とっとと帰れ! ~甲冑の着装が面倒だったので知り合いの賢者に改造を依頼したときの話
外伝のため、状況描写をほぼしていません。
基本の背景は下記の通り。
・川畑は剣と魔法の世界に異世界転移中
・賢者の家は独立した異空間だが、川畑は出入り可能。
・賢者は以前、時空監査局の依頼で地球の20世紀辺りの文化の研究をしていたことがある。
詳細は本編の長編をお読みください。
まぁ、バカ話してるだけなんで、背景設定とか特にわからなくても問題ないと思います。
エルフェンの郷から戻って、賢者のモルに妖精王の鎧を脱がせてもらいながら、川畑は溜め息をついた。
「これ、もうちょっと楽に脱ぎ着できたらいいのに。一人で脱げないのは不便だ。モルル、デザイン変更のついでに改造できないか?」
「うっさい。これでもだいぶ脱ぎ着しやすく改良してあるんだぞ。手伝ってやってんだから文句ゆーな。ほれ、屈め。手が届かん」
ちびっこ賢者は、川畑の大きな背中を、小さな手で叩いた。
「お前ならもうちょっとどうにかできるだろ、モルル先生」
川畑は言われた通り屈みながら、何気なく賢者に言った。
「留め金を改造しただけって、賢者がする改良にしてはショボくないか」
青灰色のふわふわの髪をした小さな大賢者は、頬を膨らませ、口を尖らせた。
鎧の魔改造はこうして始まった。
「派手だから何とかしてくれって言うけどさ。根本的なデザイン変更と着脱の簡易化いうと、えーと、地球20世紀風?」
賢者は首をひねった。
「なんか"ラーサー"って返事するアイアン・メイデンもどきのでかいのに入って着替える白い騎士を見た覚えがあるけど、ああいうのか?」
「それは全力で忘れてよし」
「じゃぁ、ワンドや鏡を持って呪文詠唱する奴かな?"透過膜カラコン"だったっけ?」
「なんだかわからんがそれも違うだろう。コンテンツの参照年代を21世紀にしてくれるとありがたいんだけど」
「地球19~21世紀文化漁ったのちょっと前だからあんまり覚えてないなぁ。……社長の道楽スーツ?」
「それだ!」
「アレ、体に色々埋め込んだり注入したりしてたけど、やるの?」
鎧を脱いだ胸をつつかれて、川畑は眉根を寄せた。
「人体改造はなしでお願いします」
要検討ということになった。
「さぁ、これを着てみろ!全部自分で着れるようにしたぞ」
川畑は手甲を手に取った。はめてみると、かなり簡単に着けることができた。
「へぇ、いい感じだ。胴もこういう構造なら確かに一人でいけるな」
川畑は一通り着終わってから、首を捻った。
「なんか、部品が余ったぞ」
「それは、肩の部分だな」
「どうやって着けるんだ?」
「後からは無理だから、一度全部外して着け直さないと」
川畑は眉を寄せた。
「仕方がないなぁ。どうやって外すんだ?これ」
「待て。この状態からだと専用の工具がいるから持ってくる」
川畑はため息をついた。
「要改善」
「できるだけ着装が簡易になるよう最初から組めるところは組んで、部品点数を下げたぞ」
「外す方は?」
「それも専用工具なしでいけるようにした。なんとワンタッチだ」
賢者は自慢そうに薄い胸を張った。
「着てみるか……」
川畑はナンバリングされた部品を順番に装着した。
「あとは、兜だな」
川畑が屈んで兜を拾おうとすると、パキンと音がして、鎧の胴部分が外れて落ちた。一拍おいて肩から先と、脚の部分もバラバラと落ちる。
「あー、ワンタッチボタンの位置がいまいちだったかな?構造上の補強を行う部品は追加する予定だし……それを着けてたら大丈夫?」
川畑は腕を組んで、賢者を見下ろした。
