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前世は悪魔みたいな俺だが5

 

 これで楽になれる。消滅して何もかも無かったようになるなら、いいじゃないか。


「アリシア」


 でも、お前の記憶が失われるのは淋しい。お前が教えてくれた優しさも強さも幸せも恋心も、俺には宝物だったのに。


「サディーン様、どうか彼女を、アリシアの魂を見守って下さいませんか?もうこんな苦しみを2度と味わうことのないよう、あなたの加護を」


 手のひらを広げてサディーン様へと伸ばすと、アリシアの魂が幼子の手中に吸い寄せられていった。片手に持ったそれを、サディーン様が自らの耳元に近付ける。


「サディーン様?」


 何か音でも聴いているような素振りだが、一精霊に過ぎない俺には理解の及ばないことだった。


『……………いいだろう』


 ややあってから、彼は彼女の魂を指で一撫ですると宙に放った。

 ふわりと浮かんだ魂が、頭上を飛んで高く高く上がっていく。

 闇が彼女に道を開けて、淡い光は遥かに高く昇り、やがて見えなくなった。

 もう会えない。だが、この酷い喪失感も直ぐに消えるだろう。


「アリシア、幸せになれ」


 見送った俺は、静かに最後の時を待っていた。


「ありがとうございます、サディーン様」

『次は、そなたの番だ』

「………………は?」


 当然のように言われて、閉じていた目を開けたら、サディーン様が俺を指差す。


「え、あ?」


 自分を見回して初めて気付いた。俺の背後には、たくさんの闇の精霊である同胞が群がっていた。

 彼らが俺から毟り取り食しているのは、悲しみ、憎しみ、怒り、苦しみ、大量の俺が抱え込んだ闇の感情だった。


「な、なぜ精霊の俺を?」


 驚いていたら、いつの間にか近くに立ったサディーン様が、俺の肩から闇を引き剥がした。


「あ!」


 両手で口に入れた闇を、サディーン様が旨そうに呑み込んだ。

 その闇は俺の『アリシアをずっと離したくない』という欲だった。


『ランスロットよ、同胞に喰われるほどに感情を生み出すようになったそなたには、消滅が許されない』


 身体中から闇を剥がされ食べられながら、俺は呆然とサディーン様の言葉を耳にした。


『もはやそなたは精霊ではない。見よ』

「………………………あ?」


 身体半分透けた自分の胸に、淡く光る球体を確認して、俺は泣きながら笑った。


『そなたは恋をした。お陰で爆発的に生まれた感情を元に、そなたに魂が宿っても不思議はなかろう?』

「転生、するのですね?」


 ゆっくりと頷く主に、俺はひれ伏すと請い願った。


「ではお願いです!俺を人間に転生できるよう導いて下さい。この記憶と感情をそのままに、今度こそアリシアの魂を愛し抜いて守りたい!同じ時と世界に生きて、人として彼女の生に関われる自由を!」


 クスクスと幼子が笑った。


『そなたの闇の美味なこと。これほどのものを味わったのだ、礼をせねばな』


 小さな舌でペロリと唇を舐め、サディーン様は『聞き届けた』と俺の頭を撫でた。


『ランスロット………リト。良き息子よ、我はいつでも闇に在る』



 **************************


「リト、リト」

「…………………あ」


 目を開けると、涙で霞む視界にメディアレナの心配そうな顔が見えた。


「大丈夫?うなされていたわ」

「っ、大丈夫、です」


 悪夢という前世の疑似体験に、頭痛がして動悸も激しい。


 彼女の指が、俺の頬を伝う雫を掬い取ろうとするのを、慌てて横を向いて手で目元を隠した。


「すみません、起こしてしまって」

「ううん、怖い夢を見たのね。私も時々見るわ…………辛かったでしょう」


 後ろを向いて横になる俺の背中を、メディアレナが労るように撫でさすった。


「あ、ありがとう………ございます」


 自分が情けなくて、乱暴に目元を拭う。

 いつもいつも彼女から与えられるものの方が多くて、これでどうして彼女を守れるのか。


「気持ちが落ち着くお茶を淹れてくるわね」


 しばらくして、そう声を掛けてメディアレナが立ち上がった。離れる気配に、ふいにアリシアの最期が頭に浮かび怖ぞ気が走る。


「待って!行かないで、行かないで下さい!」


 慌ててベッドを這うようにして、彼女の手首に縋り付くと、メディアレナが驚いて振り返った。


「リト?」

「行かないで、そばにいて、お願いだから離れないで!」


 本当に怯えた子供のように震えながら、俺は手首を引いて彼女の腰に抱き付いた。自分では抑えられない不安が俺を支配していた。


「………………リト」

「嫌だ………どうか」

「うーん」


 困惑気味の声がして、彼女の手がしがみつく俺の腕を解いた。


「あ、メディ……」

「大丈夫、ここにいるから」


 俺の肩に手をついて、体重を掛けるようにして強引にベッドへと寝かせると、メディアレナが俺の隣に寝そべった。


「あ……………あ?!」


 そして俺の後頭部に片手で触れて、自分の胸へと抱き寄せた。


「メ、メディアレナ様」


 顎が柔らかい胸に触れて、違う意味で動悸が早くなってきた。


「落ち着いてきた?」

「え、と、その」


 そわそわする俺を見下ろして様子を見ながら、彼女が聞いてきた。


「人の温もりって落ち着くでしょう?私も経験があるから分かる…………」

「え?」


 私もってどういうことだ?

 彼女の顔を見上げると、頬を染めているのが見えた。


「何でもないの」


 恥ずかしそうな表情を見ていたら急に涙が引っ込んで、俺は彼女の背中に腕を回して、ギュウギュウと抱き締めた。


「リト、ちょっと強すぎ」

「人の温もりって落ち着くんでしょ?僕があなたを温めます」


 昔の彼氏のことを思い出しているらしいメディアレナに、俺はこれでもかと強く抱き付いた。


「温かいですか?」

「ええ」

「僕も落ち着いてきました」

「良かったわ」


 ふふ、と小さく笑い、俺の様子に安心したのか彼女は目を閉じた。


「まだ暗いわ、もう少し眠りましょう」

「はい…………メディアレナ様、ありがとうございます」

「今日だけよ。私もこんな大きな男の子と眠るのは恥ずかしいんだから」

「あ……………は、い」


 複雑な気持ちで返事をして、俺は彼女の胸元に耳を寄せた。

 ドクン、ドクンと規則正しい鼓動が嬉しくて、また滲みそうになる涙を閉じ込めるようにして瞼を閉じた。


「夜が明けるまでは、一緒に」





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