亡国の王/虚空の暗殺者《前編》p.5
突然現れたその人物は声を聞く限り男だと推測出来る。
推測、というのも、男は顔を真っ黒なフルフェイスヘルメットで覆っており、顔の一切を見ることが出来ない。
男はリーエン達スリンガーが任務を遂行する際に着用している団服を身に纏っており、深い緑色のロングコートとフルフェイスのヘルメットも相まって怪しさが際立つ。
「……気配を殺して後ろに立たれたんだ。文句を言われる筋合いはない」
見たところ同じ組織に所属する者だと認識するリーエンだが、警戒は解かない。
袖の陰に忍ばせた小型のナイフをいつでも投げられるように、片手を背中に回して男の視線から隠して武器を取り出しておく。
「お前は昨日の倉庫街で私を見ていたな」
「ほう、気づいていたのか。ますます良い」
男はマスクの裏で笑顔にでもなっているのか、僅かに肩を揺らしている。
リーエンは男と会話しつつも辺りの気配を探るが、目の前の男一人でここに現れたようだった。
男は投げられたナイフを脇へと放る。
「私の名はレイゲート。君と同じ組織に所属しているスリンガーだ、どうか警戒を解いて欲しい」
「ならその仮面を取ってみたらどうだ? 獣共とお揃いの風穴を空けてやろう」
油断を一切見せず、レイゲートとの距離を保つ。
するとレイゲートは無言で頷き、懐に手を伸ばす。
武器を抜く気か、とリーエンは身構えるが、レイゲートは「まぁ待て」とボヤいて懐から小さな四角い端末を取り出す。
「君と、下にいるメンバー達とで、他チームと共同で任務に就いて欲しい。作戦内容を渡すために私は来ただけだよ」
「何? ヴィンからそんな話は聞いていない。そもそも作戦への参加要請が出来るのは本部からの指令かバレッツのみだろう」
「分からないか。私もバレッツの一人だよ」
レイゲートの一言で、リーエンはほんの一瞬だけ驚きの表情を浮かべる。
バレッツはスリンガーの中でもトップの実力者にのみ与えられる称号だ。
世界中に散らばっているバレッツを集めても三十人に満たない。
バレッツの簡単なプロファイルは組織に所属している者全員に共有されるのが基本だ。
しかし、リーエンは目の前の男についての記録を見た覚えはない。
「ますますその仮面が邪魔だな。私が知る限りお前のような容姿と名前がバレッツのプロファイルに載っていた記憶はない」
「それもそうだろう。私はバレッツでもあり、リーパーの役も兼任している」
「リーパー?」
レイゲートは持っている端末をゆっくりと屋根の上に置き、肩をすくめる。
「噂くらいは聞いたことはないか? 我々組織は決して一枚岩ではない。組織を裏切る者だっている。その裏切り者や、獣に落ちてしまった者を始末するのが私達リーパーの役目だ」
リーエンは一瞬だけ顔を曇らせる。
どこへ行っても、そういった役目を負う者がいるのか。
リーエンの胸中を知るはずもなく、レイゲートは己の仮面にそっと触れて話しを続ける。
「私の役目と顔が一致すると、背中を刺されかねない。それで顔は隠している。私が言っていることの真偽はヴィクセントにでも聞いてくれれば良い」
レイゲートはゆっくりとリーエンの元へと歩き出す。
「ここまで話せば、なぜ私が君にだけこっそり話しかけているか分かるだろう、リーエン? 任務の依頼はついでだ。私は君に非常に興味がある」
レイゲートはリーエンを迎えるように両手を広げる。
「獣によって滅んだエルランド王国の生き残り、王家暗殺部隊の元エース。リーエン、君ほどリーパーの適正を持った者はいないんだよ」
「諦めろ、興味はない」
「どうかな」
一歩も引かないレイゲートは仮面の奥で笑顔を浮かべているのか、声はどこか明るい。
「君の経歴は既に掴んでいる。君は殺し以外の生き方を知らない」
「……」
「君は本来、獣を狩るのではなく人を狩る側の人間だ。滅んでしまった国の王に仕えるべきかを悩むより、今までやってきた事を続けるのがよりシンプルじゃないかい?」
知った風な口を効くレイゲートに苛立ちを覚えるが、反論できない自分自身にリーエンは内心戸惑いを浮かべる。
レイゲートは右手に握っていた端末を屋根に置くと、くるりとリーエンに背を向けた。
「ゆっくり考えてくれ。私はいつでも君をリーパーに歓迎する。まずは次の任務で会おう」
満足げに言い残し、レイゲートは去って行く。
リーエンは一人屋根の上に立ち、レイゲートが残した端末を忌々しく見下ろす。




