亡国の王/虚空の暗殺者《前編》p.3
気がついた時には、白い壁と天井に囲われた部屋に横たわっていた。
体中を包帯で巻かれ、ほぼ動けない状態のリーエンは、欠損していたはずの右目の視界が戻っていることに気づいた。
「ここ……は?」
まだ身体中が痛みで悲鳴を上げている、だがその現象こそリーエンに矛盾を知らせる。
四肢はもがれ、内臓器官の大半を失い、五感のほとんどが機能していなかったはずだ。
「どうなっている……」
意識がまだ朦朧としていると、ふと隣に人の気配を感じた。
「目が覚めたか」
声が降ってくる。
リーエンが寝ている横で、ジークが椅子に座っていた。
いつも身に纏っていた王族の服装ではなく、深い緑色のロングコートに袖を通している。
あれは確か、“組織”とやらに所属する者が着用している団服。
いや、そんなことはどうでもいい。
頭を振って余計な思考を寸断する。
「王子! エルランドは……姉はどこに!」
いつもの冷静さなどなく、リーエンは無礼も構わずジークへ体を乗り出す。
しかし、ジークはその非礼を咎めるわけでもなく、険しい顔をしてリーエンを見つめる。
すると、リーエンを背後から引き止める者の手が伸びる。
取り乱していたからか、白衣を着た医者に気付くのが遅れた。
年老いた医者はリーエンの肩を掴む。
「落ち着きなさい。まだ体は万全に安定していないんだ」
「安定?」
そう言われ、リーエンは己の体を見下ろす。
両手両足は包帯で巻かれた状態だが、それぞれの感覚は僅かにある。
だが、妙な違和感を禁じえなかった。
体の細胞が己に訴えかけてくる。“これは私の体ではない”
手足だけではない。
体内に流れる血も、それを巡らせる内臓器官全てから違和感を感じ、一種の嫌悪感に襲われる。
リーエンが抱いた懸念に気づいた医者は、何処か申し訳なさそうに顔を伏せる。
「落ち着いて聞いてほしい。君はここ一ヶ月気を失っていた」
一ヶ月……
想像以上に時間が経過していたことに、リーエンは驚くも、思考が追いつかない。
「君はエルランドのクーデターの日、死の際に立たされていた。あの場で早急な手術が必要になり、私が施術した」
淡々と医者が説明するが、リーエンはなぜかその話の続きを聞きたくなかった。
「時間も、環境も整っていない中で、君の命を繋ぎ止めるのに、多くの血液と移植に使える新鮮な臓器が必要だった」
これ以上何も言うな。
すぐにでも医者の口を塞ぎたいが、体が思うように動かず、リーエンはただ首を横に振ることしか出来ない。
「両手両足、内臓九箇所、眼球と三半規管の手術だ。あんな悲惨な現場の中で、人道を守りながらやれる事はほぼなかった」
震える唇をどうにか動かし、リーエンは脳裏に浮かぶ嫌な予感を言葉へ変換する。
「あの場で死んだ、国民の体を使って、私に移植したのか」
医者は黙して頭を縦に振る。
あまりの出来事の連続に今にも卒倒しそうだが、まだ聞かなければならない事がある。
リーエンは視線をもう一度ジークへ戻す。
「……もう一度聞きます。国は、姉さんはどうなったんですか?」
一貫して沈黙を保っていたジークは、ゆっくりと口を開く。
「国は、滅んだ。国を守るために戦った者も、王家に仕えた者も、国民も、全員クーデターと獣の群れに飲まれた」
「姉さんは……あの時、まだ息はあった。重症だった私が生き残っている、それじゃあ姉さんは……」
「死んだ。お前かあいつ、どちらを生かすか、選ぶ必要があった」
ギッ、と歯の奥を噛み、リーエンはまだ自由に動かせないはずの右腕を無理矢理に動かし、ジークの胸ぐらを掴む。
「なぜだ! 姉を助けてくれと、頼んだ! 姉は貴方の婚約者だろ!」
他人の肉体で縫合されたばかりの体が悲鳴をあげる。
だがリーエンは構わずジークの胸板へ拳を振り下ろす。
拳を振るう度に、意識は遠のいていく。
体力はあっという間に尽き、起こしていた上半身がベッドへ沈む。
ジークはそんなリーエンを見下ろす。
「お前を生かしたのは、俺様のエゴだ」
今すぐにでもこの男を殴り倒したい。
だが、体の力は意識とともに抜けていく。
「ふざ、けるな……」
意識はまたしても微睡へと溶けていく。
だが、そんな一幕も過去の出来事であることはリーエンは知っていた。




