亡国の王/虚空の暗殺者《後編》p.11
大量の蔦が縦横無尽に襲いかかるも、リーエンは空間跳躍と黒煙の組み合わせで回避し続けていく。
ライアットは辺りを駆け回るリーエンを眺め、ニヤリと笑う。
「お前達ルオ家もエルランド王家と共に消え去るべき血だ」
ライアットの指示に従い、花型の獣の蔦は幾度となくリーエンを襲い、退路を順当に潰していく。
「ルオ家の狂犬は人を殺しまわって血の雨を降らし、多くの民に恐怖を与え続けた。あの国にいた頃からずっと疑問に思っていたよ、どちらが獣か分かったものじゃない!」
蔦による薙ぎ払いと種子の弾丸、時々蔦にくっついた花が開いて毒の花粉がリーエンの行動範囲を狭めていく。
「あぁ、そうだ……ルオ家は王家の道具だ、殺戮しか知らない呪われた家系だ」
敵の攻撃は徐々にリーエンを捉え、種子の弾丸がリーエンの右足を掠める。
直撃ではなかったものの、右足が血飛沫を上げ、リーエンの機動力が一気に削がれる。
間髪入れずに放たれた種子の弾丸から逃れるため、リーエンはもう一度空間跳躍によって難を逃れる。
「だが……姉さんは違う。あの人はルオ家の血に濡れた呪縛から解放する希望になるはずだった。その希望を破壊した一旦はお前だ!」
リーエンの叫びを押し潰すが如く、空間跳躍で逃れた先から巨大な蔦がリーエンを襲う。
すぐに足を動かそうとしたが、先程の負傷による体がもたつく。
回避が間に合わない!
手詰まりを確信したその時、真上から放たれた爆炎が襲いくる蔦を焼き払い、上から人影が三つ降ってきた。
左手にメリッサが華麗に着地し、右手ではシャムが四肢と首をそれぞれありえない方向に折り曲げて不時着、最後にジークが直立仁王立ちでリーエンの目の前に降り立つ。
ライアットは唾を吐き捨て、現れたジークを警戒する。
「ほう、犬を守りに飼い主が現れたか」
「犬……テメェの目は節穴か?」
腕組みを崩さず、ジークは肩越しにリーエンへ振り返る。
「こいつは、俺様の国民だ」
リーエンは頬についた汗を拭い、立ち上がる。
「何が国民だ、道具の間違いだろう」
「……テメェの姉貴から頼まれた」
「っ!」
「お前に、国民達と同じ世界も見せてやれだとよ」
姉が遺した言葉を知る由もなかったリーエンは息を飲み、ただ立ち尽くす。
だが、戦闘の真っ只中であることは変わらず、蔦の一つから咲いた花から種子の弾丸が放たれる。
「メリッサ!」
ジークが叫び、メリッサが駆ける。
「人を小間使いみたいに呼ばないで!」
『様になってるぜメリッサちゃん!』
左手が邪術の反動で大火傷しているのを放り、メリッサは右手で持ったルーズを撃ち放つ。
種子は次々と撃ち落とされていくが、構わず別の蔦が大きく振りかぶられる。
「シャム!」
「ぶはぁ! 一回死んだよね私!」
先ほどまで床の染みになっていたシャムが吹き返し、五体満足で立ち上がる。
振り落とされる蔦に向かって、シャムは獣の心臓残り七つを呼び出し、落ちてくる蔦に鷲掴みにした心臓を掲げ、握り潰す。
突風が発生し、蔦全体を覆うと、巨大なかまいたちが発生し、蔦を丸ごと両断する。
「おりゃあああ!」
シャムはその勢いのまま、掲げた右手を振り下ろすと、巨大な竜巻はライアットと花型の獣へと落ちていく。
だが、獣はライアットを花の中央へと運ぶと、花びらをシェルターのように閉じ、同時にいくつもの蔦を使ってさらに花全体を包み込む。
完全な防御姿勢に入った花はシャムが叩き落としたかまいたちの竜巻をも防ぎ、蔦を数本切り落とされる程度に止まる。
「あ、ずるい!」
