動作をしたのち、さらにそこから想定外の事態が発生した。
「ッガァ!?」
なんと、その場でモンスターの巨体が弾かれたのだ。
対し、クロはそのまま体勢を立て直し、直ぐ様、背後のモンスターへと向き直った。その顔には、どこか嘲るような笑みが浮かんでいる。
「……ま、あんな巨体で爆走してりゃ、衝撃も半端じゃねぇだろうよ」
言葉も分からないであろうモンスターに、クロはそう吐き捨てると、身に付いた土汚れを軽く撫で払い、
「これが《リフレクター》ってやつか。壁にぶつかるだけでも痛ぇのに“反射作用”まで働いたら、さすがにのびちまうよな」
どこかニヤついたトーンでそう呟きながら、モンスターと自分を隔てている、うっすらと青みがかった《魔法の壁》を軽く叩いた。
それに伴い、腕がバチン、と逆方向へ投げ出される。クロは苦笑いしながら「いちち……」と患部を擦った。
フィルが発動した《リフレクター》の下を直前で潜り抜け、モンスターだけが弾き飛ばされる……。それが、クロの考えた作戦の要領だった。
「さすがクロ……。『リフレクターで弾いたモンスターがもがいてるうちに簡単に倒しちゃおう作戦』、上手くいったね」
横からフィルが小さく笑いながら、クロに言う。対し、クロはジト目で、
「いやなんだその長い上にクソダサな作戦名は。ガリ勉首席ちゃん、センス無さすぎじゃない?」
と、ツッコんだ。フィルは「あぅ」と声にならないか細い音を喉から鳴らすと、うつ向いたまま、ゆるいボブの髪をもふもふと撫でた。
……と、そうこうしているうちに、モンスターが自力で立ち上がろうとし始めた。髪を触るのをやめたフィルが、今度はその手を口に当て、アワアワとした表情でクロに言葉を投げ掛けようとする。……が、言葉になっていない。
そんな慌てふためく仲間の《魔法使い》と、再起寸前の大型モンスターを交互に見ながら、クロは「やれやれ」とわざとらしく首を振ると____
「__今だ、アンヌ」
先ほどの独り言にも表れた人物の名前__“アンヌ”を、今度は、はっきりとした口調で呼び出した。
そして、その刹那。
「__まかせて」
モンスター近くの茂みの中から、女性の透き通った声色が響いた。いや、というよりも奏でられた、と表現するのが正しい。
それほどに、その音は繊細で、知的な風味を含んでいたからだ。その声色だけで、その人物の人となりを想像できてしまうほど、それはそれは聞き心地の良い『音色』だった。
しかし、それだけには留まらない。
発声と同時、その主が茂みから素早く、高く上空へ翔び出した。そこに映る光景は……。
一言で言えば、“天界からの使者”だった。細い身体を包む白銀の鎧は、その色合いと質感から、まるでオーロラを身に纏っているのかと見紛ほどに美しい。
そして、そのオーロラの光に遜色ないほどの顔立ち。全てを見透かすかのような、淡い蒼の瞳に、綺麗に通った鼻筋。軽く閉じられた唇は、桜の花びらのように小さく、しかし志の高さを表すかの如く、一文字に結ばれている。
その、“天界からの使者”が空を舞うと同時、一つに束ねられた、瞳と同じ『蒼』で彩られた艶やか髪が、彼女の軌跡を残すかのように後へと続いた。
ひとつひとつの動作、そして完成された容姿が、高貴かつ気高さの表現として強く発せられる。その姿は、まるで美術品のそれに近い__もはや“絵画”そのものであった。
その気品の象徴であり、この場面における絶対的な主役にして、《魔法騎士》の称を持つ少女__“アンヌ”が、自由落下の勢いのまま、もがくモンスターの頭上へと舞い降りていく。
そして、その右手に構えた、細く、美しい____
「……あ、やばっ、これ《ひのきの棒》じゃん!」
___細く、脆い《ひのきの棒》で、モンスターの頭をぺちん、と叩いたのであった。
一話目を読んで下さり、ありがとうございます。
息抜きに書いてくので、わりと短いかも。続けようと思ったら続けるので、どうか生暖かい目で見て下さいまし。
感想や評価を頂くと泣いて喜ぶタイプです。よろしくお願いします。