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精霊が見えない俺だが3

 

 俺がここで過ごす間に、新月の夜は何度もあったはずだ。メディアレナは、俺の知らないところで精霊達の声や姿を見ていたということなのか。


「今も見えてますか?」


 問いかけながら、彼女の反応を注意深く見る。


「気を許せば、いつでも見えるわね。でもこの家には魔法を使う時しか出現しないように取り決めをしているの。精霊達にお願いしたら、プライベートは侵入しないように気を遣ってくれるようになったから。でも家から出ると大抵話し掛けられるわ。水や木の精霊は物静かだけれど、風の精霊はお喋りで、風の強い日はとても賑やかだわ」


「そう、ですか」


 俺を見る彼女の眼差しに大きな変化は無いように思う。


 ごく一般の魔女は、精霊の姿や声を感じる者は、そういない。魔法を使う時に気配を感じたりする程度だと聞いていたので、俺もまさかメディアレナが日常的に精霊を感じているなんて思ってもいなかったし、彼女も俺にそういう素振りを今まで見せなかった。


「闇の精霊の王とは、これまでに何か話をしたのですか?」

「あの方は、そう話される方ではないから、こちらから話しかけたら答えるぐらいかしら」

「ど、どんな内容の話を?」

「…………魔女の秘密を知りたい?」


 彼女が桃の果汁を飲み終わり、テーブルに硝子のカップを置くと、残された小さな氷がぶつかり合い清涼な音を立てた。


「え?」

「今夜教えてあげるわ」


 意味深に微笑み、メディアレナはカップを伝う水滴を親指で軽く拭き取った。


「………………分かりました」


 俺は、濡れて色付く唇を見つめながら頷いた。


 ****************************


 月が見えなくとも星は出ている。


 俺は、真夜中の野を歩くメディアレナの後ろに従っていた。解いた髪が彼女が歩く度に、闇を喜ぶかのように空気を孕みふわりふわりと波打つ。


「リト、足元に気を付けてね」

「師匠こそ」


 夏の陽気に育った草花は俺達の膝下まで伸びていて、足を取られて転ばないよう彼女が差し出す手を握ると、二人で並んで立ち止まった。


「リト、眠くない?」

「平気です。子供扱いしないで下さいよ」


 悔しい気持ちで返したら、ふふ、と笑った彼女が前を見て目を細めた。


 夏なのに空気は冷えて澄んでいて、いつもなら煩いぐらいの虫の声がしない。

 とても静かな闇。


「……………そこに、いらっしゃるんですね?」


 この感じ、懐かしい。


「ええ」


 人間の身となっても、闇は俺を落ち着かせてくれる。


 握った手の先が冷たくて、指を動かして彼女の指の間と間に絡めて深く握り直した。

 前を見ていたメディアレナは、僅かに逃れようと手を動かしたが、俺が掴まえると抵抗することなく何も言わなかった。


 しばらく経ってから、彼女が確かめるように口を開いた。


「……………リトは、怖くはないのね?」

「はい」

「では………目を、瞑って」


 素直に閉じた瞼に、メディアレナの指先が軽く触れた。


「相性もあるから、見えるとは限らないけれど」


 小さく詠唱しながら魔方陣が描かれて、じわじわと瞼に仄かな熱を感じた。


「開けてみて」


 促されて、ゆっくりと目を開けると、たくさんの闇の精霊達が空中を浮遊する中、俺達の前方のあたりにサディーン様の姿もあった。

 白髪を垂らし、白髭を蓄えた老人の姿をし、手にした木の杖には蔦が巻き付き白い花が点々と綻んでいる。


「見える?リトを見てるわ」

「……………はい」


 唇を噛みしめても、目頭が熱くなって俯いた。

 もう二度とお目にかかることはないと思っていたのに。


「泣いてるの?」

「違います」


 覗き込もうとするメディアレナから顔を反らして、膝を付くと頭を垂れた。


「リト」

「メディアレナ様、声は聴こえますか?僕には姿が見えるだけみたいなんです」

「いいえ、あの方は何も話していない。でも………あなたのことは気に入ったみたいね。私以外の者がいると姿を現さないことが殆どなんだけれど」


 ああそうか、悪魔と言われる精霊を見させてくれたのは、メディアレナが心底俺を信用してくれたということなのだろう。


「ありがとうございます、メディアレナ様。僕にもあの方が見えるなんて」

「彼、そんなに恐ろしくはないでしょう?」


 俺をただ静かに見つめるサディーン様は感情を表さないし話さない。それが人間になった俺との境界のようだと思った。


「はい、彼にも御礼を言いたいです」


 同じように座った彼女の横で口を動かして、俺と彼にしか分からない感謝を伝えたら、サディーン様は小さく頷いたように見えた。そして輪郭がぼやけたと思ったら、あっという間に消えてしまった。

 あとには闇の精霊達が小さな人型になって飛び交う姿。


 座ったままメディアレナが片手を差し出すと、精霊達が集まってきて腕に纏わり付いた。精霊達は笑みを浮かべて彼女を歓迎している。声が聴けたなら、笑い声で賑やかだっただろう。


 闇夜の中、精霊と楽しそうに戯れる彼女を見ていたら、不思議な気持ちがした。俺が人間になっても、彼女は精霊と関わる生き方をしている。


 幻想的に美しいメディアレナは、今の俺には遠い。


 そう感じたら、嫌だと思った。そして唐突に自覚した。


 俺は勝手だ。

 魔女である彼女を、人間である俺の元へと引き寄せたいと思う。

 これは人間として許されて抱えた欲望、俺の独占欲だ。


 ああ俺はメディアレナが欲しい。

 前世の精霊だった自分よりも、綺麗じゃない感情が人間の俺の心から芽生えている。


 愛するだけでは足りない。俺は、メディアレナの心が欲しい。


 セレーヌに「愛されることなんて望んでいない」と言ったくせに、矛盾していると感じるのに。

 欲が湧く。人間の…………俺の、何て複雑で儘ならない感情なのだろう。今の彼女を知り、見つめ続けて形造られた恋を自覚したら、醜いほどに強欲だ。

 もう平気でいることはできないかもしれない。

 ふつふつと胸の奥底から熱が湧くような感情が、次第に大きくなるのを堪えて見ないふりをしてきた。

 だけど、やっぱりムリだ。


 前世の記憶の夢を見たからだけじゃない。


 欲深い人間になった俺は、アリシアの影を追い掛けるだけでは満足できない。

 俺をメディアレナに見て欲しいんだ。


「メディアレナ様」


 捕まえていた手を放し、彼女の頬に手を添える。


「り、リト?」


 驚いてこちらを向いた彼女が、頬に当てた俺の手に片手を添えて、ようやく俺に向けて微笑んだ。

















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