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小娘に追いかけられる俺だが2

 

「改めまして、ハビアル公立騎士学園剣術科4年生になるコルネです。リトとは級友で、何年も寝食を共にした仲です。よろしくお願いいたします!」

「言い方!寝食は違う。師匠、寮は男女別だったんです」


 朝食とメディアレナを前に、コルネが折り目正しく挨拶をするが、いちいち話を拗らすんじゃない!


「剣術科かあ、将来は騎士になるの?」

「はい!まだまだ女性騎士は少ないので、目一杯活躍して女性騎士の地位向上に繋げたいと思います!」

「カッコいいわね、応援するわ」

「ありがとうございます!」


 全く気にしていない様子のメディアレナが、片手に持ったコーヒーのマグカップを掲げると、コルネがオレンジジュースのグラスをそれに軽く打ち付けた。

 なに二人で打ち解けてるんだ。


 入学して出会ったこの小娘は、俺のどこが気に入ったのか鬱陶しいほどに付いて回って来るので、俺は小娘を撒くために足の速さにも自信がついたものだ。


「用がないなら帰れよ。春休みなのにこんな所まで来て、親元に帰らなくていいのか?」

「いいの、それより大事な用があって来たんだから」


 メディアレナの隣にわざと座り、目玉焼きを食べながら俺が冷たくあしらうと、コルネがリュックから手紙らしいものを取り出した。

 それを俺にではなく、メディアレナに差し出す。


「なあに?」

「学長から預かって来たんです」


 不思議そうな顔をして手紙を開いた彼女だったが、読み進める内に真剣な表情に変わる。


「…………リトは、本当に優秀だったのね」


 そう言いながら俺に手紙を渡すので、嫌な予感がして文字を追う。


 あろうことかハビアル国の騎士のトップである王立騎士団団長からの手紙だった。

『剣術で優秀な成績を修めて学園を卒業したエリオット殿、貴殿の能力を高く買い、騎士見習いとして直ぐにでも受け入れる準備がある。良い返事を待っているので、速やかに回答されたし』

 などと書かれている。


「一度お断りしたはずです」


 手紙を畳むとコルネに突き返したが、受け取ろうとしないのでテーブルの隅に置く。


「なんで?こんなに良い話なかなか無いよ?」


 学園の特性ゆえ、騎士団長と学長は懇意にしているので、学園の成績優秀者なんかの情報は渡りやすい。

 卒業試験にも合格し学園を離れる前にも、学長から直接打診はあった。


 俺はそれを蹴った上で、尚且つメディアレナへの紹介状を半ば威圧して無理やり書かせた経緯がある。


「こんな熱烈な誘いを断るなんて、確かに勿体ないわね」

「そうですよね、団長様から直にお手紙を頂いちゃうだけで名誉なことだし、とても歓迎されているのに」


 熱烈な誘いは、メディアレナだけにしてもらいたい。


「僕が決めることだし、もう心変わりはしない」

「リト、あたし一緒に騎士になるものだとばかり思っていたのに、どうして魔女様の弟子になんかなったのよ、おかしいよ?」


 人間として生まれることを望んだのは、彼女と共に今度こそ生き抜きたいと思ったからだ。けれど、無力なままでいるつもりはなかったので、人間でも身に付けることのできる力を求めたら剣術に行き着いただけのことだ。

 俺の命の代償に得た望みが彼女といることなのに、どうしてそれを棄てられようか。


「リト…………」

「何も言わないで下さい」


 こちらを見つめる魔女から、逃げるように目を反らす。


 俺がメディアレナのことを伝え聞いたのが9歳の時。学生ながら既に有名になりつつあった魔女に、彼女だと直感したのだ。会いたい気持ちを抑えて、ひたすら剣の腕を磨いたのは、騎士になるわけではなく、全ては彼女といるためだ。


 食べ終わった皿を台所へ運び、二人から離れる。


 普通に考えたら、俺の選択はあまりに可笑しい。魔女への思慕や憧憬などの表向きの理由などあまりに弱い。


 ガシガシと乱暴に皿を流しで洗っていたら、コルネがメディアレナと頭を突き合わせて話をしているのが、間仕切り越しに見えた。


「魔女様からも、どうか説得してもらえませんか?リトは、このままじゃいけないと思うんです」

「確かに騎士団からの誘いを蹴るなんて思い切りが良すぎるわ」


 パンを千切りながら相槌を打つ彼女に焦りを感じる。

 メディアレナに捨てられたらと思うだけで、絶望で目の前が暗くなるようだった。

 どうやったら俺の心の内を分かってもらえるのか。


「そうですよね、だから魔女様、リトにハビアルに戻るように命じてあげて下さい!弟子なら言うことを聞くはずです」


 コルネが身を乗り出すようにして彼女に頼んでいるのを目にして、何か言わなければと口を開けるが言葉が上手く出てこない。


「そう、リトは私の弟子よ。だからハビアルには戻らないわ」


 ゆっくりとマグカップをテーブルに置くと、メディアレナが目を伏せ気味に静かに告げた。


「…………え?」


 テーブルに両手を付いた状態で乗り出していたコルネは、期待で半分笑ったまま固まっている。


「リトは、私の優秀で大事な弟子よ。私は一度弟子にした者を、簡単には手放さない」


 すっと目を上げてコルネを見てから「ごめんね」と彼女が謝った。

 俺の手から皿が滑って床に落ちた。

 パリンと、時が止まったような空間に陶器の高音が響いた。


「リト!」


 蹲る俺を見て、メディアレナが台所へと早足でやって来た。

 そして俺の手を見ながら両手で包むようにする。


「怪我はして……リト?」


 心配そうに俺を覗く青い瞳を見た途端、胸の奥が熱くなって、堪らず彼女の首元に額を押し当てた。


「………平気?」

「…………はい」


 唇が彼女の鎖骨に触れかけ、僅かに顔を傾けて誘惑を回避する。それを知ってか知らずか、彼女は慰めるように軽く俺の背を叩いてくれた。


「これでいいのでしょう?」


 確認する言葉の意図を汲み、俺は強く頷いた。


 彼女を抱き締めたいと動きそうになる両手で、俺は自分の顔を覆って隠した。きっと情けない顔をしている。


「…………メディアレナ様、嬉しい……です」

「そう、それは良かった」


 初めて彼女の方から『手放さない』と言われたのだ。受け入れられているのだと実感したら、喜びでどうにかなりそうだった。

 具体的には、今すぐ体重掛けてメディアレナを押し倒してキスの雨を降らせたい気分だ。


「そんなの………嫌、嫌よ」


 予想外だったのか、しばし沈黙していたコルネが、椅子を荒く引いて立ち上がった。


「魔女の弟子なんか、リトに似合わない!そんなの認めないんだから!」


 メディアレナに寄っ掛かって甘えている(ような)形の俺を睨むように見たコルネだったが、やがてその薄い橙色の瞳からボタボタと涙を溢れさせた。


「どうすれば納得してくれるかしら?」


 ゆるりと立ち上がったメディアレナに、コルネが涙も拭かずに躊躇いなく叫んだ。


「魔女様、あなたに決闘を申し込みます!あたしが勝ったらリトを連れて帰ります!」

「………いいわよ、それでコルネちゃんが納得するならね」


 座り込んだまま成り行きを見守っていた俺だが、どう見てもコルネが虎に戦いを挑むネズミにしか見えなかった。





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