亡国の王/虚空の暗殺者《前編》p.11
衝撃は粉塵を空高く巻き上げ、ジークは足を踏ん張り、揺らぐ地面の上でバランスを保つ。
リーエンが立っていた場所には蔓が叩き落とされ、土煙でリーエンの安否を確認することを許さない。
「おいリーエン、無事か!」
『うるさい、お前の声で鼓膜を破りたくない。あんな攻撃、"跳んで"回避した』
相変わらずの皮肉を返され、一旦の無事を確認したジークはライアットに警戒を向ける。
ライアットはリーエンを気にする様子もなく、ジークを睨み返してきた。
「さて、どこから話そうか、王子。私のことは調べ上げているだろうが、二十年以上前の経歴は調べきれていないのではないかな?」
「……」
「それもそうだろう。その期間、私はエルランド王国の国民だったからなぁ」
ライアットの証言にジークは眉をひそめるが、ライアットは構わず続ける。
「私は軍の研究員の一人として、王国繁栄のために、獣の殲滅ではなく軍事への転用を何度も王政に提案していたさ。だがその結果どうだ。当時の王である貴方の父君は私の提案を却下するどころか危険思想と揶揄して国から追い出した」
話している間にも、ライアットが乗っている巨大な花型の獣はその蔦を伸ばし、ジークとその周辺を囲んでいく。
そんな小細工にいちいち反応する気はない。
ジークはふん、と鼻息一つ吹き、ライアットを嘲笑う。
「は、親父も良い判断下してんじゃねぇか。力を誇示して無差別に人間を獣に変える商売してるテメェが王国にいて良いはずがねぇ」
くだらない、とジークが一蹴すると、それを薙ぎ払わんと巨大な蔓が振われる。
五メートルほどの面で襲ってくるそれを、跳んで回避できるはずがない。
だが、ジークは真上から降ってきたそれを、煩わしそうに右腕で払う。
すると、手が蔓の表面と接触した瞬間、風船が弾けるように蔓が音もなく四散する。
ジークの破壊の邪術は、触れた対象を分子レベルへと容赦なく分解させる最強の能力を有している。
それはどんな生物、無機物、邪術ですら分解し、巨大な獣の体の一部ですら例外ではない。
千切れた蔓は勢いに乗ったまま遠くへ飛ばされ、倉庫の一つに激突して倒壊へと導く。
「エルランドは最強の武力と共に相応の義務を背負うことを鉄則としている。テメェにその器はねぇし、誓いもとうの昔に破ってる」
そう言い切るが、ライアットは動じるわけでもなく、むしろ楽しそうに笑う。
「最強の武力……くっ……は、はは、ハハハ! その結果がどうだ! 獣の群れに襲われたあの国は滅びた!」
畳みかける用に数えきれないほどの蔓がジークへと振るわれる。
だがジークはただその場に立つだけで一切動かない。
大量の蔓はジークに触れる度に破裂するが、すぐに破れた部分から再生を始め、再び攻撃へと転じていく。
「疑問に思っていたはずだジーク王子。王国が滅んだクーデターの日、あの時に大量発生した獣は、国民がクーデター実行犯に獣へと変えられたからと言われていたが、明らかに数が王国の人口を上回っていた。なら外から獣を大量に送りつけた何者かがいるはずだと」
「……テメェ」
「そうだよ王子! クーデターの指揮者に依頼されて獣を用意したのは私だ! 何が最強の武力と責務を持った国だ。私が計画していた獣の軍隊になす術もなく滅んでいるではないか!」
花型の獣は蔓の先につぼみを生やし、それを開花させると同時、岩のように硬い種を打ち出す。
ジークは再び腕を振るってそれを薙ぎ払う。
ドクン、とリーエンは己の心臓が強く脈打つのを感じた。
ライアットがクーデターに加担していた?
初めて知った事実を前に、リーエンは一つの結論に到った。
それでは、あいつは姉さんの仇の一人ではないか。
今日は頭に血が上る出来事が多い日だったが、どうやらそれを晴らす機会も用意してくれたらしい。
巨大な植物型の獣が振り落とした茎によってジークとは分断され、ライアットの視線もリーエンを捉えていない。
右目の邪眼を開き、目の前の空間を凝視する。
すると、人一人分が入れる黒い空間が現れ、リーエンがそこに飛び込むと、その身体をどこかへと飛ばしていった。
巨大な植物型の獣が放つ巨大な種子の砲弾を、ジークは迎撃し続ける。
獣の攻撃がジークに一切通じていないのは明らかだが、ライアットに焦りや憤りの気配はない。
ジークは敵の攻撃を破壊していく一方で、反撃に出ることを控える。
あいつの周りに咲いている花がきな臭ぇ。
視界の先にいるライアットは、変わらず花型の獣の蔓に乗り、その周りには数種の花が咲いている。
「このまま日が暮れるまでやりあうか王子!」
高笑いをあげるライアットを見上げていると、ふとその背後の空間が歪んでいるのにきづく。
すると、その空間がばっくりと二つに割れると、中からリーエンが飛び出す。
あれはリーエンの空間跳躍。
ジークが声を上げる前に、ライアットの背後を取ったリーエンは左手に持ったナイフを振り上げる。
「待て、リーエン!」
「そこの腑抜けの代わりを私が務めさせてもらおう」
リーエンの声に気づき、ライアットが振り向き、ナイフが振るわれる。