「基本設計の見直しを要求する」
専用のラックに掛けられた甲冑は、前方がすべて開いていた。
「これは?」
「ここに体を合わせて入ると、自動的にラックが前を閉じてくれる」
川畑は胡散臭そうに眉をひそめた。
「嫌な予感しかしないが、やってみるか」
後ろ向きになって、ラックの土台の足型部分に足を合わせるように入ると、ラックに固定された鎧の部品が、背後から噛みつくように川畑の体を拘束した。
「痛い!痛い!痛い!挟んでる、挟んでる!あと、内側になんか突起物が!!」
「あれ?組み立て寸法に誤差があったかな」
川畑は叫んだ。
「アイアン・メイデンは却下だ!」
「アンダーウェアがしっかりしていれば、前回のような不幸な事故は防げたと思うんだ」
「モルル先生、あの時、脇腹に突き刺さったアレを防げるアンダーウェアがあったら、むしろ鎧は不要だぞ」
賢者モルは川畑の文句を聞き流して、新開発構想をぶちあげた。
「全身をゴム状の特殊素材でコーティングする!型を取るから、お前、着てるもの脱いでそこの槽に入れ」
得体の知れないドロドロしたものを鍋で煮ながら、モルは棺桶のような浴槽を指差した。
「勉強会を提案する」
川畑は座布団の上に正座して、目の前で座布団なしで正座させられている賢者に指を突きつけた。
「初心に帰れ。当初のコンセプトは社長の道楽スーツだっただろ」
「そうだったっけ?」
「お前のオタク部屋で映画鑑賞会をしよう」
「オタク部屋ゆーな」
「モルル先生の立派なライブラリに理解を深めるための映像コンテンツがあったから、参照しよう」
モルは渋々うなずいた。
結局、お茶とお菓子を用意して、道楽社長シリーズを全部観賞した。
「社長、好い人だった」
「最後にお父さんと会うシーンが良かった。惜しい人を亡くしたなぁ」
川畑の膝の間で、モルは思い出したようにポップコーンをモシャモシャ食べた。
「で、鎧の背中から節足動物の足が生えてカサカサ這う機能って欲しい?」
「それは社長のスーツじゃねぇ!あれだけ見といて、感想がそれかよ!」
川畑は賢者の頭を掴んでゆさぶった。
鎧の改造が進まないまま、川畑は実戦をやむなくされた。
「えー、本日は仮組みの応急品で戦闘してきた訳ですが……」
「どうだった?」
「30点」
「採点が辛い!」
賢者の家の実験室で鎧を脱がせてもらいながら、川畑は顔をしかめた。
「突貫で普通の鎧と組み合わせたから仕方ないけれど、対魔法防御にムラがあって、途中結構ピンチな感じだった」
「誰と戦ってきたんだ?」
「魔王復活を試みる邪教の大神官」
「おおう……」
川畑はヒビが入った兜をモルに渡した。
「頭部が素体まんまで、目の部分もスリット開いてなかったのはキツかった。開始早々にヒビが入ったので、その隙間から視界確保したけどほぼ肉眼視界ゼロだったからな」
「あー、ほんとだ割れてる。ってか、よくこれバイザー下ろしたままで戦闘できたな」
「翻訳さんの視界補正がなかったらヤバかった」
「翻訳さんは、時空監査局の異世界間コミュニケーション補佐機能だぞ、暗視だの広角視野の確保だのに使うなよぉ」
「便利過ぎて、手放せない」
「とんだ不正利用者だなぁ」
川畑は決まり悪げに一つ咳払いをした。
「アンダーウェアは良かったぞ」
「えー、という訳で、第15回着装実験を行います」
「今日も動画残すのか?」
「後で分析に使うんだよ」
「ただの珍プレー集だろ」
ぶつくさ言いながら、川畑は広い実験場の中央に立った。
「時間計るから、最初に着装開始するって言ってね」
「わかった。……着装開始」
