亡国の王/虚空の暗殺者《後編》p.14 エピローグ
「そういえばさ、結局組織を裏切った団員てどうなっちゃうの?」
とある日、喫茶店閉店後の片付けをしていると、シャムがふと疑問を浮かべた。
喫茶店の隅に置かれたテーブルを拭いていたリーエンはその手をぴたりと止める。
すると、近くで床をモップで拭いていたメリッサが答える。
「さぁ。聞いた話だと、本部で聴取を終わり次第、監獄島に身柄を引き渡すらしいけれど」
メリッサが人伝で聞いた話をしていると、キッチンで皿を洗っていたジークが「なんだ、知らねぇのか」と会話に混ざってくる。
「その輸送中に事故が発生して、全員おっ死んじまったらしい。原因は不明だとよ」
ジークは皿を棚に戻しつつ、喫茶店の奥にいるリーエンに視線を投げる。
リーエンはそれに気付き、眉を潜めた。
「なぜ私を見る?」
「何か俺達に隠してることはねーだろうな、と思っただけだ」
「ない。こちらは店の仕事を覚えるのに必死なんだ」
リーエンは拭き終わった雑巾を投げ、それは見事バケツの中に吸い込まれていった。
倉庫の備品を整理してくる、とだけ言い残し、リーエンは三人の前から去る。
時は数日前。
“組織“の本部から走り出した護送車は、森の中を突き進んでいた。
本部の所在を隠蔽するために、どこの国とも知れぬ森は最適の環境であり、移動ルートを把握してなければすぐに進路を見失ってしまう。
車両内には今回の任務で裏切りがバレ、生捕にされた元スリンガーが計三名護送されていた。
静けさを破ったのは、護送車の運転席側に座るスリンガーの男の声だった。
「もうそろそろ良いだろう」
すると、捕まっていた三名全員が胸を撫で下ろし、ふぅ、と短く息を吐く。
「バレてしまった時は一貫の終わりだと思った」
「これからの段取りは?」
護送する側とされる側、本来であれば罪人と執行人の関係であるはずの面々が共通の仲間のように話し合う。
「このまま全員事故死を装って行方をくらませる。組織の所在地がまた変わる前に“教団”側に情報を流す」
運転手であるスリンガーの男は着々と組織を裏切る段取りを進めていく。
まさにこの護送車に乗っている全員が獣側に寝返っており、その場の誰しもが組織への忠誠など遠い昔に捨てていた。
捕まっていた一人が己の膝を拳で打ち、恐怖に耐えるかのように震える。
「そもそも人間が獣に勝てるはずがないんだ。あんな無尽蔵にゲリラ的に来られたんじゃ太刀打ちできるはずがない」
「ちくしょう、今回で組織の戦力を削ぐはずだったのに。それもこれもあの王様気取りとその取り巻きが好き勝手暴れたからだ」
「次はまずあの異分子どもから片付けよう。他のスリンガー共はそのあとだ」
それぞれが弱音や恨みつらみを吐いた途端、異変が訪れた。
誰もが警戒を解き始めた時を狙い、護送車の下部が爆発。
護送車は真上へと跳ね上げられた後、空中で横転して真っ逆さまに地面へと転がる。
爆発の衝撃と炎はあっという間に男達を絶命へと至らしめ、かろうじて内臓を幾つか損傷して命だけはとどめた男が一人、護送車の外へと投げ出された。
ざくざく、と草木を踏み締め、リーエンは目的の場所へ辿り着く。
目の前には燃える護送車と、外へ弾き出された男が一人倒れていた。
チラリと燃えている護送車を見ると、燃える車の中からは何かが動く気配はしなかった。
即死か。
そう判断し、リーエンは地面に転がる男の前に立ち止まる。
男は意識を保っており、血反吐を吐きながらリーエンを見上げる。
「お、お前はまさか……リーパーなのか?」
男の瞳は恐怖に震え、リーエンはその光景に懐かしさすら感じた。
「いいや、私はそれに関係はない。この襲撃も、私個人の行動だ」
懐からナイフを取り出し、リーエンはそれを思いきり振りかぶる。
瞬間、後ろから気配を感じ、リーエンはナイフを後方に振り向きざま投げた。
そこに立っていたのはレイゲート。
リーエンの投げナイフを難なくキャッチしたレイゲートは間髪入れずそれを投げ返す。
ナイフはしかし、リーエンの真横を通過し、先ほどまで地面に転がっていた男の喉元に刺さった。
男は最後の気力を振り絞って立ちあがり、リーエンを襲おうとしていたが、レイゲートが放ったナイフにより今度こそ事切れる。
森の中に静けさが訪れ、リーエンとレイゲートはしばらく睨み合った。
「素晴らしいよリーエン、流石は私が見込んだ者だ。船への工作潜入の技量も去る事ながら、今回も裏切りを処すべきタイミングに襲撃をかけてくれた。やはり君は私と共に来るべきだ」
レイゲートは嬉々としてリーエンに手を差し伸べ、暗にレイゲートが所属するリーパーへ勧誘する。
だが、リーエンはその手をただ眺めるだけで、これといって動こうともしない。
「レイゲート、私はお前についていく気は毛頭ない」
「ほう?」
「気づいたんだ。確かに、私はお前の言う通り殺ししか知らない。だがお前とは決定的に違う点がある」
「それは?」
「思っていたより私は殺しが嫌いで、お前のように殺しを楽むことが出来ない」
レイゲートの返事を聞く気などさらさらなく、リーエンはレイゲートの横を通り過ぎていく。
「必要とあれば私はいつでも暗殺者でも死神にでも戻るさ」
脇の甘い王様がいるからな。
最後の言葉だけは心の中に留め、リーエンはその場を去る。
「フフ、あぁリーエン、本当に君は最高の逸材だ。君はいつか私を必要とする時が来る。その時はいつでも歓迎するよ」
レイゲートが愉快に言葉を並べるが、いちいち聞いてやる義理はない。
エルランドの最後の国民にして唯一の暗殺者は、どこか吹っ切れた様子で歩き、森に立ち込める霧の中に消えていった。
 




