亡国の王/虚空の暗殺者《後編》p.5
じんわりと頬を伝う気持ちの悪い汗に再び目を覚まし、ジークは瞼を開く。
夕立の光に照らされた病室はオレンジ色に染まり、もうすぐ夜が訪れることを告げる。
ジークはベッドの隣の棚に置かれた時計に視線を移す。
前回の作戦からほぼニ日。組織はおそらく体制を整え直してアーセナルファミリーの追撃任務を今夜にでも移すはず。
ジークはブランケットを雑に払いのけ、ベッドから降りようとすると、全身に激痛が走る。
「ぐぅ!」
体は床に転がり、巻かれた包帯には血が滲んでいく。
「身体中穴だらけのくせに、何してるのよ」
不意にジークへ声がかけられる。
重い頭を上げると、そこにはメリッサが壁に体を預けて立っていた。
「テメェ、いつからいやがった」
「ここ数時間。なんで私が貴方の見張りなんかしないといけないんだか」
「たく、どいつもこいつも、王である俺様に好き放題言いやがって。ちっとは敬意でも払え」
重い体を引きずり、ジークはベッドに座り直す。
「リーエンはともかく、なんでテメェも俺様に噛み付いてきやがる」
「はぁ? 心当たり無いわけ?」
「無いから言ってんだろ」
「訓練場で初て会った時よ」
そう言われ、ふとジークの脳裏に、メリッサと初対面の一幕が思い出される。
「ほう、テメェが喋る銃とやらを使ってる奴か」
「……何よ?」
とある森林地帯の訓練場にて、メリッサとジークは初めて対面した。
射撃訓練場に並ぶ獣を模した的を横目に、横暴な態度をした大柄なジークを前にしても、メリッサは一切臆せず睨み返す。
ジークは値踏みでもするようにメリッサを足から頭の先までジロリと見ると、ふんと鼻息を一つつく。
「見てくれは悪くねぇが愛想がねぇな。今夜俺様の部屋に来い、俺様の子でも孕めば女磨きの足しになるだろ」
瞬間、メリッサの瞳からただでさえ無い光が消え失せ、ホルスターから銃を抜き取ってジークに突きつける。
「死になさい」
「ア?」
その日訓練場で爆炎と破壊の邪術が横行し、施設が半壊したことは組織の中でも有名な珍事になったことは言うまでもない。
「くだらん。生娘じゃあるまいし、そんなので頭に血を登らせてんじゃねぇよ」
「今すぐ体の風穴を増やして上げましょうか」
昔話の花は咲かず、なんならあの日の再現でもするか、と二人の間で緊張が走るが、ジークは「どうでもいい」と呟き、まだ体についていた点滴を取ろうとする。
「どこに行く気?」
「アーセナルファミリーへの追撃、今夜にでもやるんだろ。ライアットへの落とし前は、俺様がつける」
最後の点滴を抜き取るも、ジークは頭がくらみ、思わず己の手を頭に当てる。
その間、メリッサは腕を組んでその様子を黙って眺めていた。
「なんだ、止める気か?」
睨み返すジークに答えず、メリッサは代わりに己の傍に置いていた袋を放る。
それはジークの目の前に落ち、袋の口から中身が少し見えた。
「これは……」
それを手に取ったジークはマジマジと袋の中身を眺める。
いつも身にまとっている団服だ。
「さっさと着替えなさい。早くここを出ないと作戦に間に合わないわよ」
「何のつもりだ?」
意外な返答に困惑しつつ尋ねると、メリッサは気怠げに首を傾げる。
「べつに。貴方の子守りのために任務から外されたのが気に食わないだけよ。それと、早くリーエンとの仲を改善しなさい。貴方達二人がピリつく度に、見てるこっちも気が滅入いるの」
時折リーエンがジークへ出していた殺気に気付いていたのか。
ジークはバツが悪そうに頭をかき、メリッサから視線を逸らしてしまう。
「もう少しあの子と話しをしても良いんじゃない」
「やっぱりテメェのクールぶった演技、気に食わねぇな。だが……恩に着る」
ジークは袋から団服を抜き取り、それを持って立ち上がる。
が、体は未だ重傷を受けた直後と変わりなく、煮えたぎるほどの痛みが全身をまたしても硬直させ、ジークは危うく気絶しかけた。
「っ!……おいメリッサ、褒美をくれてやる。俺様の着替えを手伝え」
「ふざけないで。五分で支度しなさい。出来なきゃ置いていくわ」
ゴミを見るような目でジークを睨んだのち、メリッサは病室を後にした。
「本当に可愛げのねぇ女だ」




