偉大な魔女を目にした俺だが
「パフォーマンスなら、それらしくするのも一興ね」
庭には、浅い池のようになっている水たまりがいくつもあり、その一つの前にメディアレナが屈んで、指先を水面に軽く触れる。
遠巻きにしている人々の中から幾人かの悲鳴が聞こえたが、「折角のドレスがあああ」と叫んでいるので、多分彼女にドレスを着せた侍女だろう。
彼女の後ろに、邪魔にならないように距離を置いて見守る俺だが、確かに座った為にドレスの裾が泥水で汚れてぐちょぐちょになってしまっている。化粧も雨で落ちてきているし、はりきって彼女を着飾らせた侍女達は泣くだろうな。
でもそんなことお構いなしで水たまりに魔方陣を描いているメディアレナを、俺は彼女らしいと思う。
それに、やっぱり綺麗だ。
「大地を潤す水よ、巡りし力を留めて形作り現れよ」
魔方陣を描き、詠唱を唱える彼女だが、その殆どが彼女が独自に編み出したものだと俺は最近になって教えてもらった。
魔方陣は自分の元への地図、詠唱は挨拶みたいなもので精霊への礼儀のようなものだという。
闇の精霊王に気に入られている彼女は、実は無詠唱で魔法を操ることもできる。俺と戦った時は詠唱もしなかったが、今は皆の目がありパフォーマンスと言っていたから、勿体ぶっているのかもしれない。
詠唱が終わり、魔方陣が光り、水たまりが膨張したように見えると思ったら、そこから生き物のように大量の水が飛び出して何かを形作る。
「こ、これは!」
俺の近くにいたイサルが驚愕の声を上げた時には、それは巨大な水龍の姿をとり、メディアレナへと鼻先を向けていた。架空の生き物を見た周りの人々は、驚きで声もないようだった。
「水の精霊を可視化してみたわ」
立ち上がった彼女が水龍の鼻面を撫でると、姿を構成する水がパチャリと跳ねた。水のため中身が透けて景色を映しているが、意思あるように胴体をくねらせて長い尻尾がゆらゆらと揺れている。
「み、水の精霊よ」
イサルが進み出て、唇を噛んでから頭を垂れた。
「どうか怒りを鎮め、この降り続く雨を止めてはもらえまいか?元はと言えば私が魔法に驕り、そなた達を蔑ろにした為。罪は私一人にある」
「お待ちを!私にも責があります」
ミランダが慌てて走り出て訴えるのを、イサルが手で制する。
「雷は水にも通じるものだ。火を操る私が最も責があるだろう」
「陛下……………」
「レナ!」
何かの物語だなと思っていたら、俺の横を通り抜けて新たな魔女が出現した。
「セレーヌ!授業は?」
「それどころじゃないだろう。レナのショーを観る方が面白いに決まってる」
ショーって、はっきり言った!
「レナ、イサルに連れ出されたと聞いたので急いで来たが、何も悪いことはされていないか?」
「平気よ。そんなことがあれば、この国は既に無いから」
「そうだな」
手と手を取り合い、じゃれあうセレーヌとメディアレナだが、何か物騒なこと言った!
冗談を言っているわけではないと分かったのか、青ざめて言葉を失うイサルを目にして、俺も少しだけ怖い。
俺はメディアレナを口説いたぞ、結構な勇者か?!
水龍をしげしげと観察しながら、ミランダから話を聞いたセレーヌは「なるほどな」と納得して頭を下げた。
「すまなかったな、確かに火魔法ばかりが使用されて、この国の精霊の調和を乱していた。それに気づかないとは、魔女として恥じ入るばかりだ」
謝罪の言葉を述べて、セレーヌに睨まれたイサルは面目無いといった感じで押し黙った。
可哀想になってきたぞ。
「………………セレーヌ。後で学園から、魔法封印の腕輪を届けてもらえるか?私は今後最低限しか魔法を使わないようにする」
「いいだろう」
「そうですね、一年ほどは抑えた方がいいでしょう」
メディアレナはイサルの様子に軽く頷くと、水龍に向けて詠唱を唱えた。
「鎮まる水よ、あるべき場所にあるべき形にて流れよ」
指をパチンと鳴らせば、龍は飛沫を上げて水へと戻り消えた。同時に雨が急に止み、人々が空を見上げた。
「止んだ…………」
あっけなさに呆然とする人々の前で、メディアレナが次に風魔法を使うと、乾燥した風が吹き上げて外にいた人々の服や髪が乾いていった。
「これでしばらくは雨は待ってくれるでしょう」
乾いた編み髪を指で整えながら、メディアレナが見上げた先には虹が掛かっていた。
だが、セレーヌが彼女に耳打ちするのを俺は聞いてしまった。
「何だ、この茶番は?調子を合わせてみたが、水龍は只の水だね。レナなら魔方陣すら展開しなくても雨は止ませられるのではないか?」
「パフォーマンスなの」
何かさっきまでの一連のシリアスな流れが台無しだな。イサル、同情してやるぞ。
雲の間から太陽の光が射し、後光のように照らされたイタズラ魔女に、人々は口々に称賛を浴びせた。
「メディアレナ様、すげえ」
「綺麗!」
「素敵!」
「惚れる!」
イサルも「何て偉大な魔女だ。惜しい、ぜひ王宮魔法師に………いや、きさき……ゴホンゴホン」と不穏な言葉を口走っている。
「メディアレナ様、帰りましょう!長居は無用です。約束は果たしました!早く!」
彼女を見つめる皆の瞳がキラキラしている。
俺は強引に彼女の腰を抱え込むようにして、ここから去ろうと目論んだが、イサルの指示が飛んで退路を騎士団によって断たれてしまった。
「待たれよ!我が国の恩人であるメディアレナ様を手ぶらで帰すわけにはいきません!」
様付けしたイサルが食い下がる。
「歓待の宴の用意を!」
「はっ!」
今度は侍女達や下働きの者達が駆け出した。
くそっ!やはり易々とは帰さないか!
「メディアレナ様」
「困ったわ」
指を交差させたメディアレナが、パチンしようか悩んでいる!何が発動するんだ?!
「いいじゃないか、レナはこの国の英雄だ。ご馳走に預かるぐらい悪いことはない」
「大袈裟ね。でも………うん、美味しいものが食べられるならいっか」
セレーヌが彼女の肩を抱いて言えば、メディアレナも満更ではない様子だ。
「私もついでに頂くか」
遠慮の無いセレーヌめ!
「リト、食べてから帰ろうか?」
「…………………はい」
食事だけで終わるとは思えず不安だ。
その予感は直ぐに当たった。だが、それは俺限定だった。




