亡国の王/虚空の暗殺者《後編》p.13
私は本当に何をしているんだ。
店のすぐ外に立ったリーエンは呆然としながら箒をはく。
こんなものが何になる。
そう言ってリーエンは箒を店の壁に立てかけ、自分も壁に寄りかかると、ナイフと砥石を取り出し、それを研ぎ始める。
「おいおい、テメェ店の前で物騒なもん出すんじゃねぇよ」
ふと聞き覚えのある声がし、リーエンは嫌そうな表情を浮かべて声の主を見る。
ジークは塞ぎつつある傷を未だ包帯で巻いている状態だが、両足でしっかり歩くまでは回復していた。
「お前、今までそんなことしてサボってたのか?」
「……悪いか?」
リーエンはおずおずとナイフと砥石を懐にしまう。
その様子を見てジークはぼりぼりと頭をかいた。
「ハァ、サボり方がなっちゃいねぇ。まさかお前が暗殺術以外はてんで不器用だとは思わなかった」
癪に触る言い方にリーエンは眉をひそめるが、ジークはいつもの偉そうな態度で両腕を組む。
「シュイとの約束だ。テメェは日常生活を満喫する術を身につける必要がある。まずは俺様が直々に有意義なサボりを伝授してやる」
「は?」
「こい、ガキ共!」
ジークの声が響くと、ぴょこりと少し遠くの曲がり角から子供が数名現れる。
たまに保護者と店に訪れる子達だ。確かシャムともボール蹴りをしていたのも何度か見かけた。
「王サマー、早く遊ぼー」
「あれ、この人も王サマのシヨウニン? 喫茶店の人だよね?」
子供達はワラワラとジークの周りに集まりつつ、物珍しげにリーエンを眺める。
「こいつはリーエン、俺様の唯一の国民だ。使用人はメリッサとシャムの方だと言っただろ」
子供達は、そうなんだー、とジークの言うことを真に受け、次にリーエンへと関心を移す。
「お兄……お姉ちゃん? 一緒にサッカーしよう!」
人懐っこいのか、少年の一人がリーエンの手を取り、近くの広場へと引っ張ろうとする。
「ま、待て。私は遊ぶとは一言もーー」
「王の命令だ。ガキどもの遊びに付き合え」
どうにかその場から逃げようとするが、子供達の非力な手がそれを阻み、ジークも珍しく威圧的ではなくどこか落ち着いた雰囲気で命を下す。
根負けしたリーエンはため息を吐き、子供達に引かれるままついていく。
子供達との遊びはほんの一時間ほどで終わった。
リーエンは終始戸惑いながらジークと子供達と共に、加減しながらサッカーを付き合った。
この遊びの何が面白いのか分からなかったが、遊んでいる中子供達がひたすら笑い、ボールを蹴るのに夢中な姿をずっと眺めた。
日は沈み始め、子供達は満足げに笑ってリーエンに手を振る。
「リーエンの兄ちゃん、また遊ぼうな!」
「違うよ、お姉ちゃんだよ」
「え? えーっと。じゃあ、リーエン! ありがとう!」
無邪気に笑う子供達はそれぞれリーエンに礼を言って去っていく。
リーエンは両目を見開き、思わず小さく手を振り返していた。
「礼なんて、言われるほどのものなのか」
「こんなことも知らんのか。こりゃ本格的に教えこまねぇとな」
未だ戸惑うリーエンにジークはいつものように眉間にシワを寄せるも、穏やかだった。
「こういうのを積み重ねていくぞ。テメェは国民らしく俺様についてこい」
「……ふん。せいぜい私に愛想を尽かされて寝首をかかれないことだ、王様」
何故か胸の中の憑き物が消えたような気がし、リーエンは無表情ながらもその声色はどこか明るい。
すると、二人の肩に背後からそれぞれ手が置かれた。
そこには、いつもの仏頂面ながらも凍え切った目をしたメリッサと、大粒の涙を浮かべたシャムが立っていた。
「それで、十分サボれたかしら?」
「今月生活費やばいんだよー、私達頑張らないと餓死しちゃうかもなんだよー!」
二人とも口調は違えど本気で店の経営に必死になっている。
これも私の知らない世界の一端か、とリーエンはメリッサとシャムに襟首を掴まれて店に引き戻されつつ、そう思いに耽った。




