亡国の王/虚空の暗殺者《前編》p.2
黒煙が天へと昇り、辺りの建物は崩れ、炎があちこちに広がっている。
被害に反して人々の声は一切なく、炎に焙られる物音以外は静寂が保たれる。
それもそのはず、被害区域全体に、おびただしいまでの死体が転がっていた。
老若男女関係なく横たわり、ある者は身体を裂かれ、ある者は頭を潰され、ある者は全身を焼き焦がされていた。
辺りに転がる死体は人間だけでなく、獣の亡骸も存在していた。
それらも体を裂かれ、血の海を作り、人間との壮絶な戦いの後を匂わせる。
目を背けたくなる光景を飾るように、炎は空を赤色に染め上げて災厄の悲惨さを助長した。
地獄絵図の中心に、リーエンも同じように倒れていた。
四肢はそれぞれ折られ、潰され、裂かれ、引きちぎられ、腹は食い破られ、片目は潰されていた。
もはや身動きなど取れるはずもなく、無傷だった左目だけは動かせるも、虫の息であるリーエンの視界はボヤけている。
呼吸すら困難な状態で、リーエンは必死に肺を動かすが、死の訪れは近く、身体から徐々に力が抜けていく。
リーエンは左目をどうにか動かし、隣に倒れる女性を見た。
女性も深手を負い、真っ白だったはずのドレスは真っ赤に染まっている。
だが、胸の辺りが僅かに上下しており、彼女の生存を示す。
死体の山で生き残ったのは二人だけだが、その命も死の淵に立たされている。
リーエンは片耳を失いながらも、無事だったもう片方の耳を澄ませると、遠くから僅かに足音が聞こえてきた。
「シュイ! リーエン!」
男の声がリーエンのすぐ近くで響く。
金色の髪をライオンの鬣のように立たせ、筋骨隆々の身体を王族の衣装が包む。
しかし、そんな豪華な衣装も所々が破れ、男の体のあちこちに傷が見受けられるが、男はそんなことを気にも留めず、リーエンと、隣に倒れる女性シュイの間に立ってかがむ。
リーエンは男へ手を伸ばそうとするも、両腕ともにすり潰され引きちぎられた後だったことを思い出し、目線だけを投げる。
「っ……ジーク、王子」
僅かに声を上げると、男、ジークがリーエンの顔を覗き込む。
「命令だ、意識を保てリーエン! 救援がすぐに来る!」
ジークは必死の形相でリーエンに訴えるが、リーエンの意識は既に落ちかけていた。
リーエンは体内から込み上げてくる血を静かに吐き出しながら、隣に倒れているシュイを眺める。
「お願いします……どうか、姉を助けてください」
薄れ行く意識の中、リーエンは心の底から出た願いをジークに託す。
ジークが何かを叫んでいるが、リーエンの耳にはもはや届いておらず、意識は闇の中へと沈んでいった。