川畑は思い切りよく脱いで、手際よく着替えた。事前説明通りに甲冑を身に着けて兜を被る。
「完了」
珍しく何のトラブルもなく着終わった。
「結構早いな」
「タイムはこんなもんか……慣れたらもうちょっと短縮できそうだけど、まぁ、これくらいが無難なおとしどころだろうな。変身ヒーローじゃないんだから」
川畑のコメントに、モルは不満そうに口を尖らせた。
「じゃぁ、可動域のチェックやろう。モルル、撮影準備しろよ」
身体機能の測定時にいつもやらされているルーチンを一通りこなす。
「やっぱり動きに制限はあるが、思ったほどじゃないな」
「動きが重い」
「全身鎧着ててこれだけ動ければ、上等だぞ」
「……前回の応急品のときは三角飛びしたんだろう?」
「あれは、部品がなくて隙間だらけだったから」
「30点の鎧に負ける完成品は嫌だ」
モルは膨れっ面で拗ねた。
「いや、でもこれが普通に無難な線だと思うぞ。地味なデザインだし」
賢者モルはキレた。
「妖精王から貰った特級の宝具を改造して、普通で無難な地味鎧にしましたじゃぁ、シャレにならんだろ!」
「白地に金ラインの特殊素材な時点で十分派手だから。機能も別にカエアンの聖衣を目指してる訳じゃないんだし」
これで十分だという川畑を押しきって、賢者は開発の続行を決定した。
「魔法手段による自動着装をより進化させてみた。これを着けて」
ごつい金属製の首輪と手枷と足枷をはめられて、川畑は眉を寄せた。
「逃亡防止?」
「アホたれ。着装位置を特定するためのマーカーだ」
「俺、まだアンダーウェアに着替えてないぞ。こんなものつけられたらいつもの奴は着れないんだが……」
モルは得意そうに小さな胸を張った。
「そこが進化した自動着装のポイントだ。アンダーから全自動で着せ替える」
川畑の制止を無視して、モルは赤いハンドスイッチを押した。
「着装開始!」
川畑の着ていた服が弾けとんだ。
「元の服を魔法で消滅させるのは止せ。後で困るから。それから、全身にアンダーウェアを出現させるときのエフェクト光をピンクにするな」
川畑は録画装置から記憶媒体を抜きながら、淡々と説教した。
「あー、参考映像が……」
「見返されてたまるか、あんなもん。とっととこの首輪と枷を外せ」
「次回までそのまま着けててよ」
「俺はこの後、仕事に行くんだよ!こんな逃亡奴隷みたいなカッコで貴族の家で書類仕事できるかっ」
「えー?じゃぁ、着けたままで貴族の家に行っても問題ないデザインに改良しないといけないのか」
「そもそも普段から首輪を着けないといけない設計を止めろ!」
「って言うから、工夫したのがこちらの特殊塗料だ」
川畑は実験台の上で拘束具を外そうと暴れた。
「止めろ!なんか嫌な予感しかしないから、すぐ止めろ!」
「暴れるな」
モルは小瓶に入った変な光沢のある赤い塗料を小筆で混ぜながら、川畑に近づいた。
「動いちゃダメだぞ。線を正確に書かないと、魔法で出現させるときパーツがずれるから」
「書くって、どこに!?」
「……全身?」
小筆を構えたまま、賢者は小首を傾げた。この悪意はないが後先考えてないマッドサイエンティストに、川畑は真顔で尋ねた。
「参考までに、図案のサンプル画像ってあったら見せてくれ」
「これだ」
出されたマネキンには、全身に魔方陣のような複雑な紋様がびっしり書かれていた。
「耳なし芳一かっ!」
「耳もマーカー着けるよ?」
川畑は耳や首筋に模様を書かれるところを想像して身震いした。
「却下だーっ!!」
「文句の多い男だなぁ」
「結局、強行したあげく失敗したじゃねーか」
