地下室の苦悩
お題
終末・苦痛・読書
小さな地下室の何も見えない窓から灰色の空を想う。
誰もが消えた終末世界に、土曜日曜の週末の読書時間などない。
背面に添えられた本棚。
様々な題材のカラフルな本が並び、静かな重い憂鬱を増長させる。
数年間何周も何周も読んで噛み砕いて理解した本たち。
地下室からはもう何年も出ていないから、新しい情報は入ってこない。
二、三年前はまだ電波塔が残っていて、他の生き残りたちと通信したりした。
今では電波塔が倒れたのか、一切電波が流れていない。
本たちは著者の心の鏡のように、著者の言葉を表している。
人との交流を絶たれた自分には、それがとても美しく感じた。
だけどそれは、著者の一時の思考しかわからない。
それでもこれは、まだまだ著者の思考が続くことを示しているみたいだった。
文学として美しい言葉と踊り。
説明として鮮明な表現を踊らせ。
文明として流れる物語を抱きしめて。
脳内を、感情を、思考を、散々読み込んでもまだわからない真実を愛したい。
閉じ込められた文章たちが、まだまだ生きている。
観賞用に飼われている熱帯魚のようだとも感じる。
自分が見なければ、ここの本たちは生きていけない。
自分以外がいないから、本として死んでいく。
自分が読み込んで、著者の込めた感情を食んでいく。
味がなくなることなどなくて、満腹になっても食んでいく。
思考の全てに、もしもを考えいく。
もしも、この著者がまだ地球にいたらどんな物語を語るだろう?
もしも、この本に続きがあったらどんな道を辿るのだろう?
ただ、その妄想でさえも脳内を蝕む苦痛になっていく。
苦い苦いコーヒーを飲み干して、また苦労して飲む。
最初は、本当に楽しかった。
今では暇つぶしとしても苦痛だ。
持っていない新しい本も読みたくない気分だ。
電子機器が壊れて、本と睡眠と味気ない食事だけが、生活になっている。
カラフルな表紙が自分の手汗で褪せていく感覚が切ない。
遠くの空を描いた挿絵を大きな紙に大雑把に書き写して壁に貼った。
描いた当時は、うまいうまいと自画自賛したけれど、それほどうまくない。
してない妄想は無いくらい妄想をした。
画家になって有名になる。
悲しい演技が上手い俳優になる。
小説が売れる。
誰かと結婚して幸せになる。
何か成功して有名になって幸せになる。
なんだってして成功する夢を見ている。
結局夢から覚めて、醒めてしまえば疲れている。
人類を殺したこの大地では何もできない。
人類が殺したあの自然が、世界を慰めている。
人類は消えたのだろうか?
人間の朧げな輪郭が薄れて、夢が作れなくなっていく。
苦しさを減らすための食事も飽きた。
寂しさを減らすための会話もできない。
恐怖は大きくなって返ってくる。
肉体が苦痛で踊らされて。
精神が苦痛に踊り。
自分以外の生物がいないことをただ願った日々を恨んでいる。