家に帰る俺だが2
俺は塀に身体を預けて、門扉に下がる赤い薔薇を眺めていた。
屋敷の中で、どんなことが起こっているだろうか…………傷付いていないだろうか。
メディアレナは父親との関係は良くないと言っていた。彼女が此処に来る決心に、どれほどの勇気がいっただろうと思う。
再びメディアレナが屋敷から姿を現した時、たいして時間は経っていなかった。
俺の元へと早足で歩み寄る彼女を無言で迎えたら、門扉を出た途端に首に抱き着かれた。
「大丈夫?」
「ええ」
しっかりと受け止めていたら、二階の窓からこちらを見ている中年の男性に気付いた。彼の整った顔立ちは、メディアレナに似ていなくもない。
父親だろう。俺は小さく会釈をしたが、彼は微動だにせず娘を見ている。
「………………手紙の返事を書けなかったことを謝ったわ」
「そうですか」
「それに育ててくれて、学園に行かせてくれたことを感謝してるって言ったの」
「はい」
「……………困ったことがあったら援助するとも伝えたわ」
肩口に顔を埋めたまま話す彼女は、強張りを解いて腕を下げた。
「父が、よく来たって言ってくれた。援助は助かるが、こんなことを頼んで申し訳なかったとも。本妻の方は父が私に宛てた手紙のこと初めて知ったそうよ。目の前で父は叱られていたわ」
貴族である父親の領地経営は、なかなか厳しい状況が続いていて、本妻も病を患って床に伏せていたらしい。娘に宛てた金銭を求める手紙は、心身ともに疲れた末のものだったそうだ。
淡々と話す声は落ち着いている。身を預けるようにするメディアレナを受け止めたまま、彼女の父親が窓辺から離れるのを見ていた。
「…………………会って話ができて良かった。仲の良い親子とまではいかなくても、話してみたら私も父も互いを誤解していたみたい。冷たい人だと思ったけれど、しばらく振りに見た父は不器用で無愛想なだけだった。今まで無視を決め込んでしまって、悪かったわ」
日光に輝く黒髪を労らうように撫でる。艶めいた髪は、暖かかった。
「頑張ったんですね」
彼女が小さく頷いた。
「不思議…………小さい頃は、父と顔を合わす度に怖くて萎縮して何も話せなかったのに。さっきは父の方が話しづらそうだった」
「レナがそれだけ自分に自信を持って強くなったからでしょう?なんたって最強の魔女なのだから」
「そうかしら」
「そうですよ、さあ帰りましょう」
促すと、顔を上げて屋敷を目に焼き付けるようにしていた。
手入れの行き届いた庭と屋敷は美しかった。
メディアレナが、幼少時代を過ごしたこの場所を僅かながらでも懐かしいと思るようになるだろうか。
「待ってもらってありがとう。さあ今度こそ帰りましょう」
鼻を合わせるような近さで、さっぱりとした表情の彼女を見つめた。
俺も見習わなければな。
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「なんだか疲れたわ、やっぱり我が家が一番」
「そうですね」
転移魔方陣で家に帰るなり、メディアレナがソファーに座り背凭れに寄り掛かる。
水を注いだコップを渡すと、しどけない姿の彼女が礼を言い、美味しそうに飲む。
「レナ、ありがとう」
飲み終わるのを待ってから俺がそう言うと、彼女が首を緩く振った。
「私は何もしていない、自分のしたいようにしているだけよ。ああ、義母様に薬を送らなければね」
分かっているはずなのに、彼女は知らない振りをする。照れているからだと俺はもう知っていた。
「それでも、です。あなたのお陰で目が覚めました」
「………………そう」
一拍の間の後に短く返事をして、ソファーに横になったメディアレナは、目蓋の上に片腕を乗せて隠すようにする。
「少し寝るね」
「レナ…………………キスしていいですか?」
隣に膝立ちになり見下ろして聞いたら、腕の隙間から、彼女がこちらを見て驚いた顔をした。
「な、どうしたの?」
「どうしたって何だか無性にしたい気分なんです。もう我慢ならないというか、あなたがいじらしいというか、どうしてくれようかなと」
ソファーの背凭れに腕をつき、唇への距離を詰めたら、焦った彼女の手が俺の口を封じた。
「んー」
「ケジメを付けたらと言ったはずよ。それにリト、たまに慣れてる感じがするのはなぜなの?」
「気のせいですよ」
実家を訪れて、ケジメは付いたんじゃないのか?
抗議の眼差しを向ける俺を解放したメディアレナは、避けるように目を逸らした。
「ごめんなさい、私が臆病なばかりに………………自分が魔女である存在意義を失うのが怖くて、 彼を無いものにするのが恐ろしくて」
「レナ、どういうこと?」
「でも、踏ん切りをつけないと…………」
俺の問いには答えずに独り言を呟き、彼女は横を向いてギュッと目を閉じた。
「………………もう忘れなきゃね」
『彼』とは、もういない恋人のことだろう。
「唇ではなかったらいいんですね?」
屈んだ俺は、彼女のこめかみにキスを落とした。それから頬に額に。その度に細かく身動ぎをしていたが、拒みはしなかった。
「僕がいる」
俺が囁けば、小さく頷く彼女の頭を覆うように抱いて、耳にも唇をつけた。赤く色づく頬を堪能してから立ち上がった。
いつか、彼女の心が俺だけで満たされる日が来ればいいのに。
目を閉じている彼女に毛布を掛けると、夕食の下拵えでもしようかと思い、俺は台所へと向かった。すると眠ったと思っていたメディアレナが、ポツリと呟くのを背で聞いた。
「…………人は、なぜ……………生まれ変わるの」
ドキリとして振り返って見たが、寝息を立てている。
寝言、だろうか?
魔女の彼女なら、人間の知り得ないことを知っていることがあるかもしれない。
起きたら聞いてみようと思った。
だがそれを最後に、3日経っても俺はメディアレナと話はおろか、顔を合わすこともできなくなった。
彼女が、地下室に閉じ籠ったまま出てこない。




