亡国の王/虚空の暗殺者《前編》p.10
「……メリッサとシャムが応答しない」
耳にかけていた無線から手を離し、リーエンは目の前の状況に焦りを感じる。
倉庫街の中心部は爆発によりほぼ倒壊しており、それを合図だったのか、無事だった倉庫から大量の獣が溢れ出していた。
身体中を植物のような蔦で包みこみ、頭を中心に大きな花弁を生やしたそれはまるで人間サイズの歩く花のようだった。
花型の獣は爆発から免れた団員達を相手取っているが、こちらの圧倒的数の不利が見て取れる。
団員達は各々が持っている武器を駆使して応戦しているが、倉庫の中から次々と獣が現れる。
獣達はリーエンの姿を捉えると、身体に巻き付いていた蔦を鞭のように飛ばす。
すぐに銃撃で撃ち落とそうと構えるが、ジークが間に割って入り、腕を振るうと襲ってきた蔦がガラスのように割れ、弾けた。
「お前は周辺の状況把握に努めろ」
「……了解」
さきほどのジークとの会話から未だ苛立ちが収まらない。
ジークの命令を聞くのは正直不快だが、状況が状況だ。
リーエンは体内を巡る“渦”を右目へと集中させ、邪術を起動させる。
右目が赤く染まり、リーエンの視界が拡張する。
リーエンの邪術、邪ノ眼は特殊な効果をいくつも秘めているが、その中の一つに障害物を無視して透視する効果と、遠くの位置を拡大レンズのように見る遠視ができる。
本来一人一種しか持てないはずの邪術を、二種同時に併用し、リーエンは倉庫街一帯の状況を視認する。
「団員のほとんどが倉庫街中央の爆発に巻き込まれてほぼ機能していない。遠くに配置されて無事だった団員は出現した獣の対応に手一杯の状態だ」
「レイゲートのやつは何をしてやがる。仮にもバレッツならこの状況もひっくり返せるだろ」
ジークはリーエンに接近してくる獣の群れを素手で叩き伏せ、動けなくなったところを銃弾で確実にとどめを刺していく。
リーエンはジークの疑問に同意し、周囲の観測に勤しむ。
「捕捉した。……っ! どうなっている」
リーエンが捕らえた光景には、無事だったメリッサとシャムが、銃口を向けてくるレイゲートと対峙している様子だった。
「上だ!」
ジークの警告が、リーエンの思考を遮る。
リーエンはすぐにその場から横へと飛び、地面を転がった。
すると、一瞬前までリーエンが立っていた場所に、岩のような物体が落下。
衝撃は地面すら揺らし、リーエンはすぐに体制を整えるも思わず片膝をつく。
岩が降ってきたと思ったソレは、人よりも倍は大きい巨大な種だった。
「これはお久しぶりです、王子。大したおもてなしが出来ず失礼いたします」
突然二人の元に声が降り、リーエンは声がした近くの倉庫の屋根へ目を向ける。
そこには白いスーツを着た男が一人立っていた。
間違いない、ターゲットであるアーセナルファミリーのボス、ライアットだ。
「ア? どこかで会ったか?」
「はは、流石に覚えてはいないか。王子は当時まだ幼かった上に、俺を追い出したのは国王だったからなぁ」
怪訝な顔をするジークにライアットは楽しげにクックック、と喉を鳴らす。
いちいちお喋りに付き合う義理はない。
リーエンはすぐに腰から抜き取った銃をライアットに向け、発砲。
だが、弾丸はライアットが立っている建物の屋根を突き破ってきた蔓によって叩き落とされる。
「おいおい、私は王子に話しているんだ。お前じゃない」
ライアットは一瞬だけリーエンに視線を配らせ『あいつをやれ』と短く発する。
途端、ライアットが立っていた建物が大きく揺れ、屋根や壁を巨大な蔓が次々と突き破っていく。
「っ! ……あれも獣なのか」
いつも冷静沈着なリーエンも、流石に驚きを隠せないでいた。
ライアットが近くの蔓に飛び移ると倉庫は崩壊し、それとほぼ同じサイズの獣が現れる。
その獣はまさしく大木のような茎に支えられた巨大な赤い花だった。
巨大花型の獣は人間の数倍はあるサイズの蔓をリーエン目掛けて振るう。
大型トラックとほぼ同じ太さの蔓から走って回避するのは不可能。
右目を大きく開いたリーエンを押し潰すべく、巨大な蔓はその空間ごと圧殺する。




