亡国の王/虚空の暗殺者《後編》p.6
日が地平線の向こうへと落ちた頃、ライアットは大量のコンテナが輸送船二隻に積まれていく様子を、港で眺めていた。
船は輸送船というだけあって、甲板の八割は平な空間が設けられ、そこにコンテナが次々と積み木のように上へ上へと積まれていく。
焦る気持ちを抑え、作業を眺めていると、「誠意が出るねぇ、ライアットさん」と後ろから声をかけられた。
ウェーブがかった黒髪と複数のピアスをかけた男、ルストがいつものように胡散臭い雰囲気を出しながら現れる。
「ルストか。おかげでスリンガー共に一矢報いることが出来たよ。感謝する」
「ははは、満足いただけたようで何よりだ。とはいえ、あいつらもそう甘くはない。すぐにでもまた仕掛けてくるはずさ。奴らに国外退去を気づかれる前に早く船を出したほうがいい」
ルストはライアットの隣に立ち、大量のコンテナを積んだ船を見上げる。
「あぁ。奴らが先日行った奇襲作戦はこちらにも事前に情報を仕入れて返り討ちにできたとはいえ、それでも被害は甚大だった。すぐにでもここを引き払って別の国で拠点を立てる」
ライアットは冷静に分析し、今後邪魔だてしてくるスリンガー達“組織“への対策を視野に入れている。
「“教団”には引き続き資金提供はするが、こちらの保護と支援は約束してくれるんだな?」
「あぁもちろんだ。“教団“はアーセナルファミリーとはビジネスパートナーとして今後もやっていきたい。俺もこの船に乗せてもらって手伝いくらいはするさ。向こうに着いたらまた色々と支援させてくれ」
ライアットは頷き、輸送作業の指揮へ戻っていく。
遠くなっていくライアットの背中を見送り、ルストは口角を吊り上げる。
「向こうに着けたら、な」
ルストは港の遠くに位置している、一帯の中で一際高い建物の屋上をチラリと見る。
そこには小さな人影がおり、特徴的な深い緑色のロングコートを着たスリンガーの偵察らしき影が見えた。
その影はすぐにその場から立ち去っていく。
「良い感じにあいつらを削ってくれよライアットさん」
ルストは敵の偵察があったことを報告するわけでもなく、暗がりで一人笑う。
輸送機に揺らされ、リーエンとシャムは海洋上空を飛んでいた。
先日アーセナルファミリーへの討伐作戦を行なった港兼倉庫街からはそれほど遠くなく、振り向けば陸地の光がまだ見える距離だった。
輸送機の眼下には大きな船がニ隻浮かんでおり、ゆっくりと航路を進んでいる。
リーエンが乗っているヘリにはおおよそ三十名の組織の団員が乗っており、隅には予備の団服や武器が保管されている補給物資の山が置かれている。
座席が一列に並んでいるなか、リーエンはその隅に一人座る。
ここ数日の出来事はリーエンを大いに苦しませ、悩ませている。
思い浮かぶのは、獣の触手に貫かれたジークの背中。
『テメェには普通の生活をする選択肢もある』
次に、何度も夢で見た姉の笑顔。
『私は戦場であの人の傍にいられないから、貴方が支えてあげてね』
どいつもこいつも、どうして殺ししか知らない私に、殺し以外を求めるんだ。
追い討ちをかけるように、脳裏に先日のライアットの憎たらしいまでの笑みがよぎる。
『そうだよ王子! クーデターの指揮者に依頼されて獣を用意したのは私だ! 何が最強の武力と責務を持った国だ。私が計画していた獣の軍隊になす術もなく滅んでいるではないか!』
あぁ、単純明快な答えがあるじゃないか。
一つの解に気づいたリーエンは、次にレイゲートの言葉を思い出す。
『君は本来、獣を狩るのではなく人を狩る側の人間だ。滅んでしまった国の王に仕えるべきかを悩むより、今までやってきた事を続けるのがよりシンプルじゃないかい?』
結局、どこへ行ってもやることは同じか。
顔を片手で覆い、自然と枯れた笑いが込み上げてくる。
すると、するりと誰かが隣に座る音がし、リーエンは指の間から横をチラリと見る。
そこにはシャムが、ムー、と腕を組んでリーエンの顔を覗き込もうとしていた。
「……なんだ?」
「うーん、なんていうか、リーエンてメリッサ以上に無口だからいつも何考えてるのか分からなかったんだけど、今回の任務で色々分かってきたなーって」
「どういう意味だ?」
「迷子なんだよね。どうして生きてるのかが分からない、みたいな」
シャムの言葉がリーエンの胸に深く突き刺さる。
確信を突かれ、言葉に詰まっていると、シャムはリーエンの頬を両手で包む。
「んむ」
リーエンの頬をぷにぷにと両手で弄びながら、シャムは笑みを浮かべた。
「私もなんで生かされてるのか分かんない時があったけど、組織に拾われてからはちょっとは自分を取り戻せたんだ。リーエンもちょっと前の私と似てると思ったから、助けになりたくて」
一瞬だけリーエンの瞳が揺れ、視界がブレる。
「たぶん、ジークと昔何かあったんだよね? だからたまにジークに怖い顔してるんだよね?」
シャムもリーエンがジークに向けていた殺気に気付いていたのか、これでは暗殺者失格だな。
リーエンはシャムの両手から暖かさを肌で感じるが、それをそっと両手で剥がす。
「……すまない。こういう踏み込んだ話しを、人としたことが無いんだ。どう話たら良いかわからないから、放っておいてくれないか」
「よし、今度ジークといっぱい話しをしよう! リーエンが困ってるのに、ジークてば知らんぷりばっかりして、こんなんじゃリーエンが可哀想だよ。もっと話をしろー、て私が言ってあげる!」
ふん、と二の腕に力こぶを作り、シャムはリーエンを励まそうとする。
これ以上私を惑わさないでくれ。
どういう顔をすれば良いか分からず、リーエンは視線を泳がしていると、ピピ、といつもの無機質な機械音が団員全員の無線から鳴る。
『もう少しで作戦決行時間だ。それぞれ、配置につけ』
ヴィクセントの命が入り、全員が慌ただしく移動を始める。
リーエンはシャムに「もう行く」とだけ言い残し、今回配備された先行部隊の隊列へ加わる。




