亡国の王/虚空の暗殺者《後編》p.8
「何してんだあいつら!」
ヴィクセントの怒号が司令室に鳴り響く。
事態の急変に一時は慌てるも、オペレーターが司令室にあるモニターに、リーエンとレイゲートに装備されている網膜カメラの映像を繋げる。
「二人の視界をモニターに映します!」
司令室の中央に設置されたモニターを見て、ヴィクセントは絶句した。
「なんだ……これは」
船内の狭い廊下をリーエンは駆ける。
白く長い廊下はいくつかの曲がり角があり、どこから不意に見回りのマフィアが出てくるか分からない。
右目の邪術を発動させると、リーエンの視界は壁や床を突き抜けて船全体を見渡すことを可能とする。
船の構造と人員配置を把握すると、船の最下部後方にあるエンジンに向けて進行方向を定める。
すると、リーエンが走る廊下に見回りの一人が現れた。
一瞬だけリーエンの姿が敵に捕捉されるが、なんら問題ない。
「ん? なんーー」
敵の遺言を最後まで言わせず、リーエンはすれ違いざまに敵の首をあり得ない方向に回す。
一瞬にして命を絶たれた敵を、すぐさま近くにあった掃除道具の収納棚へと押し込む。
一連の動きを数秒で済ませ、リーエンは走り続ける。
廊下の角を曲がり、出会い頭に直面した新たな敵を懐のナイフで喉を裂き、その血が床に流れる前に、敵の体を右目の邪術で作った小さな異界へと飛ばし、その亡骸を隠す。
廊下を出て、室内から飛び出ると、船の側面に位置する長いバルコニーに到着した。
そこにも見張りが二名いるが、リーエンの足は止まらない。
手に持っていたナイフを、奥にいる敵の脳天へと投げ刺し、近くにいたもう一方の敵の胸ぐらを掴む。
間髪入れず、捕まえた敵を背負い投げの原理で船の外へと投げ捨てる。
「うわぁぁぁ!」
遠くの暗闇へ沈んでいく敵を見送ることもなく、ナイフが刺さって動かなくなった方の敵を掴み、同じように海へと放った。
『おい、リーエン! 応答しろ、おい!』
耳にかけた通信機に先ほどからヴィクセントの声が響くが、それに応じずリーエンは先を急いだ。
ヴィクセントはテーブルに拳を叩きつけ、モニターを睨む。
「ったく、レイゲートの奴、リーエンに何か吹き込んだのか?」
モニターには、レイゲートとリーエン、それぞれの現在地を船の全体図を元に表示されていた。
二人の進行度を一目で見ることが出来るが、恐るべきことに、二人はほぼ同じスピードで船のエンジンへと向かっていた。
それを見てヴィクセントは、リーエンが隠していた実力を見抜けなかったことに歯がみする。
リーエンの野郎、今までサボって加減してたのは知ってたが、あいつの全力がバレッツに匹敵しているだと?
バレッツとは組織に所属するスリンガーの中でトップクラスの実力者だ。
今は潜入工作の任務であり、リーエンが得意とする状況とはいえ、同じく隠密と暗殺に特化したバレッツであるレイゲートとほぼ同じ速度で、敵に一切気づかれることなく圧倒しているのは想定外どころの騒ぎではない。
これが滅んでしまったエルランド王家直属の暗殺部隊元エースの実力ということか。
目の前の事実に感銘しつつも、ヴィクセントは今も上空で待機を続けるスリンガー達へ司令を送る。
『レイゲートとリーエンが先行してしまったが、作戦内容自体は当初の段取りを二人が補っている。不本意だが、強襲部隊は二人が船の駆動系を破壊したのち突入を開始する。準備しろ』
シャムはヴィクセントの指示を聞いて一旦ほっとする。
リーエンが突然レイゲートと突撃をしてしまった時は驚いたが、作戦には支障を及ぼしていないようだ。
自分も強襲部隊と合流するべく席を立った途端、近くにあった補給物資から何やらガサゴソと音がした。
「……ん?」
何事かと思い、シャムがそれに近づくと、補給物資の山に埋もれていた木箱の蓋がバカリと開いた。
「「ブハァ!」」
勢いよく飛び出て息を吐き出したのは、汗だらけのメリッサとジークだった。
「おい、早くどけメリッサ。いい加減この狭い箱にいるのはウンザリだ」
「うるさいわよ筋肉だるま。こっちも好きでこんな物に紛れたくないのよ」
『うおぉぉぉ、やっと外に出れるぜぇ!』
いがみ合いながら出てきた二人と腰に吊られたルーズに驚愕し、シャムはあわあわと口を開閉する。
「ふふ、二人とも、本部の病棟で待機だったんじゃ……」
「あ? 抜け出したに決まってるだろ」
「私はコレの見張りだから任務通りついて来ただけ」
悪びれた様子が一切なく、二人はいそいそと隠れていた箱の中から出てくる。
「えっと、二人とも、まさか……」
箱から出たジークは未だ身体中に包帯を巻いた状態で、すぐに立ちくらみを起こすが、横に立っていたメリッサがそれを嫌々支える。
「作戦は無線で大体聞いた。俺様も強襲部隊に混ざるぞ。こいつは俺の松葉杖だ」
「誰が松葉杖よ、はっ倒すわよ」
『おぉ、今日のメリッサちゃんは荒れてるぜぇ』
二人と銃一丁がガヤガヤと言い合っては茶化し、輸送機の隅が僅かに賑わう。
「うわぁ、なんだかヴィンが可哀想になってきた」
その様子を眺めていたシャムは遠くの地で今も胃を痛めてるであろう上司の気苦労を考えつつも、首を横に振って一旦それを忘れる。
シャムは両手を腰に当て、ジークの前で仁王立ちする。
「ジーク、リーエンがすっごく困ってる顔してたよ。もっとお話し聞いたり助けてあげても良いんじゃないかな?」
「……あぁ、分かってる」
メリッサだけでなく、シャムにもお見通しだったことに流石のジークも諦めて素直にシャムの言葉を受け止める。
「まずはライアットとケリをつける。それからリーエンと話し合う」
ジークは覚悟を決めて前を向き、メリッサとシャムは頷いた。