シャムはむくれて地団駄を踏むが、ジークは構わず前に出て足に吊っていた銃を引き抜く。
「頃合いだ」
ガチャリ、とコッキングをする。
体内に溜めていた破壊の邪術を銃へと注入すると、ライトブルーに輝くラインから稲妻のような光が漏れ始め、それは辺り一面を照らす。
『ぐお! なんだありゃ!』
驚くルーズだが、メリッサは巻き込まれないようにジークの後ろへと下がる。
「ジークの破壊の邪術は体内にチャージした分、その破壊力はどこまでも上がっていく。輸送機から降り始めて今まで一切邪術を発動させなかったから、威力は十分のはずよ」
ジークが持っている銃は今にも壊れそうなほど、溢れ出る渦に何度も震え上がり、次第にヒビが入って広がっていく。
「うわわ、まずいってこれ!」
慌てたシャムはメリッサとリーエンの近くに立つと、もう一度“九生魂“を発動し、取り出した獣の心臓を潰す。
リーエン達が乗っていたコンテナがぐにゃりと歪み、まるで粘土を練るかのように形を変形すると、リーエン達を守る鉄の壁が目の前に現れる。
異変に気づいたライアットは花型の獣の花びらを少しだけ開き、こちらの状況を肉眼で確認してきた。
「何をするつもりかは知らんが、お前はここまでだよ王子! 貴様の弱点は既に分かっている!」
すると花型の獣を覆っていた蔦からいくつもの小さな花が咲き、それは花粉を噴出させて広範囲に広がり、リーエン達のいる方向へと飛ばす。
同時に、巨大な花本体が茎を伸ばして起き上がり、四人を見下ろして大きくのけぞる。
「これでしまいだ!」
花が満開に咲き、乗っている輸送船をも破壊するほどの巨大な種子の砲弾と、毒の花粉がリーエン達を襲う。
だが、ジークは一歩も後ろに引くことなく、渦の大量放出により激しく震える銃を両手でしっかり抑え、銃口を花型の獣の頭部にあたる花の中央と、その上に立つライアットへと向ける。
隕石のように落ちてくる種子の砲弾に目標が隠されるも、そんなものはジークの前では些事だ。
そんなことにも気づかず、ライアットは勝利を確信したのか両手を広げて笑う。
「私を国から追放したことを死んでから悔いろ! 私が掲げた理論は正しかった、私の示した力こそが正義――」
「あばよ!」
ライアットのセリフを最後まで聞かず、ジークは引き金を引いた。
限界までチャージされた銃は、それ自体が耐えられる限界を超えた邪術の弾丸を放出させた。
放たれた弾丸は一発。だが半径十メートルにも及ぶ破壊の邪術の衝撃が弾丸の軌道に追従し、触れたもの全てを容赦なく分解していく。
弾丸にまとわりついた破壊の邪術は周りの空間を全て破壊するほどの規模となり、拡散し始めていた花粉すらも分子レベルにまで粉々に破壊していく。
敵が放った種子もまた、ジークが撃った小さな弾丸一発に触れた途端、風船が破裂するように衝撃派と共に破壊され、あっさりと霧散する。
何重もの蔦が慌てて止めに入るも、弾丸に触れることも叶わず、次々と分解され、花びらのシェルターを貫く。
「な、そんな――」
ライアットが何かを言いかけていたが、それを最後まで聞くことはできなかった。
銃弾が花の獣の頭を貫き、空高くまで舞い上がる。
それを追って破壊の大波が押し寄せ、高さ三十メートルはあったはずの花型の獣の巨体が、上半分以上が視認できないレベルまで破壊され尽くし、ライアットごと緑色の粒子まで粉々にし宙へと飛ぶ。
リーエンはその光景を背景に、銃身が完全に破壊された銃を掲げたジークの背中を見つめる。
その背中は一つのケジメを付けた事を、どこか遠くの誰かに伝えているように見えた。




