山を降りた俺だが
俺は、前方を馬に乗って進むイサルの背を睨み、手綱を強く握っていた。
細い月が浮かぶ夜空を頭上に、従者達が用意したランプの灯りの元で舗装された道を進んでいる。
「まるで射殺さんばかりだね」
「放っておいて下さい」
馬首を揃えている隣の女は、癖の強い茶髪がくるくると巻いて肩まであって琥珀色の瞳をしていた。
イサルの従者でありシェルマージ国の王宮魔法師のミランダと名乗るその女は、魔女としては数少ない雷撃を操るらしい。メディアレナとは特に言葉を交わさなかったところを見ると、彼女より年下の為、魔法学園でも顔をあまり合わせたことがないのだろう。
ミランダと、火魔法を扱えるイサルの二人の力によりメディアレナのトラップ魔法は破壊された。
そんなことができるとは、かなり強い魔女ということだろう。まあメディアレナには負けるが。
そう、誰よりも強いはずのメディアレナが、イサルに従ってシェルマージ国へ向かうのに俺は付いて行っている途中なのだ。
しかも馬が足りないとのことで、彼女はイサルの前に一緒に乗せられている。
シェルマージ国王の癖に、自ら馬で来るとはアクティブな王様だな。見たところお忍びといった風情だが………いやそんなのどうだっていい。
後ろからでは背の高いイサルの陰になり、彼女の姿は見えない。ただ時折二人の話し声が聞こえてきて、俺は苛立ちを隠しきれなかった。
今まで誘いの手紙が何度届いても、決して承諾しなかったのに。
「稀代の魔女であるあなたを、客人として我が国に招待したい」と言うイサルに、メディアレナはそう悩むこともなく頷いた。
思わず咎めて名を呼んだ俺に、彼女は足の傷に治癒魔法を掛けながら理由を説明してくれた。
侵入者用トラップを破壊するほどなら、追い返しても再びやって来るはず。そうなれば平穏に暮らすことは出来ないだろう。それにここで抵抗して万が一にも一国の王を傷付けたら大変なことになる。
だからひとまず言うことを聞いて、穏やかに帰らせてもらう手立てを考えましょう、と。
おそらくそれだけじゃない。メディアレナは、俺に危害を加えられることを案じている。好きかどうか関係なく、俺のことを考えてくれるのだ。さっきだって自分の攻撃で傷付いた俺の足を見て、唇を噛みしめていたのを知っている。
彼女は、優しい人だから。
しかし、本当に帰れるだろうか。イサルとかいう男は何年もメディアレナを忘れずに、わざわざ直接迎えに来るほど彼女に執心している。
現に馬上で、彼女を自分の前に乗せたりして緑の瞳を嬉しげに細めていた!
それにメディアレナもメディアレナだ、あんな奴の前に大人しく乗せられたりして!
「………クソッ」
何より俺を苛立たせるのは、彼女が一度も俺に視線を合わせないことだ。
いつもは俺に気遣いを見せていた彼女なのに、治癒魔法を掛ける時も話しかける時も、今だって俺が後ろにいるのに振り返りもしない。俺が告白してから、態度がよそよそしい。
こうなることも予想していたとはいえ、結構辛い。それにまだ返事を聞いていないんだ。
こいつらが邪魔したせいで機を逃した。
よほど腕に自信があるのか子供だと見くびられているのか、俺は自身の剣を腰に帯刀したままだ。
…………いっそ今ここで消すか?
「物騒なことを考えてるんじゃないだろうね?大人しくしていないと、君の師匠に迷惑が掛かるよ」
ミランダが心を読んだかのように声をかけてきて、すぐに言葉を返せない。
「なんでこんな子供まで連れて帰るのだ?陛下はメディアレナ様だけを所望なのに」
俺の斜め前を進んでいた従者の男が、ミランダと挟む形で俺の隣に並ぶ。
「そう言わないの。この子はメディアレナ様の大事な弟子よ。使いようによっては人質になる」
そうだろうとは思っていたが、彼女の足手まといだと言っているのに等しくて悔しい。
それでも彼女の傍を離れたくない。
だが………
「……………僕の為にメディアレナ様が不幸になるなら、死んだ方がマシだ」
「例えば君を人質にされて、彼女が無理矢理陛下に手籠めにされて孕まされるとか」
「ああ、そう…………っ、て?!」
「陛下を見くびるなよ」
いきなり男にデコピンされて額を押さえて目を剥く。
「陛下は確かにメディアレナ様をずっと慕っていらしたけれど、そんなことをする方ではないわ。あの方は、彼女ほどの貴重な魔女が自国を離れていることを憂慮しておられるの。保護してその能力がこれ以上外部に漏れることから守りたいの」
「え?」
ミランダが気分を害したらしく俺を睨んで捲し立てた。
「もちろん下心はある。国王として国を栄えさせたい。その為に彼女に協力してもらいたいし、個人的にも彼女自身も口説いて好きになってもらえたら願ったり叶ったりだ」
男が付け加えるが、二番目は許しがたい。だが二人の真剣な表情からは、イサルを慕っていることが窺えた。悪いイメージが先走っていたが、そこまで非道ではないということか。
そうだとしたら俺達に警告しに来たセレーヌは、かなりイサルが嫌いだったんだろうな。
「メディアレナ様に酷いことは」
「しない。ちなみに君は人質っぽいけれど、剣の腕に優れていることは把握済みだ。陛下は君も取り立てたいと望んでいる」
「さっき火魔法で死にかけた気が…………」
二人共、俺からすっと目を逸らした。
「ああ…………あれはただのヤキモチだろ」
うん、奴とは仲良くなれないな。




