亡国の王/虚空の暗殺者《後編》p.1
心電図の音が無機質に鳴る。
冷たい機械は、風前の灯である男が死へ抗う様を淡々と報告し続けた。
ライオンのような金色の立て髪は己が血で赤く染まり、筋骨隆々の体は獣の触手と何発もの弾丸によって風穴を開けられていた。
男、ジークを囲い、何名もの医師が次々と処置を施していく。
その様子を、メリッサ、シャム、リーエンはガラスの壁越しに眺めていた。
メリッサはジークが手術を受けている様子を見つつも、隣に立つリーエンが気がかりだった。
リーエンは拳をガラスに叩きつけ、先ほどから顔を俯むかせている。
シャムもメリッサと同じ心境の様子で、時折リーエンの顔を除いて「大丈夫?」と彼女なりに気を遣っている。
いつもの寡黙で何を考えているか分からないリーエンだが、流石のメリッサも気を配るほどに様子が違っていた。
「あいつは……こんな事をする奴じゃない。そんなはずない」
苛立ちがこもった声を漏らし、リーエンは床を睨み続ける。
その感情の矛先はジークに対してなのか、それとも別の誰かなのかはメリッサにも分からない。
簡素な机以外には酒瓶が置いている執務室に、部屋の主人であるヴィクセントが椅子にどっかりと座り、対面にはレイゲートが立っていた。
ヴィクセントはいつものズボラな態度を出さず、目の前のレイゲートを真っ正面に睨む。
「それで、説明してくれるんだろうな?」
ヴィクセントはサングラスの奥から鋭い眼光をレイゲートに向けるが、対面する本人はフルフェイスマスクで顔は見せず、どんな表情をしているのか伺えない。
レイゲートは事も無げに肩をすくめる。
「最初に報告した通りだ副団長殿。アーセナルファミリーの討伐作戦は囮。本命は組織に潜んでいる裏切り者の炙り出しだ。ファミリー討伐作戦が漏れている可能性は高く、裏切りの疑いのある者を作戦地域中央に配置。ファミリー側は予想通り施設内に侵入してきた者を罠にはめ込む。施設に突撃しなかった者が裏切り者、突撃していった者が白と判断した」
すると、ヴィクセントは片足を机に叩き落とし、憤怒の視線をレイゲートに投げる。
「それで、死傷者が出ている事については、どう落とし前をつける気だ?」
「何を言っているんだ。裏切り者は炙り出して一網打尽にして牢に叩き込む事ができた。少数の犠牲を払うことで将来的に被る被害の数を減らすことに成功したと思っていい」
事実、今回の討伐作戦はアーセナルファミリー側に人員配置と作戦時の配置が全て漏れており、作戦が開始されて早々、組織側が奇襲するはずが逆に痛烈なまでの反撃を喰らった。
現場が混乱した直後、レイゲートが単騎で作戦区域内に突撃し、敵の反撃を免れていたスリンガー達、つまりは情報を漏洩していた離反者を一掃、一部を生捕にした。
犠牲ありきの行動もそうだが、ヴィクセントは納得のいかない疑問をレイゲートに投げる。
「なら俺が直接管轄しているメリッサとシャムを敵施設に突撃させたのはどういう領分だ?」
「彼女らを疑うのは自然だと思うがね。シャムのお嬢さんは獣の因子を保有している“機関”の元被験者、もう片方のメリッサは組織に入るまでの経歴の一切が組織により抹消され、私ですら把握することを許されない。不確定要素を放置するほど、私の度量は大きくないさ」
「フザけてんじゃねぇぞレイゲート。こんなやり方を組織は望んじゃいねぇ」
「そちらこそ忘れないで欲しいな副団長。私はバレッツであり、リーパーでもある。裏切り者を狩るために味方すらも騙すのが私の任務だ」
話はどこまでも平行線になるのは明白。
苛立ちを隠せないヴィクセントは机の引き出しから何かを取り出すと、それをレイゲートに放る。
投げられた物体を片手で掴んだレイゲートはそれに目を落とす。
「これは、首輪かな?」
「あぁ。そいつには位置の探知機能と小型の爆弾が積み込まれている」
「ほう、意に沿わなければ私の頭を吹き飛ばしてくれると」
「テメェの任務が裏切り者を引っ捕える事であるなら、俺は組織の団員達を守ることを団長に任されている」
「おいおい、私もその団員の一人のはずなんだけどな」
「つまみ出しも処分も今回はしない、だがこの首輪はつけてもらう。これが俺の最大限の譲歩だ」
レイゲートはやれやれと首を横に振りつつ、渡された首輪を大人しく己に巻いた。
かちゃり、と金属同士が繋がる音が響き、レイゲートに装着された首輪が小さく発光し、起動された事を告げる。
「レイゲート、アーセナルファミリーの討伐作戦指揮は俺が引き継ぐ。お前は大人しく俺の命令に従って作戦に参加しろ。お前を作戦から外したいのは山々だが、組織は今も人手不足だ。次の作戦にはリーパーとしてではなく、バレッツとして戦力に加われ」
勤めて冷静に対応するヴィクセントに、レイゲートは静かに首を縦に振った。
「了解。減らしてしまった分の戦力は私で補おう」
己の命を握られているというにも関わらず、レイゲートは変わらず冷静に振るまい、執務室を後にする。