「あれはお前が動くから、うまく線が書けなかったんで、しょうがない」
「パッチテストもしないで、怪しい薬を人体に直接塗るな。痒くて死にそうになったわ」
川畑はほぼ拷問だった実験を思い出してげんなりした。
「体に沿ってパーツを出現させたいなら、別に物理的にマーカーを付加しなくても、俺が自分の魔力で情報を提供すればいいんじゃないか?」
「えっ?」
「運用しようとしてる世界が、魔法を実装していて、この鎧も魔法を前提で存在してるんだろ。だったら、俺が魔力を制御して情報提供できるぞ」
川畑の体表がうっすら光った。
「最初に20箇所程度の主要ポイントの位置情報で着衣とアンダーウェアの変換を行って、鎧のパーツを送る詳細位置情報はアンダーウェアがフィット完了してから、収集して提供すればいい」
「なるほど。ちょっとやってみようか」
「ま・て。生き急ぐな。小動物」
川畑はモルの襟首を掴んだ。
「上流設計をちゃんとやって、基礎試験で色々チェックしてから、初めて人体実験だ。ちっとは被検体の俺のことも考えろ」
「えー?面倒」
川畑は掴んだ襟首を締め上げた。
「前回の塗料持ってこい。動物実験しちゃる。このモルモットめ」
「ぎゃー!止めれ。モルモット扱いすんな~。てか、人体実験済みでアウトな薬を使うな~」
「猛省しろ、バカ賢者」
とりあえず実験前にインフォームドコンセントはとろうね、ということになった。
変身ヒーロー路線を目指すなら……と口を出し始めた川畑は煩かった。
「時間がかかりすぎだ」
川畑は調整中の鎧を外しながら、モルに文句を言った。
「変身プロセスの基本は0.05秒だぞ。途中に能動的なアクションを入れたり、ディテールに凝ったりしたいなら、時間経過が違う別時空を形成しろよ」
「そんな時空制御を自動でできるわけないだろ。そこは自分でやれ」
賢者は不満そうに口を尖らせた。
「あと、ギミックのシルエットとエフェクトが微妙に惜しい。そして何より変形駆動タイミングと音がわかってない。"ズル、ガッシャン"じゃなくて"キュンッ!ガション!"だって言っただろ」
「細かい。お前、変なところで語るなぁ。だいたい映像コンテンツだとあんな感じじゃないか」
「これだから玉石混淆で丸覚えするだけで真実を見極めない奴は。モデリングとモーションと音ががっつり噛み合ったところに適切なエフェクトで透過光が入ったときのテンションの上がり方を、魂が燃えるって言うんだ。賢者を名乗るなら覚えとけ」
「知るかっ!」
「お前のライブラリーが泣くぞ。後で必修動画集編集してやるから勉強会な」
「えええ!?」
川畑と賢者は、あーでもない、こーでもないと言いながら、妖精王から貰った鎧を魔改造した。
その後、対魔王戦で実戦投入した鎧の川畑による採点は80点だった。
「ガション!はなおってた」
「うるさい!お前なんか、とっとと自分の世界に帰れ!バカたれ」
賢者モルは、川畑にクッションを投げつけた。川畑はクッションをキャッチするとそのまま敷いて座り直した。
「鎧に関する感想と考察はここまで。次に同時開発中の付属武器の件だが……」
川畑が自分の部屋に戻るまでには、まだまだかかるようだった。
以下、「家に帰るまでが冒険です」(連載版)での話数です。
・翻訳さん説明 8話
・賢者モル初出 28話
・この話の冒頭 37話
・仮組み鎧戦闘 43話
・80点変身場面 65話
本短編公開時点では、連載版はまだこの鎧を貰う話まで公開されてないです。すみません、
本編が追い付いたとき、あー、この時の話かーと思ってください。
付属武器開発の話は、またそのうち……?